イレグイ号クロニクル Ⅱ

魚釣りの記録と読書の記録を綴ります。

「Y字橋」読了

2022年07月06日 | 2022読書
佐藤洋二郎 「Y字橋」読了

図書館の新着図書の中に3冊ほど小説が並んでいて、その中でタイトルが気になった1冊を借りたものだ。著者がどういった作家なのかという予備知識もないまま読み始めた。

書名と同じタイトルの短編を含め、6編の短編を集めた短編集であった。
6作品に共通するのは、人生の玄冬の次期を迎えた主人公が、若い頃に出会った女性に偶然や相手からのきっかけによってふたたび出会うことで自分の人生を振り返るというものだ。
その女性たちはかつての恋人ではない。ただの幼なじみであったり、友人の恋人であったりという程度のひとだ。しかし、なぜか心の奥に澱のように居残り何かのきっかけでその人が浮かび上がってくるような人でもあった。
その人の言葉を一生の励みとしてここまでやってきた主人公もいる。友達以上恋人未満などという言葉はすでに死語となっているのだろうが、まさにそういう人だからこそ強烈な記憶ではないけれども老いを迎えてからの思い出に浮かび上がった時に自分の人生を顧みる軸になったりするのであろうか。
作家に対してうまいプロットを考えたものだというのは失礼極まりないが、これらの短編は作家の経験がふんだんに取り入れられた私小説であるということがわかってくる。
作家を目指すため仕事を捨て、売血をしながら糊口をしのぐシーンや、眠るためだけに一夜を共にした部屋でガス自殺に巻き込まれそうになるというエピソードは数回登場する。
ウイキペディアで調べてみたら、会計士になるために簿記学校に通っていたこと、大学の講師のアルバイトで生計をつないでいたことは事実だったそうだ。舞台となる土地も作家に関係する場所が取り上げられている。

そんなことを読みながら、はて、自分にはそんなひとはいただろうかと振り返ってみるのだが、どうも思い浮かばない。なんとも薄っぺらい人生を生きてきたものだ。そういえば一度だけ、その人は女の子を生んで京都の百貨店で働いていると人づてに聞いたことがあったが、その人からも一生の励みとなる言葉をもらった記憶はなかった。

主人公はおそらく70代前半。体もあちこち悪くなり体力も衰え、様々な悩みを抱えながらも今でも家族を守って立派に生きている。夫人に、「幸せか?」と聞くような場面が出てくるが、僕は恐ろしくてそんなことを聞くことができない。
著者はあとがきで、『人生は孤独を癒すためにあるのではないかと思う時がある。孤独とは淋しいということだが、家族や親しい友人がいても、突然、心に孤独のさざ波が走る。それはわたしたちが複雑な喜怒哀楽の感情を持ち、そのことに翻弄されて生きているからだが、その感情は命があるかぎり消え去ることはない。泣いたり、笑ったり、怒ったり、悲しんだり、荒波に浮き沈みするようにして日々を生きるが、幸福と感じることは少ない。』と書いている。僕は幸せかどうかを聞くどころか、ふと、この人は他人なのにどうしてここにいるのだろうと思うことがある。本当にこの人を心から信頼しているのだろうか。身内?家族?というのはいったいどんな存在なのかときおりわからなくなる。これが孤独のさざ波というのなら確かにさざ波だ。もっとも、相手は相手で、何でこいつの生活費で暮らさなきゃならないんだ。それもたったこれだけで・・。こんなはずではなかっと常に思っているのでないだろうかとも思う。そうなれば子供に期待するしかないというのももっともだ。
『たとえそう感じたとしても、一過性のもので、そこから人生が反転することもある。その苦労や懊悩を生きる手ごたえと思い、人生を全うするしかないはずだ。』と続くのだが、そうまでして全うしなければならないほど貴重な人生でもないのだが・・。と思うしかない。

適当に選んだ本にしてはかなり重い感想を得てしまったのである。

そのほか、時々、これはと思う一言半句が出てくる。少し書き留めておく。
『いい人生はいい人間に出会うことではないか。その人物の言葉を受け入れて、私たちは生きていく。言葉が人生の道をつくるのかもしれない。嫌だと思う人間の言葉は弾くが、好感を抱いた人の言葉は心に響く。あの人の言葉が道をつくってくれたのだ。』
『いい?美しいものを見るには、どうしたら一番いいか、わかる?・・・じゃ、嫌なものを見るには? ・・・ 目を閉じると美しいものや、きれいなものを思い浮かべることができるでしょ?反対に目をしっかりと開けて見ると、みにくいことや嫌なことを見てしまうわ。』
『妻がヘッドライトを上げると、二つの光の帯が遠くまで届き、広々とした田圃を映し出した。人生もこの光を頼りに生きていく。運転する右の光が妻の光。助手席のわたしは左の光だ。本当はこの光と同じように交わることがないのに、交わった振りをしていきているのではないか。・・・』
『彼の心の底に、どんな過去が沈殿しているかわからなかったが、日々の生活に追われていたあの頃が、妙に懐かしい。心がいつもひりひりしているような焦燥感があったが、そんな感覚こそが生きる希望になっていたのではないか。』

あと10年で僕の人生は反転してくれるのだろうか・・。
コメント
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