内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

無能で無責任な人に憧れる「有能で責任感の強い」私のアホらしさ

2020-07-09 17:08:53 | 雑感

 今日も一日、ほとんどPC三台の前に向かいっぱなしだった。プールにも行けなかった。いったい何通のメールを書き、書類を作成したか、数えたくもない。
 もともと仕事は速いほうだが(原稿書きは別として)、三台のPCを同時に稼働させるようになってから、さらにスピードアップした。見た目はまるでトレーダーであるが、一切お金にはならないところが大きな違いである。
 だれも褒めてはくれないから、仕方なしに自分で褒めるのであるが、私の事務処理能力はきわめて高い。仕事の処理速度は、少なく見積もって、普通人の三倍から四倍である。他の人が一つの仕事をやっと仕上げたときに、私はすでに三つ四つ仕上げている。自慢ではない(ウソ)。事実である(確かに)。
 しかも、速いだけでなく、的確で無駄がなく、その上、細かいところまで配慮がいきとどいている(言うことなしザマス)。その有能ぶりは、まったく学科長などにしておくのはもったいないくらいなのである。
 しかも、別け隔てをしない。というか、学生を第一優先する。この時期、来年度の新入生から「かわいらしい」質問(言い換えると、「自分で調べろ!」と一喝したくなるような初歩的な質問)がよく来る。それに対して、五分から二〇分以内にとても「親切で愛想のよい」返事をする。これはもう神業と言っても過言ではない(あ~ぁ、書いててだんだん虚しくなってきた)。
 ただ、致命的なのは、ITの知識に乏しいことである。例えば、時間割作成の腕はすでに熟練した職人の域に達しているが、こんな作業、自分でプログラムを作れれば、全部自動化できることだ。それができないから、こんなことに総計数十時間も貴重な時間を費やさざるを得ない。
 有能なのも良し悪しである。仕事ができてしまうから、してしまう。悪循環である。しかも、責任感という正体不明の自己強制力が強く、それが症状を重篤化させている。
 こんなのど~でもいいじゃん、とか、めんどくさいからや~めたって、周りの人たちの迷惑も顧みず、仕事を軽々と投げ出せる無能で無責任な人、サフイフモノニ私ハナリタイ。