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さて、石垣の展示場の左のほうに坂がありました。大学があった頃は、「みやもり坂」と呼んでいたように思います。授業に遅れそうになった学生がこの坂を一気に駆け上がろうとしますが、なかなか上がりきれず、「心臓破りのみやもり坂」と呼ぶ学生もいました。
三十間長屋
この坂を上ると、法文学部があったのですが、そこに三十間長屋がありました。といっても、大学があったときから建っていたそうなので、私が知らないだけでした。
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三十間長屋
三十間長屋には、おじさんが座っていて説明をしていただけました。「石落とし」を詳しく教えてくれました。
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外から見ると・・・
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まるで出窓です。今ならお花でも飾っておきたいようなかんじです。しかし、当時は石垣をよじ登ってくる兵士に石を落として進入を防ぐ大切な設備だったのですね。
強固な梁
さて、三十間長屋はその内部がすばらしいです。天井の梁が1本出なく、2本組み合わされて(つなぎ合わされて)いるのです。普通につなげば、すぐに外れたりしてしまうのでしょうが、ここの建造物は冬の雪にも耐えながら、建ち続けていました。
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ここから外国船が見えた
なお、この三十間長屋は、幕末の頃、日本海を通る外国船を見張る役割もあったそうです。ただし、汽船なので、その煙を発見する役目だそうです。それにしても、ここから日本海が見えるなんてすごいですね。