内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

進化の中立説から古代神話世界の「古層」と世界観の「進化」へ

2017-10-05 23:59:59 | 講義の余白から

 すでに何度か取り上げた話題ですが、修士一・二年合同演習では、レヴィ=ストロースの『月の裏側』の原書 L’autre face de la lune(Seuil, 2011)を読んでいます。学生たちには、仏語原書の購入を義務づけ、日本語訳は部分的にPDF版で配布し、演習では、原則、私は日本語しか使わず、学生たちも発表はすべて日本語でさせています。
 昨日は、第一回目の個人発表でした。『月の裏側』の最初の文章「世界における日本文化の位置」(« Place de la culture japonaise dans le monde »、1988年に京都の国際日本文化研究センター(日文研)で行なわれた最初の公開講演の原稿が基になっている)を読んで、自分で大事だと思うところについて、三分から五分で発表せよ、というのが課題でした。
 結果として、一人飛び抜けてできる学生以外の発表は、日本語のレベルとしては、惨憺たるものでした。しかし、昨日のところは、人前で日本語で発表すること自体が目的だったので、それはそれでかまわないのです。
 彼らの発表には、ほとんど日本語の体をなしていないところも多々あったのですが、それをいきなりこちらで「合理的に」添削してしまうのではなく(そもそもそれさえ無理なほどめちゃくちゃだったし)、そのようないわば星雲発生以前の混沌とした状態からいかに相互限定的な関係性をもった諸要素から成る集合の形成にまで導くかがこの演習での私の課題だと言うことができます。
 この文章の最後の方に、木村資生の進化の中立説についての言及があります。学生たちは、当然のことながら、それについてなにも知りません。そこで、簡単にその概要を説明するために、その準備として、一昨日、木村資生の The neutral theory of molecular evolution (Cambridge University Press ; 1983) の仏訳 Théorie neutraliste de l’évolution, Flammarion, 1990 を取り出して、その裏表紙の紹介文を読んでいたのです。そうしたら、学部二年生対象の古代史の授業で先週出題した、「最後の文の冒頭に、「逆に言えば」という表現を使って、三つの文からなる短いアーギュメントを書け」という課題にまさにぴったりの例文があったんですね。

Kimura montre, de manière extrêmement argumentée, que la plupart des mutations sont sélectivement neutres et qu’elles ne suivent, dans leur devenir, que les lois du hasard. Ainsi s’explique le polymorphisme génétique propre à tous les êtres vivants. Ainsi s’explique que des espèces « fossiles », inchangées depuis des millions d’années, présentent une variation génétique souvent plus importante que les espèces ayant évolué rapidement. Inversement, une infime quantité de restructurations de l’ADN différencient l’homme du chimpanzé, et pourtant l’hominisation est un phénomène d’une immense ampleur.

 この文章の中の « inversement » がまさに「逆に言えば」なんですね。この文章の後半で言われていることは、およそ次のようなことです。
 進化の古層にあたる、何百万年と変化しない、いわば化石化した種が、遺伝形質の変異の歴史のおいて、急速に変化する種よりも、しばしばより大きな位置を占めていることが進化の中立説によって説明される。しかし、そのことは、逆に言えば、ごくわずかのDNAの再編成が人間とチンパンジーを差異化しているのであり、その量的に僅かな違いが、進化の歴史において、人間化という途方もないインパクトをもった現象を引き起こした。
 これ、使えるよなあ、というわけで、明日の授業では、学生たちの作文の講評をした後、この文章を見せて、この文章を日本語に訳すときに適訳として使えるのが、まさに「逆に言えば」なんだよ、って話をして、それを「枕」にして、日本古代の神話世界の「古層」と世界観の「進化」についての話に入っていこうというのが目論見です。