(新潮社刊。)
上の本は評判がよいらしく、すでに多くの書評が出ているから、私が印象に残ったところだけを述べよう。
犬公方、徳川綱吉の「生類憐れみの令」は、動物だけではなく赤ん坊や老人、病人も対象だったとは初めて知った。当時は捨て子や病人を捨てるのが日常茶飯事だったようだ。
捨て子は犬に食われることがあった。少し成長した幼児の捨て子は犬と戦って、翌朝、幼児も犬も死んでいたという凄惨なことがあったらしい。
江戸時代は儒教の影響が強く、子どもは親の持ち物で、煮て食おうが焼いて食おうが、すべて親の自由だったらしい。だから、親から虐待されたと訴え出ると、逆に罰せられたそうだ。
実際、わが国ではつい最近まで、親が子どもを殺す罪よりも子どもが親を殺す罪のほうを重くした「尊属殺人」という考え方が残っていた。「尊属殺人」が法の下の平等に反するとして違憲判決が出たのが1973年だった。
そのとき私は大学生だったが、「尊属殺人」の廃止にいくぶん抵抗感を感じたのを覚えている。
上の本は評判がよいらしく、すでに多くの書評が出ているから、私が印象に残ったところだけを述べよう。
犬公方、徳川綱吉の「生類憐れみの令」は、動物だけではなく赤ん坊や老人、病人も対象だったとは初めて知った。当時は捨て子や病人を捨てるのが日常茶飯事だったようだ。
捨て子は犬に食われることがあった。少し成長した幼児の捨て子は犬と戦って、翌朝、幼児も犬も死んでいたという凄惨なことがあったらしい。
江戸時代は儒教の影響が強く、子どもは親の持ち物で、煮て食おうが焼いて食おうが、すべて親の自由だったらしい。だから、親から虐待されたと訴え出ると、逆に罰せられたそうだ。
実際、わが国ではつい最近まで、親が子どもを殺す罪よりも子どもが親を殺す罪のほうを重くした「尊属殺人」という考え方が残っていた。「尊属殺人」が法の下の平等に反するとして違憲判決が出たのが1973年だった。
そのとき私は大学生だったが、「尊属殺人」の廃止にいくぶん抵抗感を感じたのを覚えている。