二つ星の空

(旧「風からの返信」-11.21.09/「モーニングコール」/「夢見る灯台」/「海岸線物語」)

生きていること

2015-10-30 23:31:29 | Weblog
生きてます。ベタなタイトルやなぁ、と思いますが、頭ようないんで、かんべんな。

最近、ある葬式の読経の中で、故人の遺影を見つめながら、徒然としょうもないことを考えた。

最初思ったのは、「あんないい先輩を生み育ててくれて、マジ感謝します。先輩いなけりゃ、俺、死んでたとこでした。このご恩は一生忘れません」ってことだったんだが(爆))、そのうち、ふと、アインシュタイン先生の「僕らはこの地上に一時、理由もわからず滞在するのだ、、、」という一節を思いだし、いずれ脱線がちな脳の赴くままに、「ああ、生きてるのって、物事の有り様として、相当異常な事態じゃないか」とつくづく、今生きている自分の奇跡に感謝し、その後「まぁ、異常事態な数億人が住んでるこの地上も相当なもんだな」と、自分にぬるく突っ込み、望洋とした感情をもて余しつつ、焼香は終わり、散文的な日常の中へと、おいら達は吐き出されていった訳です。

生きるって、すごいな。一瞬にして、この状態が終わることもあるんだな。とか。

通夜の最後に、先輩による、故人にまつわる人間臭い温かい話を聞き、「ああ、すげぇいい家族だったんだなぁ」、と勝手に感動したり泣けてきたおいらは、ヤバイくらい浅くてお手軽な感じですが、何かね、すごく、人生とか生死という、日頃「なかったこと」にしてる感覚を、引きずり出されたような気がしました。

最近、生きることに慣れて、結構図太くなっていたと思う。
もうちっと、考え直さねぇとな。そんな風に思った。

先輩の話を聞いて、「優しい人は、苦労をして、傷ついたり悲しい経験をしている。」(逆は必ずしも真ならず)という思いを新たにした。

やれやれ。今年は葬式少ないんだが。
別の先輩が、大きな悲しみの後に、軽やかに自由になっておいらの手の届かないとこに行っちまったり、別の先輩はそろそろ一周忌だなぁ、とか。

色即是空。俺、最初から、なに、諦めてるんだろう。

久しぶりに、われにかえった今日この頃です。

ハレテモアメデモ。

世の中はハロウィーンだってさ。

服部くん、この事態は喜ぶべきなのかな。
君が、この世界のどこかで、渋谷の様子でも見て、笑ってたらいいのに。

明日はハロウィーン。グラスホッパーの上映開始はいつだっけ。


久しぶりに、脳内をAmerican Tuneが巡ってる。
世界に愛を。この世に、夢を。

Have a nice weekend. See you soon.
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする