2月13日、松本市勤労会館2F第4会議室で第5回憲法ゼミが行われ、16人が出席しました。
■第3章 国民の権利と義務 第31条~40条
・レポーター、参加者の問題提起
改憲草案第31条「何人も、法律の定める適正な手続きによらなければ、その生命若しくは自由を奪われ、又はその他の刑罰を科せられない」・・「適正」が加筆されることの意味は?
改憲草案第34条「正当な理由がなく、若しくは理由を直ちに告げられることなく、又は直ちに弁護人に依頼する権利を与えられることなく、抑留され又は拘禁されない」・・抑留・拘禁の条件が緩和されている。」
改憲草案第36条「公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる」・・「絶対」をはずすことで必要であればいいということになる。
・成澤孝人先生のコメント
31条と18条は、人身の自由の総則的規定と言われている。31条は適正と書いてない。なぜかというと、この憲法のもとはアメリカ人の法律家が書いている。デュウプロセス(due process)条項と言われている。デュウプロセスとは「適正手続き」ということ。アメリカ憲法の人権条項に修正5条と修正14条に出てくる。20世紀初頭、アメリカの最高裁判所はデュウプロセス条項を使って財産権の保護をしていく。デュウプロセスによらなければ生命、自由、財産を奪われないという条項を使って、労働者の保護をする法律を違憲にしていく。30年後のニューディールで覆されるが、そういう歴史がある。憲法を起草したアメリカ人は、その歴史をわかっていた。だから、わざわざここにデュウプロセスと入れなかった。裁判官がデュウプロセスを使って財産権保護をし、労働者を保護する法律を違憲にするという懸念をもっていた。
その結果、大事なことがすっとんだ、日本の特殊な問題としての適正手続きというものは戦前の歴史からあったはずだから。これは大問題ですが、日本の憲法学の成果として、ここにはデュウという言葉が入っていると主張して裁判所も認めている。実際には「適正」と入っていると考えていい。「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない」と書いているが、このまま読めば「法律で定めれば生命、自由を奪ってもいい」と読めてしまう。しかし戦後の公法学ではここには適正という言葉が入っていると主張して、今はもうここに適正という言葉が入っていると考えられている。
とすると自民党の改正草案は、そこから考えると一歩も二歩も後退している。「法律の定める適正な手続き」になっている。憲法上の適正な手続きとは何かという問題はあり議論されている。法治国家というと法律によって運営される国家ということになるので、悪法も法なりという危険性がある。法の支配とは、法律の上にある法(rule of law)、国会がつくる上位に法があるという概念。憲法と言ってもいい。適正手続きの一番典型的なことは、告知聴聞といいますが、権力者が市民に不利益となる権力行使をするときには、「必ず告知をして弁解の機会を与える」ということが核心であり、行き着く先に公開裁判がある。裁判は最高の手続きであるが、そこへ行くまでの手続きが大事であって、警察が出てくるとき、検察が出てくるとき、必ず「こういう理由で」と出てくる。
そうすると34条は非常に問題だ。(改憲草案)「正当な理由がなく、若しくは理由を直ちに告げられることなく、又は直ちに弁護人に依頼する権利を与えられることなく、抑留され又は拘禁されない」だから、どれか一つやればいいという話。
31条から41条まで人身の自由について書いている。自民党でさえ、ここは基本的には変えられないと考えているが、根本的な31条と34条を変えてきている。36条「公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる」の「絶対」を外している。死刑が残虐な刑であることから死刑廃止論があるため、「絶対」を外してきているかもしれない。「絶対」という言葉を外すのは、「拷問するんじゃない」と思われる。拷問を受けたとき、「絶対にこれを禁ずる」が「これを禁ずる」と変わって、「絶対ではない」と変わってしまう。
31条から40条までは重厚な規定であるにもかかわらず、日本の司法はずっと問題を抱えている。その中でも冤罪を生むのが代用監獄です。自白が強要される。可視化はされたけれど、司法取引が導入された。これは共謀罪に関係してくるが、誰かがうその自白をして人を陥れることが可能なってくる。
(沖縄新基地建設反対のリーダー不当逮捕された)山城さんは、何とかしないといけない。おかしな逮捕だということを言っていかなればならない。私は2004年立川テント村事件で関わりましたが、捕まっている人を助ける運動は非常に苦しい。国民の支持が必要。立川テント村事件では朝日新聞が書いてくれ話題になったが、それでも75日間拘束された。大阪駅事件、大阪駅前でがれき受け入れ反対のビラを配っていた。ビラを配り終わった後、市役所へ行くためコンコースを通行した。その時駅員が止めようとして押し問答になり、その時は通ってしまうが、後日令状逮捕となる。しかも実際はビラを配っていなかった阪内大の先生も礼状逮捕された。自宅も研究室も家宅捜査された。結果として無罪となった。大阪駅事件ではビデオが残っていて、これは冤罪だと分かった。逮捕されている人を助けることは相当苦しい。市民の声が必要。あわせて、がれき反対運動救援運動になってしまう。運動つぶしになる。共謀罪ができれば、必ずそうなる。
マイルドな変化に見えるけれど31条と34条と36条の変更は大きな変更である。
■第4章 国会 第41条~51条
・レポーター、参加者の問題提起
第44条に障害の有無を入れている。改憲草案第47条「選挙区、投票の方法その他両議院の選挙に関する事項は、法律で定める。この場合においては、各選挙区は、人口を基本とし、行政区画、地勢等を総合的に勘案して定めなければならない。」は、こんなきれいごとでは決められない。
小選挙区制は違憲ではないのか。投票率が低すぎて当選しても無効ではないか。
・成澤孝人先生のコメント
一票の格差問題は第14条を根拠にしている。最高裁が珍しく違憲判断をした。政治に対してものを申してきた領域。小選挙区制ができたことによって一票の格差を人口差で分けることが本当に日本社会にとっていいことかという問題はある。つまり都市部の意見ばかりが通ることになる。中選挙区制では野党も議席をとれたので全体としてバランスがとれていた。都市部の意見が日本国全体の運命を決めてしまうという問題がいま出てきている。改正案は最高裁が言っていることをそのまま書いただけ。学説は1対1。憲法学もこの領域をちゃんと考えてこなかった。日本のように都市部と田舎の人口が偏在している状況で本当に1票の価値を実現したら、田舎の声は国会で無視される危険性がある。自民党は都市部で勝てるという自信がある。
43条の「全国民を代表する」という部分とぶつかる。1対2までは合憲。どう見るのか。小選挙区制は首相の強い権力と結びついている。しかし小選挙区制は違憲ではないと言われていきた。
「全国民を代表する」は、歴史的には選挙区で選ばれても選挙区の代表者ではなく全国民の代表であるという意味がある。間接民主制を規定する表現。したがって小選挙区制は直接民主主義的であるから43条とぶつかるという言い方は出来る。
(文責:中川博司)