いのしし くん。

政治、経済から音楽全般の評論
ultimate one in the cos-mos

移植の国民共有化。national common style of transplantation

2010-08-23 19:47:18 | 日記
 (1)7月に改正された臓器移植法で、悩死判定の患者の臓器が本人または家族の同意どち
らかがあれば移植(transplantation)可能になった。すでに社会問題化した生命維持の需要
と供給の関係、でも当事者だけの問題とはいかない。

 本人の意思は文書による意思表示で確認するため、今後運転免許証の裏面に意思を記載す
る方法が一例としてとられる。現在は、個人情報保護の観点から、意思とその確認方法につ
いては開示されずに、悩死判定も含めて同システムの透明性、開示性が問題となっている。

 生命の存続、維持、救命措置にかかわる重要事項なだけに、悩死判定、移植プロセスの透
明性、開示性の高さは、国民合意による円滑な同システム運用には必要要件となる。
 透明性、開示性の作業が、周到に準備されずに、生命への尊厳を個人情報保護の聖域
(sanctuary)の中に安易に委ねる医療姿勢は、時代錯誤(anachronism)もはなはだしい。

 国民が合意に疑問を持てば、拙速な医療臨床実験とも捉えかねられずに、国民合意の形成
のための透明性、開示性は、背景として避けられない。

 (2)臓器移植法改正後1か月経過し、ここ2週間に立て続けに本人の意思の確認がとれない
中、家族の同意(一方的な願望)で悩死移植が行われるケースが3例出てきた。
 最終的には、悩死移植の可能性、条件を拡げた改正だけに、安易に拙速に運用されること
には、移植ネットワークのマッチング(matching)も含めて慎重には慎重な対応が求められる。
 
 悩死移植とはいえ、臓器の他目的な利用は、本来、生命の尊厳から本人の意思が尊重され
るのは言うまでもないからだ。生命維持、救命措置との時間との関係もあり、そのためにも透
明性、開示性は欠かせない要素(element)だ。

 (3)本人の意思の確認のないまま、家族の同意で悩死移植が行われる生命の尊厳からはイ
レギュラー(irregular)な対応は、改正施行1か月経過の「過渡期」には予測もできないそれ以
前からの患者、家族にとっては、起こりうることでもある。

 今後は、この改正法の趣旨を理解して、日頃から十分な意思疎通を重ねて、疑問の差し挟
む余地のない貢献と透明性、開示性への理解、積極意識を、各人が高めていくことだ。
 悩死移植を国民共有化(national common style)し、医学倫理のものだけにしておいては
いけないからだ。

 (4)悩死判定に加えて、本人以外の家族の同意という生命維持の需要と供給のインバラン
ス、ちょっと広義の条件緩和の中でスタートした改正臓器移植法。その趣旨を正当に広く国民
に表現する透明性、開示性のもとに、間違っても都合のいい解釈で結果だけを求めるようなこ
とがあってはならない。個人の生命の尊厳にかかわる。

 

 

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