夜のモン・サン・ミッシェルにとても感動

2018年05月25日 | 
 旅行から帰って早や1ケ月も経ちました。
 
 もうみんな忘れてしまっているかもしれませんが、メインのモン・サン・ミッシェル位は記録に残しておこうと思います。

 たびたび映像や写真で見ていました。小説の舞台にもなっていてそれで私は出会っていたのかもしれません。

 この度に決めたのも、これがコースに入っていたからです。

 ツアーでの旅は避けていたのですが、モン・サン・ミッシェルに自分で行くのは面倒ですから、ひょいっと乗っかることにしました。

 パリからの道中の芽吹きに感動しっぱなしで、4時間近く走って着きました。

 途中のドライブインで、やっと薄物のシャツを買うことができました。レジでタグを外してくれるだけで包装も袋も何もありません。

 日本人の感覚からすると、びっくりしますが、これ位にしなければ、地球はダメになっていってしまうでしょうね。

 平らな土地の先にモン・サン・ミッシェルが見えました。

 いったんホテルに入ります。

 この村には、住む人と泊まる人しか入れません。建物は2階建てで高さ制限があるようです。

 静かで素朴という言葉がぴったりです。

 シャトルバスが20分に1本程度走っていてモン・サン・ミッシェルに連れて行ってくれます。えーもちろん電気で走るバスです、それも大人数を1度に運べるものでした。

 添乗員さんからばっちりと聞いたのは名物料理の「オムレツ」でした。とっても有名ですが、名物にうまいものなしともいいますが、このオムレツが喜ばれた時代があったのですね。ホテルの夕食の前菜にも出ると聞いて、それではと名物料理を選択しませんでした。これってかなりいい選択だったかもしれません。

 まず昼食ですが、フリーです。決められた時間内に食べて集合です。よさそうと思ったお店は混雑しています。

 たどり着いたのはまたもや「ムール貝」です・・・・好きなんですね。

 そしていよいよ見学です。湾に浮かぶ小さな島に建てられた修道院です。満潮になれば孤立する島でしたから、いろんな時代にはそれぞれの要望に応じた使われ方をしてきた数奇な運命の建物です。

 小さな島で敷地が少ないので、上へ上へと積み増しています。

 建てられ始めたのが10世紀ですから、古さの次元が違います・・・・石の文化ですね。

 美しい礼拝堂・食堂の窓の採り方・貴賓室・3階の回廊の二重の円柱の並びの美しさと、それにほどこされている花の彫刻、そして中庭が特に印象に残ったのでした。

 今も修道士がここで暮らしています。

 そしてさらにこの島に暮らす人々がいるのです。ここはかなり人気だということです。

 いったんホテルに帰りました。。

 ホテルの近くの近くのおみやげやさん兼マーケットみたいなお店に向かいます。

 どこのお店の前にも、牛のオブジェがあります。これはなかなかユニークですが、でもなぜ牛なんでしょうね。

 お店のレジの方が日本人の女性でした。「皆様のおかげでやっていられます」と謙虚な言葉を口にされました。

 そしてそのお店の別棟で、日本語のパンフレットを見ました。モン・サン・ミッシェルで結婚式をするツアーです。

 エー、もしかして・・・・我が佐久市のレストラン「ブランカン」さんが、このモン・サン・ミッシェルの教会と同じ結婚式ができるというようなことが、レストランの玄関に書いてあるのを見ていたのでした。

 あーここなのね。さっきのレジの女性に聞いたら、こちらでそれをやっている日本人の男性を呼んでくれました。

 その方は九周のご出身なのですが、ブランカンさんには3回も見えてくださっているのだとか、ブランカンさんもスタッフと共に、このお店を訪問なさっているとお聞きしました。

 そうですよね、提携先ですものね。ブランカンサンは結婚式場もやっていらっしゃいます。

 急にあっちとこっちが私の中で繋ながったのでした。


 旅行中で一番おいしくなかったのは、このホテルの食事でした。

 前菜がオムレツで主菜はチキンソテーでした。この名物のオムレツは泡立てて泡立ててというものなのですが、卵の生くささが鼻につきました。

 チキンが苦手という方の前には、鮭のソテーが出ました。う~ん私もそうして欲しかったなあー。

 料理の内容はツアーの料金が反映されているから、どうこう言えません。

 でも出てきたグラスの肌が傷だらけです。大事に扱っていないか、グラスが安物なのでしょう。ワインのお値段だけは今回の旅の中で一番高かったけど・・・おいしいというほどではありませんでした。

 今回の添乗員さんが、ラベルに表示されている生産地の見方を教えてくれました。フランスで醸造されているけれども、ぶどうの産地は別のところというのがあるのだそうです。

 ここのワインも純粋なメイドインフランスではなかったハズです。

 夕食の後一休みして、日没後の9時に集合です。9時でなければ暗くならないからです
 
 ライトアップされた姿を見るためにシャトルバスに乗ります。この時だけは持って行ったコートが役に立ちました。

 ライトアップは写真で見るほどにはされていません。写真を撮ろうとしても、入り口近くのライトが邪魔をします。

 心に焼き付ることにしました。そして城壁から潮が満ちていくのを見ていました。12キロにも遠浅になるという浅瀬に波がどんどんと押し寄せてきます。たちまち浅瀬にあるブイが浮いて海が島に迫ってきます。

 押し寄せる波の音が半端ではありません。

 多くの巡礼者がこの波に命を落としたといわれています。

 堤防伝いに島へ渡れるようになったのは1879年のこと。

 真っ暗な中、満潮になって島の周囲が全部海になるのをズッと見ていたいと思いました。

 城壁から見たこの光景がモン・サン・ミッシェルの一番の印象であり感動でした。

 そして翌朝懲りずにまた朝の霧に浮かぶ姿を見に行ったのでした。

 ここは雨の多いところで、私たちはとても運が良かったのだそうです。

 きっと私の行いが良かったからです!!
 
 それではまた、

 お読みいただいてありがとうございました。


 依田美恵子
       軽井沢・佐久で建てる外断熱・省エネ住宅 中島木材の家


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コメント
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