二つ星の空

(旧「風からの返信」-11.21.09/「モーニングコール」/「夢見る灯台」/「海岸線物語」)

「メイドインジャパン」プロジェクトX編 後編が「NHKどーがステーション」で公開中!

2013-01-27 10:43:56 | Weblog
すごい動画を見ました。

「メイドインジャパン」プロジェクトX編 後編
http://www3.nhk.or.jp/d-station/episode/mij/2711/

ちなみに「前編」は未確認。まぁ、昨日本編が公開されましたから問題ありませんが。

第1話のまとめと、第2話以降の見せ場を惜しみなく(笑)公開。NHK太っ腹です。
第2話も面白そうだ。楽しみです^-^


そうそう、公式ウェブサイトはこちら。
テレビ60周年記念ドラマ「メイドインジャパン」
http://www.nhk.or.jp/drama/madeinjapan/index.html
(スペシャルインタビューなど興味深い記事が満載!)
コメント (2)
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ぼくらの旅はおわらない

2013-01-27 09:53:02 | Weblog
ちょっと古い話題ですが。

Our journey is not complete until ...
「私たちの旅はおわりません、・・・するまでは」

オバマ大統領の就任演説で繰り返された、このフレーズ。わかりやすく、印象に残りやすい。
あなたなら、どんなことばを続けますか。(おいらは・・・一杯あるなぁ。)

この間、珍しく早帰りできた日に「クローズアップ現代」を見た。(すげー早帰りだった。しみじみ。)

話題は「日中関係がかつてないほど冷え込んでいる現在、両国の関係を憂い、日本を理解しようとする中国人留学生達の声を届けます」(要約は筆者)というもので、取材に応じてくれた中国人の若者達の真摯な言葉は、とても胸を打った。「日本が好き」と言ってくれる彼らを、大切にしなくちゃ、と思った。

ある若者(女性)は、日本を理解するためにNHK大河ドラマ等もよく見ているらしいのだが(そこを伝えたかったか(苦笑)NHK!)彼女が気に入っている日本の言葉は、以下のものらしい。

「どうしてもみじがあのように美しいか知っていますか?燃え上がるようなあの色は、我が命より大切なものを守るための決意の色。」

彼女は、この言葉をノートに書き留め、この言葉が日本人の考え方を表していると、信じてくれている。
日本人が、大切な者のために自分をも犠牲にする無私の心を持っていると、思ってくれているのだ。

さて、この言葉は、大河ドラマ「天地人」で、主人公直江兼続の母お藤が、兼続に対して(劇中)言ったものだ。(以下引用。間違ってるかもしれんので、正確な内容はDVD等をご参照ください。)

お藤
「どうして、紅葉はあのように美しいか知ってますか?」
与六(兼続)
「………」
お藤
「木は厳しい冬を乗り越える為に力を蓄えねばなりません。
紅葉が散るはその身代わり…」
与六
「身代わり?」
お藤
「自らの命を幹に託して散っていくのです。
燃え上がるようなあの色は、我が命より大切な物を守る為の決意の色。
そなたはあの紅葉になるのです。紅葉のような家臣になりなさい」

(以上回想シーン)

兼続
「山の木々は厳しい冬を乗り越えるため、力を蓄えねばなりません。紅葉が散るは、その身代わり。それゆえに美しいのです。母はわたしに紅葉の如き家臣になれと――そんな母の言葉をいま思い出していたのでございます。」
(引用終わり)

「天地人」越後に住む者にとっては、非常に共感するところの多い作品でした。
いや、自分の命は惜しいですけどね・・・(へたれ・・・)

自分が頑張ることが、他の葉の、そして木のためになっていればいいなとは思います。(ほんとか?!)

いずれにせよ、恩恵を受ける側にとってだけ都合のよい犠牲なんて、存在しないと思う。
みんなが精一杯努力しているから、手を取り合って頑張っているから、いずれは全て散っていく定めの命が、輝いて見えるのだ、と、そう(勝手に)解釈している。

この日は、その後の歌謡ショーまでだらだらと見たおいらですが、菅原洋一氏の「今日でお別れ」が素晴らしく、この日の出演者の中で最高のパフォーマンスだと、猛烈に感動しました。

御年79歳。すごすぎる。まさに先達。

以上、先週の水曜日のできごとでした^-^;
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「メイドインジャパン」に学ぶデキる男のスーツ学~スーツを語りたいビジネスマン達(おいら含む)へ~

2013-01-26 22:44:11 | その他テレビ
すげーページがあります。胸が熱くなるような、素晴らしい特集だ。

「メイドインジャパン」に学ぶデキる男のスーツ学
(NHKドラマ「編集部イチオシ」)

スーツはオーダーメイドやね、やっぱり!・・・なんて言ってみたいぜ(涙)
いや、マジで、減量済んだらオーダーするのが夢なのだ(鼻先のニンジン)

吉岡氏、他の作品よりスーツ姿が決まって見えたのは、オーダーだったからなんだな。(猫弁は演出上の必要からだろうが、親近感を感じるだささであった(苦笑))
スタイリスト・コスチュームデザイナーの宮本茉莉さん、素晴らしいお仕事です。

吉岡氏、電話かける場面で上着脱いでシャツだけの時があったが、シャツのラインがきれいでかっこよかった。(そうだ、おいらも、まず、シャツをオーダーしたい・・・煩悩の塊よのう・・・)
あと、國村隼さんが、おしゃれでした。あはは。本人がセンスいいから、そこはダサくできんよね。
社長の裏設定にも笑った。うん、そんな感じに見えたよ。(英国ファッションがツボでした(笑))
そして、唐沢氏の勝負ネクタイはいかにも「らしい」感じで、これも微笑を禁じ得なかった。
似合ってるしインパクトあるしかっこいいんだけど、(本人の選択ではなく奥さんからのプレゼントということが丸わかりで)本人はこっぱずかしい、という矢作ぶちょーの気持ちはよくわかります。


メイドインジャパンの内容も、もちろん素晴らしかった!!!
ひさびさに、ものすごく集中して見ちまったぜ!

関係した全てのキャスト・スタッフに感謝!来週も楽しみだ。
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トマス・パワーズを読む

2013-01-26 19:56:47 | 
「なぜ、ナチスは原爆製造に失敗したか」トマス・パワーズ著、鈴木主税訳、福武書店
上下巻、だいぶ読みであります。感謝。

ああ、がけっぷちで、頭だけ布団の中に突っ込んでるみたいだ。いかん。
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冬が寒いのは当たり前なのだが、寒いと辛いのも当たり前だということ

2013-01-26 19:44:04 | Weblog
さみーっす。雪。風。寒気。冬籠もり・・・したい。

アルジェリアの悲劇に、衝撃を受け、声も出なかった。
犠牲者の皆さんのご冥福を心から祈ります。
生存者の皆さんに心からのお見舞いの気持ちを表明します。

崖っぷち。いつまで立っていられるかどうか、なんて、誰にもわからない。

生きていた、存在していた彼らが、今はもういないということ。
ぼくらがよって立つ世界への信条は、最初に突きつけられた彼らに、こんなにむごい形で応じられた。

それほどナイーブではないつもりだが、実際、まだことばにならんです。


さて。別の話題を少し。(魚座は興味が多次元なんで。どんなに落ち込んでても、どこか薄情なのかな。)

その1:本日、「メイドインジャパン」第1話放映!
内容面白いのは(ノベライズで(笑))確認済みなので、今日は、俳優達の熱演、演出・編集の機微に期待したい。吉岡秀隆氏、作品的には「猫弁」後、初か?とすれば10ヶ月ぶり?(間違えてたらすんません)
ともあれ、楽しみです。

その2:
ナショナル・ジオグラフィックで、ダイオウイカが発見されたやら、空腹時に記憶力が高まるやら(その事実より、記憶に関してはショウジョウバエもヒトも同じだ、ということ自体が驚愕だったが)様々な熱い話題が発表されていますが、今、(おいらの中で)一番熱いのは、この話題だ。

トキソプラズマが人の脳を操る仕組み(ナショナルジオグラフィックニュース)

このニュースで一番すごいのは、研究者がこのことを研究したきっかけが、「自分がトキソプラズマに感染している」と知ったから、ということだ。以下に記事の一部を引用する。

「1990年、フレグル氏はひょんなことから自身がトキソプラズマに感染していることを知った。同僚の研究者が新たな診断テストを開発し、それをフレグル氏に試したのだ。感染を知ったフレグル氏はあることをひらめいた。トキソプラズマがネズミの恐怖感を低下させ、ネコに食べられやすくすることを知っていた同氏は、自身もまた少し前から恐怖心が鈍くなったことに気づいていた。「道を渡っていて、車にクラクションを鳴らされたのに飛びのかなかった」のだ。そこでフレグル氏は考えた。これはトキソプラズマが原因ではないだろうか?

 それから15年間、公衆衛生データによる実験と分析を行った結果、フレグル氏はトキソプラズマと人間の行動にいくつかの驚くべき関連性があることを突き止めた。」
(上記リンク先「トキソプラズマが人の脳を操る仕組み」より)

・・・ううう、想像したくないような状況だが、フレグル氏の研究者魂に敬服する。ちなみに、「トキソプラズマは主にネコを宿主とするが、ゴミ箱、汚染された水、加熱の不十分な食肉などを介してヒトへも多く感染している。ほとんどの場合、感染しても大きな問題とはならないが、妊娠中の女性は注意が必要だ。米国疾病予防管理センター(CDC)は、妊婦が感染した場合、流産や先天異常のリスクが高まると注意を呼びかけている」(前述記事より)とのことなので、われわれ一般人も、あまり神経質になる必要はないかもしれないが、一応極端な不衛生を試したりせんように、気をつけた方がよさそうです・・・(汗)(日本のような超衛生的な国に住んでる場合は、リスクは低いと思われるが、生肉やばい?)

話題はずれますが、「小さな悪魔の背中の窪み」という本があり、ずいぶん前に読んだのですが、納得する部分が多い。確かにおいらは人混み嫌いだし、人混みの後はわりと風邪引くし、食べ物の悪くなったのは鼻と舌(!)が摂取を拒絶します(それは人並み?)

ま、血液型自体非科学的と考える向きもあるんで、この話題はここまで。

その3:
BBCラジオでCabin Pressureというラジオドラマをやってます。非常に面白くて、英語もわかりやすいんで、気分転換には最高です。
BBC Radio 4 Cabin Pressure
ちなみに、出演は、イギリスの年配女性の毅然とした美声ステファニー・コール、中高年の魅力あふれる美声(笑)ロジャー・アラム、世界中を魅了する美声(笑)ベネディクト・カンバーバッチ、この作品の作者であり、純真無垢な天使の美声(笑)ジョン・フィネモア、他にもゲスト俳優陣がこれでもかという美声と演技力の持ち主ばかり。

抱腹絶倒の放送喜劇、キャビン・プレッシャーは、現在毎週水曜日などに放送中。上記リンク先では無料で一定期間聴けますので、どうぞお試しあれ。(と言いつつ、第1話はアルジェリアの事件以来しばらく聴けていない、へたれなおいら・・・)

空が吠えてます。嵐は苦手だ。
皆さん、暖かい夜をお過ごしください。
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BBCラジオドラマ「コペンハーゲン」~ぼくがここにいることと、ぼくが考えていることについて~

2013-01-20 21:56:13 | Weblog
結論は出ないが、暫定的見解:
ぼくがここにいることも、ここで考えていることも、ともに確定した座標を持たない。

記憶とは、なんと不確定なものだろうか。本人にすら、それはとどめ置くことのできない、、、そうか、時は何もとどめられないんだ。一瞬を切り出そうとすれば、その速度は失われ、ぼくはどこにも存在しなくなる。あるいは、どこにでも存在する。(意味不明でごめん・・・)

BBCラジオドラマ「コペンハーゲン」を聴いて、あまりに哲学的な内容に、久しぶりに呆然とした。
自分の理解補完のために、以下の本を乱読中。

・「コペンハーゲン」マイケル・フレイン(著)小田島恒志(訳)
・「ハイゼンベルクの顕微鏡~不確定性原理は超えられるか」石井 茂(著)
・「そして世界に不確定性がもたらされた~ハイゼンベルクの物理学革命」デイヴィッド・リンドリー(著)阪本芳久(訳)
・「ハイゼンベルクの追憶」エリザベート・ハイゼンベルク(著)山崎 和夫(訳)
・「部分と全体~私の生涯の偉大な出会いと対話」湯川秀樹(序)・山崎和夫(訳)

「部分と全体」は読み始めたばっかり。なかなか手強そうなのと、内容楽しみなので、じっくり読むつもり。

そんなことより量子物理学勉強しろよ、と言われそうですが(苦笑)、それは保留(爆)。

ちなみに、ラジオドラマ「コペンハーゲン」は、マイケル・フレインのシナリオどおりじゃないんだね。各所に省略がある。追加もあるのかな。全部ちゃんと聴く時間がないので、ぼちぼち原作参照しながら吟味しよう。(いつまでかかることやら・・・)

おいらの頭は文系なので、今のところ「不確定性」についても、ハイゼンベルクが意図したのとは異なる(それはそれで世界に強烈な示唆を与えた)文系的解釈しかできないのですが、その概念もまたとても刺激的だ。人々は、ハイゼンベルクの生み出した概念のおかげで、世界の解釈についての大きな転換の機会を得たんだなぁ、と思う。(ああ、、、自分の言語能力の限界を感じる。)

でもね。BBCの「コペンハーゲン」でベネディクト・カンバーバッチ氏が明確に演じていたように、ある面意固地なくらい自説にこだわり、コミュ力高いとはとても言えないハイゼンベルクが、物語の中で見せる多面性(謙虚だったり、傲慢だったり、純真だったり、欺瞞に満ちていたり、策士のように見えたり、不器用に見えたり)からは、ほんと、いろいろなことを考えさせられる。

上記の本の中で、マイケル・フレインの「コペンハーゲン」の次においらが感嘆したのが、ハイゼンベルクの奥さんが書いた「ハイゼンベルクの追憶~非政治的人間の政治的生涯」だ。

フレインによる解説(「コペンハーゲン」の後書き)では「いかにも擁護する論調ですが、夫が世間に隠そうとしていた苦悩について明らかにしています。」と評価されている。

ちなみに、図書館に行ったら、サブカル?的な本「恋する天才科学者」(内田麻理香(著))というのもあって読んだのだが、そこでは、ハイゼンベルクはどうやら「人(特に女性)にもてなかった(嫌われていた)」という評価のようだった。

まぁ、ボーアの奥さんのマルグレーテにも敵意と言えるほどのダメ出しをされているのだが、前述の「ハイゼンベルクの追憶」を読むと、ハイゼンベルクは、ほぼ、悲劇の英雄にさえ見える、高潔な人物として描かれている。もちろん、奥さんは亭主(ハイゼンベルク)の名誉を回復したくてこの本を書いたのだから、それは当然なのだが、奥さんにこんな風に書いてもらえるなんて、ハイゼンベルクはものすごく幸せ者だったんだなぁ、と思うのである。(色々読んで、一番言いたいことがそれかよ、って感じですが、そうです(笑))

彼女の「結び」には、こう書かれている。(あまりに美しい表現で、はっきり言ってうらやましいので、以下に引用する。)

「科学者としてまた教師としての彼について述べることは、私にはふさわしくありません。彼はこの面に生涯最高の情熱をもって最も強く結びついていました。それについて彼は笑顔で確信をもって次のように言い切りました。「私は神の御業をその肩越しにかいま見ることを許されるという幸運を持てたんだよ」と―それで彼は十分でした。十分すぎるほどでした!そのことが、彼に大きな喜びを与え、この世で絶えずさらされていた悪意と誤解に対して、平静に対応し、正しい判断を失わせなかったところのものでした。」
(「ハイゼンベルクの追憶」エリザベート・ハイゼンベルク(著)山崎 和夫(訳)p.188)

この著作を見ると、その内容、構成、描写の仕方からも、彼女の聡明さがうかがえる。

ハイゼンベルクが、戦争終結時に、自転車で(!)家族の元へ駆けつけた時の、彼女の描写は以下の通りだ。最後が秀逸。

「確かにハイゼンベルクは彼の生涯において、全くむちゃくちゃとも見える危険に突入していったときが何度もありました。最も劇的だったのは、たぶん戦争の終結したあの当時のことでしょう。(中略)この道中で、彼は一人のSSの歩哨に見とがめられました。歩哨は、彼が国民総突撃から逃げ出してきたに違いないと、敵意をむき出しにして尋問しはじめたのでした。(中略)そこでハイゼンベルクは一計を案じ、前の晩偶然手に入れたアメリカ製の一箱の煙草をポケットから出して、それをSSの男にさし出しながら、「失礼ですが、多分あなたはもう長い間おいしい煙草を口にされたことがないでしょう。これを差し上げます。」というと、男は煙草をとりあげ、そしてハイゼンベルクを釈放したのです(彼が煙草をすわない男であった場合のことを考えて見ていただけるでしょうか。)」
(上述書、p.64)

奥さん、すごい。的確な突っ込み。
彼女がハイゼンベルクの欠点について書いているのは、おそらく一カ所。面白かった(ごめん)ので、それも以下に引用する。少し長いが、彼女の描写の鮮やかさに、夫への愛をひしひしと感じる。

「しかし、その前に恐らく、ハイゼンベルクの功名心とはそもそもどういう種類のものであったかについて、もう少し述べておくべきだと思います。功名心が強かったこと、それについては疑う余地はありません。すでに彼の学校時代、この功名心について、彼の最も若年の頃の通知簿の中で先生が長所として強調しています。(中略)同じように、父親は若いハイゼンベルクの功名心を意識的に助長しました。(中略)彼が私に語ったところによりますと、ギムナジウムの入り口の扉の上におよそ次のようなギリシア語のことわざが書いてあったのを見つけたときに、彼は非常に感動したのでした。そこには"汝がなすすべてに、常に最良を目ざし、努力せよ"とありました。彼は、これを自分の座右の銘にしようと決心しました。(中略)彼は色々な才能がありましたので、彼がやる気になったものには、全てに高度の能力を発揮しました―そしてそのことに、彼は喜びを感じました。
 それ以外にハイゼンベルクは勤勉で、さらにほとんど信じられぬほどの精神的集中力を持っていました。彼は、自分に常に最高のものを求めました。それは、チェス、ピアノ、山のヴァンダールング、スキーなどもそうでしたし、彼は庭の花を摘み、それを大きな花瓶に活けるときにさえ、それに精神を集中し、注意深く行いました。彼の活けた花束は、色あざやかで生き生きとしていました。
 私自身、ハイゼンベルクがこの功名心を家族の遊びの中に取り入れたときには、時には理解できなかったことがありました。彼の努力の背後に、ある種の素朴なエゴイズムが現れてくると、私はイライラしました。しかし、この功名心が個人的な優越性を誇示するものとは遙かにへだたったものであることは、常に全く明白でした。(中略)彼の功名心は、まさしく"名誉"に向けられているのではなく、それは全く虚飾のないものでした。」
(上述書、p.106)

結局のろけてる・・・お見事です。読めば読むほど、ハイゼンベルクがかっこよく思えてくる。(そう思ってる人が書いたんだから、当然か。)

これ、万が一、ハイゼンベルクが全部「いいかっこして奥さんに見せてた」としたら、逆に、あっぱれとすら思う。
いやはや。この本、大好きだ。こんな風に思う、思われることだけでも、奇跡のような人生だとすら、思う。

というわけで、とりあえず、活字に埋もれてる今日この頃。

崖っぷちにいるの、わかってんのか>自分。

ウイ、ムシュ。

崖っぷちで、もちっと踏ん張れ。一市民として。おいら自身のために。大切な人のために。

ハイゼンベルクの戦時中を思ったら、背筋がぞっとしました。
あの時代。あの世界。人々の心が、命が、試された、試練と言うにはあまりに大きな不幸。

恐ろしい時代。それも、人の心の産物。

いい作品だった。「コペンハーゲン」。

デンマーク・クッキー(コペンハーゲン(笑))食いながら、安穏と、そんなことを考えている自分に、少々イエローカード。

んでは、皆さん。長文陳謝。よい夢を。
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メイドインジャパン ノベライズ読了

2013-01-15 00:31:42 | Weblog
現実逃避の報告(先週やけどね)

「メイドインジャパン」読了。予想以上におもしろかった。
これはドラマもおもしろくなりそうだ。

で,ノベライズ読んだ後だと,「メイドインジャパンの全て」(特別番組)の場面が「あ,あの場面か!」と全てわかる感じで(苦笑),つまり,ノベライズに割と忠実な模様。まぁ,途中省かれてるんでしょうが。(あれ全部は3話では無理だろうから。)

とにかく。NHK放送開始60周年記念ドラマ「メイドインジャパン」楽しみです。

吉岡秀隆ファンにも朗報!(ノベライズでは)すげー出番多いぜ!(ノベライズでは,ね。)

んでは。
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コペンハーゲンと田中秀幸氏,そしてカンバーバッチ氏(連想ゲーム?)

2013-01-14 22:52:55 | Weblog
題名が脈絡なくてすんまへん。

自分の中の脈絡としては以下の通り。

0.週末の残業でやる気を放出し,HPが底をつく。何か現実逃避のあてを探す。

1.マイケル・フレインの「コペンハーゲン」がラジオドラマになるらしい,しかも物理学者ハイゼンベルクの役をベネディクト・カンバーバッチ氏が演じるらしい,と知り,最近英語のラジオドラマにはまっているため,盛り上がる。

2.「とりあえず予習せねば」と,なぜか「メタルギア・ソリッド~Peace Maker」のスネークとヒューイの核兵器にまつわる無線通信を深夜に延々聞きまくる。(この分野のメディアの中で一番アクセスしやすかったんだよ・・・←言い訳)

3.さらに「も少し予習」と,「ラジオドラマ」で検索したら,青二プロの朗読劇(ラジオドラマ)を発見。声優界の大ベテラン&おいらの代尊敬する田中秀幸氏や銀河万丈氏の名演技を久しぶりに聞く。以前よりさらにすごみを増していて驚愕&感嘆。

4.そのまま朝が来て,BBCラジオドラマ「コペンハーゲン」を聞く。3人の俳優さんの名演技に酔いしれながら,内容がいまいち追い切れない。

5.何度聞いても内容がぼんやりしかわからんので,ハヤカワ演劇文庫で「コペンハーゲン」の翻訳板を買う。

6.翻訳板を読み始めたら,ハイゼンベルクの声が田中秀幸氏で自動再生された・・・(感動)

そんなわけで,(前々から思ってはいたが)ベネディクト・カンバーバッチ氏の声に一番似てる日本の俳優は田中秀幸氏,と(自分の中では)決定。(あくまでおいらの脳内専用なので,異論反論は遠慮します。)

ちょうど,ハイゼンベルクの役どころが,田中氏の声とあってる,というのはある。

ところで,カンバーバッチ氏の声の何がいいかって,どこか無垢なんだよな。どんな低い声出していても,基本純粋(声の色がね)。それは田中氏も同じ。(田中氏の場合は,どこまでも年齢不詳で,人間離れしてる感すらある。)そこに演技が乗ると,ぞくぞくするぐらい,感情を伴って響く。人間の声は管楽器の仲間だと思うけど,彼らの声は,惚れ惚れするようないい響き(共鳴)なんだなぁ。(おいらが言うまでもないが。)

「コペンハーゲン」読み始めたばかりだけど,おもしろいっす。もちろん「おもしろい」じゃくくれない分野の本ですけどね。でも,少なくとも「読み続けたい」と強烈に思う人物造形はできてます。

この本じゃなくて,別の本(ハイゼンベルクの顕微鏡)からのネタだけど。ボーアとハイゼンベルクのエピソードメモ。

・ボーアは議論が辛辣で,コペンハーゲンで初めてボーアと討論したシュレディンガーは,ストレスのあまりその場で熱出したそうな。(ボーアの奥さんがシュレディンガーを看病してくれたが,その熱出してる耳元で,まだ執拗に自説を説き続けたらしいボーア氏。。。)
・「物理学の良心」とヨーロッパの科学者から呼ばれ信頼されていた物理学者パウリは,ハイゼンベルクの前にボーアの助手をしていた。完全主義者で辛らつな批評者だったパウリの後に助手となったハイゼンベルクについてボーアは「パウリと同じぐらい優秀だが性格がよい。ピアノもうまい。」とアインシュタインに手紙で書いたらしい。(パウリの立場は・・・)
・師弟関係にあったボーアとハイゼンベルクだが,ハイゼンベルクが新しい理論についてボーアと議論した時,ボーアにあまりに厳しく反論され,それでも自分の考えを撤回せず,泣き出したこともあったらしい。(マルグレーテが見てたのか・・・)
・パウリは実験が嫌いで,パウリが近くにいると実験がうまくいかない,というジンクスまで生まれ「パウリ効果」と言われた。とある実験がどうしてもうまくいかず,後でわかったことでは,その時,ちょうどパウリが乗った汽車がその街を通過していたらしい(って,そんなことがどーしてエピソードとして語り継がれてるんだってことの方が・・・)
・ハイゼンベルクはピアノの才能があり,一時期は物理学者を選ぶかピアニストを選ぶかで悩んだらしい。ピアノの教師もしていたとか・・・天は二物も三物も与えるよなぁ・・・

こんな風に見てしまうといかにも人間くさいですが,天才ですから,やはりスケールが違います。

最後の方を読むのが怖いですが,最後まで「コペンハーゲン」心して読みたいと思います。
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ペール・ギュント 山の魔王の宮殿にて

2013-01-06 22:44:38 | クラシック音楽
先日、James Rhodesが弾いてたのを聞いたのですが、タイトルが思い出せなくてここ数日ず~っと悶々としてました。

ところが、先ほど「ラシドレミドミ」の検索で一発解決。


ペール・ギュント「山の魔王の宮殿にて」でした。(トロルが「殺せ!殺せ!」って叫んでる曲やったんね。この剣呑さは・・・)

インターネットってすごいなぁ・・・


(「ファンタジアでワニが踊ってた」という間違った記憶に振り回されて、ずいぶん遠回りしました。自分の記憶を信じちゃいかんと痛感した45歳・・・)


それにしても、ペール・ギュント・・・ろくな人生じゃないが、あまりに人間くさい展開に、共感したくなくても頷いている自分がいる・・・(爆)。

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土に手をつく~回帰と確認~

2013-01-06 21:55:04 | Weblog
4年3ヶ月前の記事を、誰かが読んでくださったので、自分ももう一度読むことができました。

進歩してないなぁ。今読んでも「心から同意」してしまう自分。やれやれ。
(4年以上経ったのだから、もちっと新しい発見があってもいいものだが。)

そんなわけで、自戒をこめて再掲。しっかりしろよ、自分。。。


(以下、過去の自分アゲイン。ただし、改行と追加は施します。)
--------------------------------

全然改善のない状況で。

わずかばかりのひっかかりを、ここに刻んでみよう。(以下、偽悪的駄文が続きます。気分悪くなるかもしれんから、生意気な文章嫌いな人は見ないでね。)



(1)ぼくらは、人に傾倒する。

日本人の多く(と言っては語弊があるだろうか)は、敗戦によってそれまでの価値観を粉砕され、道徳規範の拠り所としての宗教から切り離されてしまった。宗教は世界観であり、道徳律であり、目に見えず僕らを縛り、規制してくれるもの。

今の僕らを見てみよう。それまでの価値観を失って、自由という言葉の元に、手に余る道徳律を自ら作り出すことなどかなわぬ僕らは、どこに信仰心、すなわち精神的な拠り所を求めている?それは、「世間」という漠然とした教典で、でも、どこにそれが書かれているかって、、、結局は、どこかの「個人」が表明した壁の落書きやうわさ話を選んでは、それに絶対的な信頼を置いていないか?そして、自分が自信をもって「正しい」と思えることなど、もうない、と信じて、沈黙しつづけていないか?

子供たちは、口をつぐんだ大人たちから学べない。雑誌やメディアが様々な商業的しがらみや憶測から提案する「刺激的でポップな」最先端を、「常識」だと考える。大人になっても同じだ。どこまでも五里霧中な生活の中で、巷にあふれる「情報通」の言うことを、ありがたく信奉して真似ている。その「情報通」の信念やセンスがどこから来るかなんて、疑いもせずに。そして、発信者も受信者も、決して悪意はないのだ。どこまでもつかまえられない「世間」を求めているだけで。




ぼくらは、人に傾倒する。神様も教えてくれない、親も教えてくれない、素敵な生き方を、ポップスターやアスリートの中に見つけようとする。

ぼくらは、人に傾倒する。相手を、食いつぶすまで神格化し、相手が人故に間違ったり試行錯誤するのを、許さない。十分に他罰的な子供の無邪気さで、相手を罰して押しつぶそうとする。

神格化し、追い詰め、崖から突き落とす。それは、原始社会から続く、人類の遺伝子に組み込まれた性質なのか。

ぼくらは、人に傾倒する。時の人に。偉大な人に。クールな人に。そして、その人を応援するだけでなく、その人の無謬性を追い求め、当人以上に誤謬を罰しようとする。神に成り代わって。ぼくらは、神を持たずに、神になったかのように、人を裁こうとするのだろうか。


(2)どこまでも優しくなれる。その一方で、どこまでも孤独は埋まらない。

ぼくらは、愛を学ぶことができる。笑顔をもらえば、赤ん坊でも笑顔を返せる。でも、いつのころからか、僕らは、自らは変わらぬまま、相手が変わることを望むようになる。それは、愛から離れてはいないか。僕らは時の中で生きている。僕らは時の流れを感じることができるはずだ。でも、僕らは待つことが苦手だ。相手が自分の思うとおりでないと、裏切られたと思う。そう思う心が、自分の裏切りかもしれないのに。

他方、「優しさ」とは何だろう。自分を律することで、ぼくらは、どこまでも「優しく」なれる錯覚を起こす。でも、ぼくらが優しさに挑戦するとき、自己満足に終わっていないか。「優しい自分」に酔っているだけなら、そこにはどうしても孤独と欺瞞が生まれる。その2つは、光が生み出す影のように、優しさと連れ添って、僕らの隣にいつの間にか立っている。


ぼくらは、どれだけ決意すれば、本当に優しく、強くなれるのだろう。愛という言葉を本当に実感するために、どれだけの自己欺瞞と、どれだけの無関心と、どれだけの誤解と戦わねばならないのだろう。繰り返し「愛」を練習する、果てしないその戦いは、どこまでいってもだれに褒められるわけでなく、結局のところ自己満足でしかない、という冷ややかな心の声が、僕らの体温を下げ続ける。


1つ分かっているのは、行動しなければならない、ということ。優しくなって、強くなって、手を伸ばさなかったら、何も変わらない、ということ。冬の極寒の中で、動物も植物も生き続けるように。春は、必ずやってくる。春を、沈黙させないために、ぼくらは、もっともっと、強く優しくなりたい。熱を保ち続けたいんだ。



追伸:

「袖ふれあうも多生の縁」

ことばは、恐怖を乗り越えて、信じるための呪文。

間違えても、裏切られても。
痛みを風に飛ばして、
となりにいる人の手を握り、微笑みをかわす。

凍えながら。
そんな朝を、夢見ている。

(初稿2008.10.12.改稿12.20.掲載2009.05.30. 改稿再掲2013.01.06.)
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「デッドゾーン」と「八重の桜」~やりきれないけど、生きていこうよ~

2013-01-06 21:26:19 | Weblog
起きていられなかった週末。何がそんなに悲しかったって?


被災地派遣の職員死亡「やりきれない」 宝塚市長(朝日新聞) - goo ニュース


でも、悲しがって落ち込んでたって何も変わらないんだ。彼はもう、ここにはいないのだから。
おいらとさほど年の変わらぬ彼の心が、どこか大切な人の元へ帰りつきますように。
互いに知らぬ魂同士、空の向こうでいつか出会えるだろうか。

ふとんかぶって現実逃避しながら、ぼんやりと起き出して、家族と何食わぬ顔で話して、借りっぱなしで放置していた「デッドゾーン」(映画版)を視聴。

クリストファー・ウォーケンはいいなぁ。
ヒロイン(ブルック・アダムス)もよかったし、マーティン・シーンの迫力もすごかった。

デッド・ゾーンは原作が最高なのだ。おいらホラー苦手(というか無理)だけど、デッド・ゾーンはスティーブン・キング原作なのにむちゃくちゃ大好きだ。

デッド・ゾーンの持つ世界の矛盾(スティーブン・キングはそれもわかって書いている。だからすごい。)。
「エリアンダー・モーニングの犯罪」という作品を、この「デッド・ゾーン」つながりで知ったけど、これもいつか読みたい。ほんと、矛盾。相反する結論の出ない世界だ。

悲しい。愛しい。哀しい。それしか感じられなくなる。これ読んでると。

スティーブン・キングの他の作品は読んだことないけど、主人公のジョン・スミスがあまりに「普通」ないい人なんで、読んでて身につまされることこの上ないんだ。そういえば、原作で描写されるジョン・スミスの性格は「よきアメリカ人」としての善良さ。その陽性な(ある意味無垢な)人としての美しさ、健全さは、おいらが俳優ベネディクト・カンバーバッチ氏に(勝手に)感じているマナーとも通じるところがある。

恋人のサラの悲しさも。(ちなみに、彼女をより理解するには、原作を読んだ方がいい。)

二人の再会。サラが子どもつれてスミス家を訪問する場面は、どんな映画のラブシーンにも匹敵する美しい愛の場面だったと思う。
映画見ながら、原作の場面がずっとオーバーラップしてたおいらは、ちょっと行き過ぎかもしれんけど(苦笑)。

誰にも理解されない悲哀。誰にも共感されない孤独。
それでも世界を愛する孤独。それでも、世界には理解されないことを理解している悲哀。

おいらの中の(原作の)ジョン・スミスは、どちらかというともっとカンバーバッチ氏よりな陽性のイメージだったんだけど(だからこそ、そんなジョンが追い込まれていく終盤が辛かったんだが)、クリストファー・ウォーケン氏の底なしの悲しい瞳を見ていたら、何とも言えず「今、そこにある絶望」を感じて、からだまで痛くなりました。


そんな、崖っぷちの身を顧みず現実逃避した状態のおいらが、今見ているのは「八重の桜」。

テーマ音楽は坂本龍一氏。BGMは中島ノブユキ氏。なんだか、泣けてくる感じの(西洋的だけど)美しい音楽です。
きっとこれは見る。(平清盛もだらだらと「ながら見」はしてたが。)「人が生きている」作品だと感じたから。


ああ、Parade's End見たい。もう一度。

幾億、幾千万の、魂に安らぎを。
その一つ一つが、なんと愛しい、かけがえのないものだったか。

崖っぷちにもどります。おいらは基本鈍感。鈍くてよかった。
神様ありがとう。


追伸:ここ数日Cabin PressureのChristmas Special(Molokai)をエンドレスで聞きっぱなしです。。。なんか弱ってんなぁ・・・だらしねぇ(自戒)。
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崖っぷちで佇む夜更け~二つ星の空へ~

2013-01-02 23:18:41 | Weblog
ども。年が変わって初めてです。

平成25年。2013年が始まりました。
なんだか感慨深いです。静かに船が出たような。密やかに何かが始まったような、不思議な年明けです。

天気の方は全然静かじゃないですが(苦笑)。今日は外出られへんかったで。超強風。

ふぅ。

飲んだくれてる場合じゃないんですがね。やっぱり飲んだくれてます。明日からは無理やな。
一歩外に出れば嵐。現実も同じや。

アメリカは法案通ってよかったな。日本はどうなるんかな。色々。色々。


今日はあれとこれとするはずでしたが、全てキャンセル。寒すぎて動かれへんかったです。(これが通るほど世の中甘くないのだが。)

わかってはいるんだ。やらなくちゃいけないこと。
決めなきゃいけないこと。

明日こそはきっと。(今年もこの展開?!)


話題変わって。
「テルマエ・ロマエ」観ました。おもろかった。
ツタヤでずらっと並んだ全巻貸し出し中(笑)。同類多いな。

昨日は高速道で通行止めに巻き込まれて、コブクロのALL SINGLES BEST 2(2枚組)を繰り返し聞きました。コブクロの曲の素晴らしさは再確認できましたが、疲れた^-^;

お日様恋しい今日この頃。


なんて弱弱してないで、崖っぷちに出ます。明日こそは(また言ってる)。

風邪ひかんように、皆さん気をつけて。


追伸:本日「メイドインジャパン」の予告?番組があり、放映日を確認できた。1月26日(土)午後9時。。。
おし。それまでねじ巻くぞ。(いちいち気合い入れんと、寒さにくじけてしまう中年なのでした・・・)
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