ここ五年、前期の修士二年の演習 Technique d’expression écrite では、学生たちが準備中の修士論文から一つのテーマを自分で選ばせ、そのテーマについて日本語で二〇〇〇~四〇〇〇字の小論文を書かせるという課題をずっと課してきた。
この課題は、学生たちにさらに苦役を課すためではなく、フランス語で修士論文を書き進めていく過程で、この日本語小論文作成が何らかの形で役に立つようにという配慮から選択されたものである。
通常この演習は一回二時間計六回行う。しかし、一昨年コロナ禍で全部遠隔だったことがきっかけになって、対面授業に戻っても、個別指導は遠隔で行うというハイブリッド方式を取り入れた。これがうまく機能していた。
最初の一時間は全員(といってもせいぜい五、六人だが)教室で日本語の作文技術について学び、残りの一時間は、一人二〇分を目安として、それぞれの論文の個別指導を行った。ただ、これだと全員の個別指導が二時間の枠に収まらないので、教室での個人面談は三人、残りは遠隔にした。昨年は六人だったので、それぞれ隔週で教室面談と遠隔面談になるようにした。
遠隔の利点は、学生の書いた文章を画面共有にしていっしょに効率よく推敲できることである。それにそれぞれ時間を決めての面談であるから、待ち時間もなく、移動のための時間も必要としない。
今年も同じ方針で行くつもりでいた。ところが、今年の出席学生は女子学生たった一人(その他に五人登録学生がいるのだが皆一年間の日本留学中)。彼女はウクライナ人である。戦争勃発当初は、それこそ学業どころではなかったが、家族は他国に避難して無事なようで、本人も今はストラスブールで学業に専念できる環境にあるようだ。学部のころから日本語ですぐれた作文をいくつも書いており、思考力の高い優秀な学生である。
演習方式をどうするか思案した結果、今年はすべて遠隔、一回一時間、週二回、計十二回の演習を行うことにした。このほうが明らかに効率よく文章指導ができるからである。
火曜日が第一回目だった。演習の目的と進め方を説明したところで時間となり、今日金曜日の第二回目の演習までに小論文のテーマを選び、選択理由の説明を準備しておくようにと伝えた。
今日の演習はだから彼女が自分で選んだテーマについて説明し、そこから一緒に今後の作業プランを立てるのが主な目的だった。
準備している修士論文のテーマは、ウクライナ文学作品の日本語訳の試みを通じて日本語の人称代名詞(あるいはそれに相当する自称詞および他人称詞)の特性を分析することである。主にウクライナ人作家 Микола Хвильовий (Mykola Khvyliovy, 1893-1933) の Я (Romantica) (仏訳は Moi (Romantisme)。現在フランスでは入手困難だとのこと)という短編心理小説の翻訳の試みを通じて、自称詞および他人称詞の選択が作品理解にいかに貢献しうるかを示しつつ、そこから日本語における人称代名詞(あるいは人称詞)の特性を浮かび上がらせることが論文の目的である。
きわめて興味深いテーマである。本人からの説明に対して、私が質問を繰り出しながら、どのような小論文にするか話し合った。結論として、修士論文の主要部分が翻訳になることから、いわゆる小論文形式は捨てて、作品その翻訳そのものを課題とすることを私から提案した。本人もそうしてもらえるととてもありがたいと喜んでくれた。
というわけで、次回からさっそく翻訳の推敲という作業に入ることになった。私はまったくウクライナ語がわからないから、彼女から原作についてのフランス語での説明を聴きつつ、翻訳の日本語としてのどのような表現が適切か、二人で探っていくことになる。
かくして、今までに経験したことのない知的・文学的冒険に出発することになった。