馴染みの床屋へ行くために歩いていたら、7メートル程先の家から出て来た男が手招きをする。黒のダウンジャケットを着た大柄な若い男だ。黒の自転車にノボリを立て、大きな箱を荷台に乗せている。初めて見る顔なので、「エッ、私に用事なの?」と自分を指さすと大きくうなずく。
近づくと、荷台の箱にはソフトクリームの写真が張り付けてある。「こういうスイーツを販売しているのですが、ちょっと見て行きませんか?」と言う。床屋へ行く途中だからと断って、「寒いのに大変だね。自転車で回っていて、売れるの?」と聞いてみた。「なんとか、食う分くらいは」と答える。「頑張ってね」と言って別れた。
こういう商売があることを、初めて知った。テレビでは「闇バイト事件」が、連日取り上げられている。黒づくめの男が、「ごめんください。スイーツはいかがですか」と言って、家の中を見回すなら、下見に来たのかと思われてしまう。こんな時期だから誰もが、懐疑な目で見てしまうだろう。
彼は真面目な、自転車のスイーツ売りなのかも知れないが、なぜか怪しい連中の仲間ではないかと思ってしまう。嫌な世の中になったものだ。人が人を信用しない。見たことの無い顔を見れば、絶対に怪しいと警戒してしまう。若い高校生が、転んで痛がっている年寄りを助けたという、善意の話は報道されない。
スシローで回転すしにツバをつけた高校生が自主退学したという。在学していた高校に電話が殺到し、学校は対応を警察に相談している。軽い気持ちの悪ふざけだろうが、何がいけないことなのか、判断できなかったのだろうか。SNSで流されるような情報に、どうして人はこんなに一喜一憂してしまうのだろう。
床屋からの帰りなら、スイーツを買ってもよかったが、申し訳なかった。「クソッ、じじい」と彼がやけにならないことを願う。若い人が考えた新しい仕事なら、少しは応援したい。おっとその前に、知り合いのトルコ人が義援金の募集を始めたので、そっちが先かと思った。じじいは気が多いのが欠点だ。