名古屋・名駅街暮らし

足の向くまま気の向くままに、季節の移ろいや暮らしのあれこれを綴ります。

ようこそ自然豊かな高山へ

2009年08月05日 | セカンドルーム

 

高山市の広報誌に出ていた「ようこそ自然豊かな高山へ」のキャッチフレーズが目を引いた。
そこには、「市が提供する移住促進制度を利用した移住者が、4ヶ月で12世帯・29人になった。移住や空き家紹介の相談件数は、制度がスタートした平成19年は21件、20年は65件、今年度は4月から6月までの2ヶ月間で既に40件を越す盛況ぶり。」と報じていた。
あわせて、「移住が進んでいる要因は、高山市の豊かな自然環境が移住希望者のニーズに合っていることなどに加え、市が進める移住交流施策が後押ししている。今後も都市住民を対象とした移住フェアへの参加や、移住セミナーの開催などこれまで以上にPR活動を充実させたり、農業の専門家などで構成するネットワーク会議を設立して就農移住も進めていく。」と結んでいる。
過疎化が進む高山市は、一人でも多くの人が移住して来ることを期待して、移住やUIJターンを希望する人へ家賃補助や改修費助成などで応援し、少しずつ成果を出している。


私の住んでいる集落も過疎化が進み、空き家や耕作放棄地、荒廃した山がが目立つ。
住み始めて10年になるが、その間に3家族が移住してきたが、既に2家族が田舎暮らしに馴染めなかったり、店や交通機関の無い不便さを嫌って去っていった。
補助金や助成はありがたいことかも知れないが、都会の利便性を追い求めてきた人が、過大な期待を持っての移住はリスクが大きい。
また田舎ならではの慣習やしきたりも見逃せない。
数百年にわたって維持されてきた水路や作業道は移住者も自由に使えるし、他人の敷地を通っても咎める人はいない。
それを当然の権利として使ったり、買った土地は自分のものと、鉄線を張って立ち入り禁止の立て札などを立てれば、古くからの住民の心は穏やかでない。
集落共有の草刈り場や入会山は無くなったが、その心は今も受け継がれている。
田舎の伝統文化を理解し、少々の不便を我慢すれば、昭和中ごろの自然や人に寄り添って生きてきた懐かしい暮らしが出来る。

コメント
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