流行語が日本語として定着することは極めて珍しい。その珍しい流行語は「バッチリ」と「行ってみよう」である。いずれもクレージーキャッツが使い始めた流行語だった。
現在では「バッチリ」は落ち度がないという意味に使われる。落ち度がないことを一言で表す日本語はなかった。それを「バッチリ」は一言で言えるようにした。「バッチリ」が生き残った理由はそこにあるのだろう。
「行ってみよう」は「(試しに)行ってみよう」というニュアンスがある。時にこれは婉曲を表す。「行こう」と言わずに「行ってみよう」と言うと、少し遠慮した感じがあって、そこが日本人に受け容れられたのだろう。
谷啓さんの「ガチョーン」は今頃やると、相当古い人に見なされてしまうだろう。植木等さんの「お呼びでない」も同じである。
クレージーキャッツの流行語で残ったのは、「バッチリ」と「行ってみよう」だけしか私には思い浮かばないが、まだあったら教えてほしい。
現在では「バッチリ」は落ち度がないという意味に使われる。落ち度がないことを一言で表す日本語はなかった。それを「バッチリ」は一言で言えるようにした。「バッチリ」が生き残った理由はそこにあるのだろう。
「行ってみよう」は「(試しに)行ってみよう」というニュアンスがある。時にこれは婉曲を表す。「行こう」と言わずに「行ってみよう」と言うと、少し遠慮した感じがあって、そこが日本人に受け容れられたのだろう。
谷啓さんの「ガチョーン」は今頃やると、相当古い人に見なされてしまうだろう。植木等さんの「お呼びでない」も同じである。
クレージーキャッツの流行語で残ったのは、「バッチリ」と「行ってみよう」だけしか私には思い浮かばないが、まだあったら教えてほしい。