内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

妄想的全国大学一元化論

2020-09-05 11:47:47 | 雑感

 自慢ではないが、私の授業の内容など、学生たちが世の中に出てから役に立つことはまずないと言っても過言ではない。そんな、不要不急どころか、無用・無益な授業など廃止してしまえばいいというご意見もあるだろう。ごもっともである。しかし、それでは私が失業してしまうから、困るのである。学生たちには大変申し訳ない話であるが、あと数年は辛抱していただきたい。
 本学においても、他の先生方は、どこに出しても恥ずかしくない立派な授業をされていることだろう。他の大学では、もっと質が高く、有用で知的刺激にも富んだ素晴らしい授業が多数行われているに違いない。そういう質の高い授業を、遠隔でどんどん配信していただいて(多少の受講料は徴収するとして)、大学の壁を超えて、多数の学生たちが受講できるようにしたどうであろうか。
 そうすれば、できのわるい教員はお払い箱にできるし、教室もいらなくなるし、大学の数もぐっと減らせるから、莫大な予算削減が可能になり、大学全無償化も夢ではなくなるだろう。
 もっと極端なことを言えば、放送大学のようなシステムを徹底的に拡充して、各分野、共通科目はすべてオンラインあるいはオンデマンドにして、全国どこからでもアクセスできるようにしてはどうであろうか。
 こうすれば、学生たちはわざわざ地元を離れる必要がなくなり、もしかしたら地方活性化につながるかも知れない。もっとも、都会の大学とそこでのキャンパスライフに憧れている高校生たちも少なくないであろうから、都会の大学に行くチャンスがなくなれば、彼らはすっかり失望して、勉強の意欲を失ってしまうかもしれないが。
 このような全国大学一元化という、間違いなく歴史に残る超大改革が実現したら(後世の歴史家たちによって「令和の大学教育大改革」と呼ばれるようになることであろう)、全国各地の個々の大学は消滅し、それに替わる学習センターが各地方自治体に開設される。幸いにもこの夢(いや、悪夢かな?)のような大改革の後に生き残った旧大学の先生方(もちろん私はその数に入っていない)は、何をその職務とすればよいであろうか。少人数の演習形式で、きめ細かな学習・生活指導を行い、進路・就職の相談に乗ることをその主たる職務とすれば、将来の日本を背負って立つ頼もしい学生たちを全国各地で輩出させることができるだろう。