茨木のり子さんが次のように述べられてます。
民主主義者への許しがたい転換
今から思いますとね、最初はそれこそ軍国主義的にマインドコントロールされてたんですよ。マインドコントロールなんか、ほんとに今のはやりですけれど、あれは昔っからあったのでしてね。がんじがらめにさせられてたわけ。それが郷里に帰りまして、一月とたたないうちに民主主義者になってたんですよ(笑)。
それが今ふりかえると許せないって感じ。その程度のものだったのかなあという感じですね。国のために死のうと思ってましたから。
もうね、戦争に負けたら、とたんに新聞がばあっと民主主義になっちゃったわけですよ。だから新聞読むと、そうか、間違ってたのかって具合に、また洗脳され始めるわけですね。せめて一年ぐらいはね、自分でもう少し考えとけば良かったなって思うんですけどね。もう、情けないなって今になって思いますね。自分があんまり軽薄だったのが許せないって思います。
私もこれと同じような話を学生の頃聞きました。今の世の中、調べようとすれば世界の動きがわかります。マスコミには十分注意してマインドコントロールされないようにしなければと思います。
今 少子化が大問題のように政府は大騒ぎしていますが、実際はどうなのか?少子化と言ってもまだ日本の国土からいえば人が多すぎる筈です。人の減少に見合う政策をとればいいはなしです。官僚が描いた構想を方向転換すればいいはなしだと思います。
茨木さんからのヒントは自分で物事を考えること。人の意見を自分の意見と錯覚しないことなどです。
次に戦争について書かれています。
いまだに第二次世界戦争で日本がしたことは戦略戦争でないと言いはる人がいますが、茨木さんは戦略戦争だとはっきり言われてます。また日本は、軍人、政治家、マスコミ すべての人が一億玉砕といいながら沖縄のみ犠牲にしてギブアップした。
この無責任体質は今でも変わっていないと私は思います。
茨木さんの戦争についての記述
戦争の意味
はたちの誕生日は、戦争中で動員先の寮にいましたし、ああ今日がそうか、ってぐらいでしたね。今の人たちじゃ想像もつかないくらい、もう話にもなにもならない状況でした。食べ物はひどいし。専門学校に入った頃なんて、あそこの食堂が開いてるってわかると、それって具合にみんなで行って、蒲田の、京浜工業地帯の工員さんたちに混じってがつがつ食べてたんですね。
だけど、みんなこういう話ばっかりし過ぎて、子供たちは聞くのいやだっていうでしょ。それで、あの戦争はなんだったかってことを次の世代にちゃんと伝えられなかったって気がしてしょうがないのね。それぞれが戦争を自分の意識のなかで組み立ててないというか。
私のなかではわりとはっきりしています。東洋に対しては、あれははっきりと侵略でした。ひどいことしましたよね。それじゃ、アメリカとの戦争は、あれはなんだったのかってずっと思っていたんですけど、ベトナム戦争のときに、ああ、これと同じようなものだったんだなって思ったんですね。要するに、アメリカの日本に対する侵略ですね。ベトナムの場合は最後まで戦ったわけでしょう。アメリカが敗退したわけですよね。でも、日本は一億玉砕とか言っていて、私も死ぬつもりだったんですが、それなのに沖縄だけを犠牲にして、「負けました、はあい」って言ったのは、ベトナムに劣ると思ったんです。
負けっぷりのまずさを今も引きずっていますね。
民主主義者への許しがたい転換
今から思いますとね、最初はそれこそ軍国主義的にマインドコントロールされてたんですよ。マインドコントロールなんか、ほんとに今のはやりですけれど、あれは昔っからあったのでしてね。がんじがらめにさせられてたわけ。それが郷里に帰りまして、一月とたたないうちに民主主義者になってたんですよ(笑)。
それが今ふりかえると許せないって感じ。その程度のものだったのかなあという感じですね。国のために死のうと思ってましたから。
もうね、戦争に負けたら、とたんに新聞がばあっと民主主義になっちゃったわけですよ。だから新聞読むと、そうか、間違ってたのかって具合に、また洗脳され始めるわけですね。せめて一年ぐらいはね、自分でもう少し考えとけば良かったなって思うんですけどね。もう、情けないなって今になって思いますね。自分があんまり軽薄だったのが許せないって思います。
私もこれと同じような話を学生の頃聞きました。今の世の中、調べようとすれば世界の動きがわかります。マスコミには十分注意してマインドコントロールされないようにしなければと思います。
今 少子化が大問題のように政府は大騒ぎしていますが、実際はどうなのか?少子化と言ってもまだ日本の国土からいえば人が多すぎる筈です。人の減少に見合う政策をとればいいはなしです。官僚が描いた構想を方向転換すればいいはなしだと思います。
茨木さんからのヒントは自分で物事を考えること。人の意見を自分の意見と錯覚しないことなどです。
次に戦争について書かれています。
いまだに第二次世界戦争で日本がしたことは戦略戦争でないと言いはる人がいますが、茨木さんは戦略戦争だとはっきり言われてます。また日本は、軍人、政治家、マスコミ すべての人が一億玉砕といいながら沖縄のみ犠牲にしてギブアップした。
この無責任体質は今でも変わっていないと私は思います。
茨木さんの戦争についての記述
戦争の意味
はたちの誕生日は、戦争中で動員先の寮にいましたし、ああ今日がそうか、ってぐらいでしたね。今の人たちじゃ想像もつかないくらい、もう話にもなにもならない状況でした。食べ物はひどいし。専門学校に入った頃なんて、あそこの食堂が開いてるってわかると、それって具合にみんなで行って、蒲田の、京浜工業地帯の工員さんたちに混じってがつがつ食べてたんですね。
だけど、みんなこういう話ばっかりし過ぎて、子供たちは聞くのいやだっていうでしょ。それで、あの戦争はなんだったかってことを次の世代にちゃんと伝えられなかったって気がしてしょうがないのね。それぞれが戦争を自分の意識のなかで組み立ててないというか。
私のなかではわりとはっきりしています。東洋に対しては、あれははっきりと侵略でした。ひどいことしましたよね。それじゃ、アメリカとの戦争は、あれはなんだったのかってずっと思っていたんですけど、ベトナム戦争のときに、ああ、これと同じようなものだったんだなって思ったんですね。要するに、アメリカの日本に対する侵略ですね。ベトナムの場合は最後まで戦ったわけでしょう。アメリカが敗退したわけですよね。でも、日本は一億玉砕とか言っていて、私も死ぬつもりだったんですが、それなのに沖縄だけを犠牲にして、「負けました、はあい」って言ったのは、ベトナムに劣ると思ったんです。
負けっぷりのまずさを今も引きずっていますね。