院長のへんちき論(豊橋の心療内科より)

毎日、話題が跳びます。テーマは哲学から女性アイドルまで拡散します。たまにはキツいことを言うかもしれません。

このたびの地震に寄せて(6)

2011-03-15 13:59:50 | Weblog
 ただいま昼休み中。東京中野区在住の妹の情報によれば、中野区ではスーパーマーケットに長蛇の列ができているという。食品の買いだめで、すぐに品物は底をつくだろう。

 こうしている間にも、放射能に関する情勢は刻々と変化しており、東京はすでにパニックといってよいだろう。

 そこで思い出すのが、石油危機の際のトイレットペーパー不足事件。あのとき、トイレットペーパーは十分にあったのだが、多くの人々が余分に買ったため、市場からトイレットペーパーが消えた。

 当時は生産工場が出し惜しみしている等の風評が飛び、デモ隊が「トイレットペーパーを出せ」と工場に押しかけた。

 みんなが少しづつ余計に買っただけで、店頭からその商品はなくなる。トイレットペーパー騒動が収まってから、各家庭はトイレットペーパーの保管に困った。

 今回の乾電池も同じことだろう。騒動が収まれば、今度は余るに違いない。

 ここ愛知県豊橋市では、携帯ラジオは売り切れたけれども、ペットボトル入りの水は売れ切れていない。

 ここ数日は、東京の外から見た今回の騒動の様子をお伝えする。

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このたびの地震に寄せて(5)

2011-03-15 07:27:19 | Weblog
 東京からカップ麺やレトルト食品が姿を消したとはすでに報道されている。

 携帯ラジオ、懐中電灯、乾電池も姿を消した。ソニーやパナソニックなど大手メーカーは、大量の携帯ラジオを被災地に送る予定だから、東京では携帯ラジオはしばらく手に入らないだろう。

 実は当地、愛知県豊橋市でも、家電量販店に携帯ラジオは、もうない。

 東京在住の妹の話では、なぜか東京ではパンがないという。また、ペットボトルの水は姿を消したけれども、お茶はあるそうだ。妹の話では、東京は平静を装っているけれども、パニックが静かに進行していることが感じとれるという。

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このたびの地震に寄せて(4)

2011-03-15 00:21:53 | Weblog
 我が国では津波の被害ばかりが報道されている。福島原発の事故はその合間々々に報道されているような印象を受ける。

 しかし米国では、いまや庶民の関心は原発事故のほうに比重が大きい。スリーマイル島の経験があるからだろう。でも、スリーマイル島の事故では放射能漏れは少なかったはずである。

 なぜ米国の庶民は放射能をそんなに気にするのだろうか?いまひとつ理解できない。

 福島原発が爆発したとしても、死の灰は米国本土へは到達しない。それを、あたかもそうなるように米国のマスコミが煽っているのではなかろうか?

 米国は昔、太平洋のマーシャル諸島やクリスマス島で、いやというほど原爆や水爆などの核実験をやっていたではないか。死の灰が米国本土まで到達したという話を私は知らない。それはむしろ当然である。死の灰が米国本土までとどかない場所を選んで実験していたからである。

 同じころ、旧ソ連も北極海のノバヤゼムリャで水爆実験をしていた。シベリアに死の灰が降ったという話も聞かない。

 我が国の福島県から発生した死の灰が米国本土までとどくことは、むろんない。米国のTVキャスターは、日本の駐米大使を呼んで「なぜ福島原発事故で、米国の援助を受けないのか?」と追及した。キャスターの声は庶民の声である。だから、私は米国庶民は放射能を気にしていると察した。

 そのような感覚に私はある感慨を覚える。ほとんどの米国人にとって、クリスマス島はもう忘れられた過去の島なのだなぁ、と。そして日本人にとっても・・・。私も歳をとったと実感させられる。

 福島原発が壊滅的に壊れた場合、放射能は我が国のどこらへんまで達するのだろうか?

 広島の原爆投下の場合、放射能被害が及んだのは広島市内または県内を出なかったのではないか?少なくとも隣県の山口県や岡山県で広島原爆の放射能被害があったとは寡聞にして聞かない。

 第五福竜丸は核実験の爆心地から何キロあたりにいたのだろうか?その数字がわかれば、このたびの福島原発事故で避難する距離をドンブリ勘定ではなく、もっと科学的に決められるはずである。