団塊世代おじさんの日常生活

夏 日本で二番目に気温が高く、陶器と虎渓山と修道院で知られる多治見市の出身です。

かみさんが「男性から『卒婚』なんて言わないわよね、男性はやって欲しいばかりだから」。

2018-11-30 04:53:15 | 日記
 貴乃花さんが卒婚されたというニュースがマスコミを賑わせています。
ネットで卒婚と離婚の違いという記事を見つけました。

 読んでみますと、貴乃花さんご夫妻の場合は婚姻関係を解消されたので、卒婚ではなく、離婚だと分かりました。
下記がその記事です。




 卒婚と離婚の違いとは? 熟年夫婦が離婚ではなく卒業する選択する理由

 結婚を卒業すると書いて「卒婚」という言葉を聞いたことはあるでしょうか? 
卒婚とは離婚をするわけではなく、婚姻関係を維持したままお互い自由に生活していくことを指します。
別居でも同居したままでも良いそうで、熟年離婚の代わりに卒婚を選択する夫婦の形があるそうです。

 2004年にフリーライターの杉山由美子さんが書いた、『卒婚のススメ』という本をきっかけに話題となった「卒婚」という夫婦の形。
「結婚を卒業する」という意味の造語ですが、いったい離婚とどういった違いがあるのでしょうか。

そもそも離婚とは、「婚姻関係を解消」するものですよね。
卒婚とは、関係性としては婚姻関係を続けたままで「夫婦生活を解消」し、お互い自由に生きていくものだそうです。
卒婚のスタイルは夫婦それぞれ異なり、別居や同居は問わないんだとか。

 株式会社かんでんCSフォーラムが40代以上の既婚女性を対象に行った調査によると、
約3人に1人の割合で「卒婚をやってみたい」と答えたそうです。意外と多くの女性が卒婚に興味がある様子。

卒婚のメリットとは、「離婚という煩わしい手続きをしないで、夫婦それぞれが自由に生きられる」というところにあります。

調査対象が40代以上ということで、これまでの夫婦生活で自由時間が少ない女性が多かったのかもしれません。
子育てが終わり自分の時間が欲しくなる世代です。
また、離婚とまではいかなくても、現在の夫婦スタイルに疑問を抱いているかたもいるのかもしれません。

また、卒婚を提案するのは妻からが多いそうで、
夫婦それぞれの役割を卒業してそして精神的にも経済的にも自立して生きるための選択肢のようです。

卒婚のデメリット

生活費
卒婚は確かに、婚姻関係を解消せずにその後の人生を自由に生きることができる新しい形です。
しかし、互いの独立を目的とした卒婚では生活費をどちらかに払ってもらうとなると趣旨からずれてしまいます。

一般的に共働きの夫婦であればそれぞれが生活費を払うという形式を取っています。
しかし年配の妻の多くは長期間仕事をしている人が少ないです。
そのため、夫に生活費をもらうもしくは離婚時に行う財産分与と同額の折半を行うという夫婦もあるようです。

浮気・不倫
婚姻関係は続いているものの卒婚という形をとる特殊な選択のため、浮気・不倫はグレーゾーンに位置しています。

ただし、あくまで婚姻関係が続いているため離婚や慰謝料請求の可能性があります。
そのため浮気・不倫はしない方が安全と言えます。



男性は「卒婚」についてどう思う?

離婚するほどではないけれど、結婚に対して不満があるかたが選択するのが「卒婚」なのかもしれません。
やはり離婚となれば、子どもにも負担をかけますし、なにかあったときに後悔することも。
卒婚だと法律上は夫婦関係のため、それがいざというときの精神的な支えにもなりそうですね。

それでは男性は、卒婚についてどう考えているのでしょうか。
筆者の知人の既婚男性数名に卒婚について説明した上で、どう思うか聞いてみました。

 俺が結婚した理由は、お互いに協力して生きていきたいから。
卒婚は相手よりも自分の生きかたを尊重するってことでしょ。俺はそう思った時点で離婚したい。
中途半端な関係よりそのほうが楽そう。(20代男性)

 働いてるうちはいいかもしれないけど、働けなくなったときにお金や生活の問題がでてきそう。
でも、困ったときは卒婚を解消してまた夫婦生活に戻ればいいのか。離婚してないわけだし、手続きもいらないし。
そんな関係があってもいいかもしれない。(30代男性)

 今まで夫婦でやってきたことをひとりでするわけだから、今までよりも自由に使える時間と金が少なくなりそう。
卒婚するのは、それなりの覚悟が要りそう。(30代男性)

 意見はもらったものの、皆さん卒婚に対してあまり興味がない様子でした。
「支え合ってこそ夫婦」という考えが多く、卒婚後の生活が大変そう……というのが正直な感想のようです。



「自分らしい生きかた」を求めるには

男性が重視する「協力」や「支え合い」ですが、もしかしたらそれが女性にとって「夫婦のため」「家族のため」というしがらみになり、
夢や自由な時間を諦める要因になっているのかも。それを取り戻すには、「卒婚」がうってつけというわけですね。

離婚も以前に比べると随分ポピュラーになりました。
家族や友人に再出発を誓い、結婚指輪を破壊する「離婚式」も近年、話題です。

「結婚だけが幸せではなく、自分らしい生きかたを追求することが幸せである」という考えかたが浸透し、
「別れ」がネガティブでなくポジティブになる時代なのかもしれません。

しかし、かといって卒婚や離婚を経ないと自分らしく生きられないわけではないですよね。
結婚生活を営んだままでも個人の時間を尊重し、お互いに依存しすぎないことでそれは可能なのではないでしょうか。

例えば依存することで、「妻(夫)がいないとダメかも」と、すべての行動に消極的になる可能性があります。
お互い自立して自分のためだけの時間を作り、
さまざまなことに挑戦することで自信がつき、より自分らしい生きかたを目指せたら、それは素敵なことだと思いませんか?



浸透しつつある「卒婚」という夫婦の形。離婚とは違って気軽に、独身のような生活を試せるのも魅力のひとつですね。
ただし卒婚することで、生活費やこれまでとは異なる生活パターンなど新たな問題が浮上することもあります。

夫婦関係を終わらせずに自分らしく生きることができるように、
今一度「夫婦のあり方」を再確認してみてもいいかもしれません。不満を解消して、お互いに納得のいく生活ができますように。


以上です。




 かみさんが「男性から『卒婚』なんて言わないわよね、男性はやって欲しいばかりだから」。
私も自分から「卒婚」しようなんて、言いません。(苦笑)

 ネットの記事からも
「卒婚を提案するのは妻からが多いそうで」と、書かれていました。(苦笑)

 モノマネの清水アキラさんが「卒婚」と言い出しましたが、ご自分の洗濯物を毎週自宅に持ち帰り、
奥様に洗濯をしていただいていました。
私はそのTVの映像を見て「何が卒婚だ!」と思っていましたが、
清水さんは結局は「卒婚」を断念されたようです。(笑)

 自分だけが都合の良い「卒婚」は、「卒婚」ではないですよね。
お互いの自由のために「卒婚」するのだから。(笑)









Mariya Takeuchi - Plastic Love / 竹内 まりや - プラスティック・ラブ
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飲める方にとって、忘年会は楽しみの一つでしょうね。(笑)

2018-11-29 04:31:11 | 日記
中日新聞の「くらしの作文」に「自慢の忘年会」ということで、71歳の男性が投稿されていました。


 連続53回目を迎える忘年会が近づいてきました。

 思えば工業高校電気科を卒業した昭和41年に、有志が友人宅に集まって始まり、以来連綿と続いています。

 当初をのぞき、会場も日時も同じ。
多少のメンバーが入れ替わりつつ、毎年25人前後が出席。
われながらよく続いていると感心しきりで、大いに自慢でもあります。

 若いころは「課長の給料の半分は俺が稼いでいる」と騒いでいた連中が、いつしか
「今どきの若い者は」と慨嘆し、気がつけば、細かい字が見えないだの、
あちこちが痛いだのとのたまう始末。

 挙げ句の果てに「われわれが死に絶えるのが先か、店が潰れるのが先か」と
冗談を飛ばすやからもおりました。
幸いお店は安泰ですが、困ったことに近ごろ、冗談が冗談でなくなりつつあります。

 ここ数年、永久欠席となる者がちらほら。
集まれば一瞬で青春真っただ中のわれわれも、実態は71歳の高齢者。
やむを得ないとはいえ、本当に寂しい限りです。

 永久幹事のはずだったI君も、数年前に亡くなってしまいました。
今は彼に指名されたK君が大役を担ってくれております。

 昭和、平成、新元号と、この忘年会はまだまだ続けていきます。


 以上です。


 この投稿者さんのお仲間は高校卒業以来毎年忘年会をされているんですね。
大半の方が地元で働かれたのかな?
おそらく工業高校の電気科ならば、男性ばっかりではないと思うのですが。
52年もよく続いていると感心してしまいます。
幹事さんも大変でしょうね。
53年目も盛況で終わると良いですね。

 私はお酒が飲めないので、会社を退職してから忘年会なるものに参加したことはないです。
飲める方にとって、忘年会は楽しみの一つでしょうね。(笑)

 今年の春 元の会社の先輩からの「飲みに行こう!」と誘われましたが、
その頃は体調が思わしくなく断ったままの状態です。
来年は実行したいですね。(笑)







恋  松山千春  1979
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年賀状が来ないお正月はなんだか味気ないように 思います。

2018-11-28 03:46:20 | 日記
 中日新聞の読者投稿欄に「年賀状いつまでも書く」というタイトルで47歳の女性が投稿されていました。



 最近は年賀状を出さない人が増えているという。
私の職場でも近年、儀礼的なあいさつは不要として「年賀状禁止令」が出されたが、
私はごく親しい同僚とだけ送り合っている。

 年賀状はご無沙汰してしまっている人に近況を知らせる一方、
身近な人には改まって感謝を伝える絶好の機会だと思う。
今年も早々に年賀はがきを購入し、来年のえとであるイノシシを描いたはんこも用意した。
一枚一枚、相手に合わせた一言を丁寧に添えている。

 今年初めにいただいた賀状の添え書きを読み返していたら、
「お元気ですか?昨年は家族皆、新生活で慌ただしい一年でした」
「機会を見てまた会えると良いですね」ー。
友人や知人の飾らない言葉に心が和み、それぞれの顔を思い浮かべた。

 年に一度のこんな賀状のやりとりは、私にとって旧友や知人との
貴重な近況報告の場になっているだけに、来年も再来年も
私は年賀状を書き続けようと思っている。


 以上です。


 私は結婚してから年賀状を欠かしたことがないです。

 たしか昭和天皇が亡くなった翌年の年賀状は出さなかったと思うのですが。
あの時は、日本中が自粛ムードだったように思います。

 世間では、終活年賀状が広がっているようです。
年賀状を出すのは億劫ですが、年賀状が来ないお正月はなんだか味気ないように
思います。

 12月に入ったら、そろそろ年賀状の準備をしようかと考えています。







岩崎宏美 思秋期 1991
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人生の終わりぐらいは大いに楽しいことをした方が良いように思います。

2018-11-27 05:10:16 | 日記
中日新聞の読者投稿欄に真逆な意見が載っていました。


 一つ目は「70歳まで定年延長賛成」というタイトルで、アルバイトの65歳の男性が投稿されていました。


 政府は未来投資会議で企業の定年を現行の65歳から70歳に引き上げる方針を示した。
9月に65歳となり民間企業を退職してアルバイトを始めた私はこの政府方針に賛成だ。

 定年退職する時、寂しさを覚える人は少なくないはずだ。
長年仕事で酷使した心身を退職後の一定期間休ませることは大切だと考えるが、
今の年金受給額からすると生活水準を落とさなければならないケースが大半だと思う。
何とか食いぶちを確保しようとしてきた高齢者は少なくなく、政府方針が実現すれば、
少なくともこんな高齢者は救われるのではないか。

 私は年金に頼らずに働ける間は働き、能力の限界を感じたら引退することを夢見ている。
長年一線で働いてきただけに、社会に貢献することのやりがいや、得た労働の対価で
自分が欲するものを手にできるというこの上ない喜びが体に染みついているからか。

 多くの高齢者が生き生きと暮らせるようになる社会の実現を祈るばかりだ。


 以上です。


 もう一つの真逆な意見は、無職の65歳の男性が「健康なうちに楽しもう」というタイトルで
投稿されていました。
 中日新聞が意図的に同じ日に載せたと思います。


 「人生百年時代」と言われるが、本当にそうだろうか。
平均寿命は男性が81歳、女性が87歳で、介護を受けたり寝たきりになったりせず
日常生活を送れる「健康寿命」は男女ともに70代前半だそうだ。
百歳まで生きられる人は限られている。

 政府は企業の定年を70歳に引き上げる方針を示したというが、
私には年金支給年齢を引き上げることが主目的に思えてならない。
高齢者が「老後のため」と70歳まで働いて貯蓄し、気付いたら健康に過ごせる年齢を
過ぎて楽しいことを存分にできないまま人生を終えるとしたらあまりにも残念だ。

 私は元気なうちに存分に楽しみたい。
高齢者が健康な間に旅行や遊びで積極的に金を使えば経済はうまく循環するのではないか。

 「健康寿命八十年」と言い換えるようにして、経済的に余裕のある高齢者に
もっと消費を促した方がいいと私は思う。


 以上です。


 人にはそれぞれの自分の生き方があります。
私は後者の方の意見にどちらかというと賛成です。

 健康寿命が70代前半で70歳まで働いたら、楽しみを味わうことなく死んでしまう可能性があります。
自分がいつまで健康に過ごせるかなんてわかりません。

 私は70歳の秋に、急に心臓の具合が悪くなりました。
たった10メートルが、しんどくて歩けませんでした。
歳をとると急に体の具合が悪いところが表面化するようです。

 また高齢者が安い賃金でいつまでも働いたら、若者たちの給与がいつまでも上がりませんし、
また非正規社員のままの若者たちも増えるような気がします。
若者たちの正社員への道を閉ざしてはいけないように思います。

 70歳から年金を受給すると年金額は65歳の時に比べ42%も増えますが、
手取りで見るとそれほどでもないようで、65歳にもらった方に追いつくのは11年11ヶ月後の
82歳ぐらいのようです。(苦笑)
まぁ、それはそれとして、人生の終わりぐらいは大いに楽しいことをした方が良いように思います。







涙と雨にぬれて(唄)フランク永井 松尾和子
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昔の女性は、背が高い方がコンプレックスが大きかったように思います。

2018-11-26 03:34:13 | 日記
 中日新聞の投稿欄に「小柄で得すること多い」というタイトルで37歳の女性が投稿されていました。


 10月31日付本欄「低い背 いいことあるよ」という小学生の投稿をほほえましく読みました。
私も身長が148センチと小柄です。
投稿者のように私も組体操では上になれ、背の順で並ぶと一番前なので学校で演劇などを見る時は
得した気分になれました。

 4年前に双子が授かった時は、こんな小さな体で育つのかと不安になりましたが、
無事生まれてきてくれました。
今私は4人の娘の母親で、小学校3年生の長女は私の背に近づいてきて、
近いうちに追い越されそうです。
背が低いことに一長一短ありましたが、今はこの身長で良かったと思っています。

  以上です。

 私は、10月31日付本欄「低い背 いいことあるよ」という小学生の投稿を読んでいませんので、
どのようなことが書かれていたかは知りません。

 投稿者さんの背は148センチですか!
確かに小柄ですね。
うちの母親もそのぐらいの背でした。
私の妹は、その母親よりも小さかったです。
それでも子供が二人いて、子供達は二人とも妹よりも背が高いです。

 昔の女性は、背が高い方がコンプレックスが大きかったように思います。
背の小さい女性の方がかわいく見えて男性から好かれたのでは。
今のように180センチ以上もあるような背の高い男性は少なかったから、
釣り合いが取れるような男性が少なかったからだと思います。

 私は子供の頃中肉中背でクラスの真ん中ぐらいの背でした。
年子の弟がいますが、弟の方が背が高かったので、なんとか弟には負けないような背の高さに
なりたかったです。(苦笑)

 大人になってからも、弟の背の高さには負けています。
私は5頭身です。頭でっかちですね。(苦笑)
170センチを越すぐらいの背の割には小さく見えます。
それですので、なおさら弟より低く見えます。
実際は1センチぐらい弟より低いだけですが、見かけで損しています。

 








最後だとわかっていたなら / クミコ
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