久しぶりに、ブラタモリを観ていた。
テーマは「比叡山」。先週から2週に渡って「比叡山と仏教」について興味深い歴史と伝統が紐解かれた。(そして日頃非公開の修行の場がこのたび一般庶民に公開された!ありがたや、、、)
番組の中でもおいらが感嘆したのは、先週の「最澄の直筆の美しさ」(涙が出るほど)と「一隅を照らす」という最澄の教え。
そして今週は「3ヶ月続く南無阿弥陀仏を唱える修行」「12年籠山行」「おみくじ発祥の地」「石の声を聞く「穴太衆(あのうしゅう)」の石積み超絶技巧」に圧倒された。
「一隅を照らす」については、以前、このブログでも触れたことがあった。
「ボクがココに居るうちに」(2008/10/05)
あのお寺の住職さんは、延暦寺で修行された方だったのかなぁ。
「一隅を照らす」は、仏教の教えの中でもおいらには理解しやすい(共感できる)教えだ。
誰でも、自分のいる分だけ、その周囲だけは照らすことができる、という教え。
自分が生きていることが「灯火」になるといいなぁ、と思えて、生きることを許された気分になる。(元々すみっこが好きなので「一隅」という言葉が響く、ということもある。)
そう言えば、偶然から、最近、以下の漫画を知って、一気読みした。
田村由美「ミステリと言う勿れ」(1~5巻既刊:小学館フラワーコミックス)
田村由美は、大昔?に「BASARA」という漫画を(これまた偶然)知って、「ひえ、こりゃザ・少女漫画そして大河?!」と圧倒された経験がある。主人公のタタラちゃん(更紗ちゃん?)が虫大好き温泉大好きワイルドかつ優しい少女で、そこに甚く惹かれたものだった。でも、とにかく激しかった。終わり方は色々心乱れる展開だったが、とにかく全編通して凄い迫力の作品だった。
聞けば作者はO型。うん、確かにあのぐいぐい容赦なく読者の心に迫ってくる雰囲気は、O型らしい。
その豪快田村女史の作品にしては、「ミステリと言う勿れ」は初見の印象が随分平熱っぽくて、へえ、AI的現代らしさが、、、とか思いつつ読んでいったら、やはり「ぐいぐいO型」っぷりは健在だった。展開がすごい。力強い。読者の心を翻弄し千々に乱してくれる台風のようなインパクト。
そしてまた、どうしてこの方、、、このことをピンポイントで取り上げてくれるのだろう。
「物言わぬ少数派」が日常的に気になる・ひっかかることへの言及・視点が、非常に的を射ている。おいらとしては、「魚座」「三好達治」「自省録」が出てきた時点で全面降伏ですが、その他の点も、(作品の主張に同意、ということではなく、話題の取り上げ方が)とても好きだ。
一話の分量が多いので、結構一気読みしやすいです。「漫画大賞第2位」「このマンガがすごい!2019年オンナ編第2位」「ダ・ヴィンチプラチナ本受賞」との帯がついていました。すごいんやね。(そーいや、おいらが好きな週刊少年ジャンプの「チェンソーマン」も何かで第2位だったなぁ。あれも、ものすごくぶっ飛んでるけど、背徳的かつ絶望的に叙情的な味わいがなんとも言えない作品だ。)
それにしても、「ミステリと言う勿れ」、第5巻(新刊)の色味が濃くてすごくきれいなんだが違和感があって、、、これ、クリスマスなんだな(苦笑)。この表紙の濃さ(くどさ)もこの作品の味わいの一つ。でも、本編の絵柄は、むしろあっさり淡泊。
そんなあっさりした絵柄で、なかなかエグい展開を楽しめ?ます。(正直びびった。)
久しぶりに、少女マンガにはまった9月でした。
(蛇足だけど、主人公の「久能(くのう)整(ととのう)」って、誰かモデルいるのかな。真っ先に連想するのは「金田一耕助」「シャーロック・ホームズ」なんだけど、日本人だと、大泉洋、、、じゃないよなぁ。おれのイメージ的には吉岡秀隆だけど。
大学生は、さすがに、今の吉岡が演じるのは無理か、、、残念。)
さて、ここまで読んでくださった奇特な方はもうお察しでしょうが、完全に現実逃避の今日この頃。
あまりに眠くてやる気が出ない毎日でしたが、散髪行ったら、ものすごい白髪になっていて、これまたびびった。
毎日鏡見てても気づかなかったのになぁ。
運動して体力つけねーと、持ちそうにないっす。
というわけで、皆さんもどうぞお体お大事に。
「秋空を 見上げて 口をつく歌を 風に乗せては いたづらに笑む」
「故郷の空」を歌ってる気分なんすよ。今日って。では、また。