マンションの緑地帯で、水仙が咲いている。我が家の鉢植えの水仙は背丈が伸びなくて、まだ蕾も出来ていない。友だちが「家を建てるために整地する畑があるの。そこの水仙が可哀想だから貰って行ったら」と、言われて頂いてきたものだ。
あれから何年経っているのだろう。直径55センチ、深さ23センチの大きな鉢で育てているが、どうも密集度が高いのか根が混み合っている。生育が悪いのは肥料不足なのか、そう思って夏に肥料は与えたが、やはり株分けが必要のようだ。
マンションの緑地帯に花を植えている人たちがいる。私が自治会長の時、予算をつけて花作りを応援した。けれど、花の世話の好きな人は、整然と植える派とイングリッシュガーデンのような雑然と植える派に別れていて、なかなか折り合わないようだ。
私はそれぞれが、好きなように花の世話をしてくれればよいと思っている。それでも、見た目が一番肝心なので、春先から秋にいろんな花を咲かせて欲しいと願っている。我が家の水仙を株分けして、緑地帯のどこかに植えてやればいいのか、ちょっと手が出ない。
植物も動物も全てが子孫を残すために生きている。動物は弱肉強食が当たり前だが、弱いものはたくさん産むことで、子孫を絶やさないようにしている。自分で動けない植物は鳥に実を食べさせたりして、新天地を見つけるが、実をつけない植物はどのように子孫を守っているのだろう。
中国は人口減に転じた。ニュースで見ると、人々はファッションも豊かで、車や家を持ち、すっかり先進国入りしている。豊かになれば、旅行に出かけたり、贅沢品も買う。それでますます経済は成長するが、いつか今の日本のように成長が止まる時がくるはずだ。
我が家の鉢植えの水仙は、思い切った株分けが必要だが、そんなことの出来ない世界はどうすればよいのだろう。人類は幾多の苦難を自分自身で乗り越えてきたから、いつか必ず克服するだろうと思うけれど、それは私の勝手な思い込みなのかも知れない。