
この本は30年にわたるロングセラーである。初め「こころの科学」という雑誌に載ったものが単行本化されたもので、これまでに7万部売れた。この手の本で7万部は驚異的である。その新装版がこのほど、中井が文化功労者に推挙されたのを機に、出版された。
一般向けに書かれた内容であるのもかかわらず、多くの精神科医や臨床心理士に読まれ強い影響を与えた。著者の中井久夫は「治療第一主義」で、それまでの精神医学が「成因論第一主義」だった流れをくつがえした。
中井はこの本が書かれたときはまだ無名だったが、現在では「精神医療の巨人」、「精神医療の神様」と言われている。若年のころ中井の身近に仕えていた私から見ても、こうしたあだ名は過大とは思われない。
無名に近かった中井を自分の雑誌に抜擢した編集者、清水長明は現在死んでいるのか生きているのかさえ分かっていない、日本評論社の幻の編集者である。
本書には当たり前のことが書いてあると感じる読者もいるだろうが、この本が出た30年前は画期的な内容だったのだ。この本によって当たり前になったのである。本書を「精神医療の作法書」と呼ぶ人もいる。
中井は言行一致の人である。自分でできないことは書かない。中井の膨大な著作の中に、中井自身ができないことは、いっさい書かれていない。それだけに、本書の説得力は強烈なのだ。