いのしし くん。

政治、経済から音楽全般の評論
ultimate one in the cos-mos

「熱」い夏。8月6日、9日。 fervent summer

2010-08-04 20:00:39 | 日記
 日本の「熱」い夏(fervent summer)。8月6日(広島)、9日(長崎)がまたやってくる。
65回目の今年は、昨年の米大統領の「核のない世界」宣言で、世界からの被爆地広島、長
崎への関心度、取り組み方がちょっと違う。平和記念式典にはじめて米、英、仏から代表が
参列する。
 唯一の被爆国日本としては「世界平和」に向けて、「国」を挙げての平和宣言を世界に発
信すべきだ。

 戦争責任の重い「歴史」を引きずる日本政府に代わって、被爆地広島、長崎の平和記念式
典の開催にかける「想い」は格別のものがあるに違いないが、日本国民すべての「想い」は
同じだ。国、国民を挙げての、核のない平和世界、世界平和宣言の日としたい。

 この忌まわしい記憶の日が、国、国民全体にとって、「特別の日」でないのは、なぜか。
日本は、日米安保体制のフレームワーク(frame work)の中で、米国民の核に対する共通意
識の「核の抑止力」で守られている国なのだ。悲しいことに、パラドックス(paradox)としての
唯一の被爆国でもある。

 唯一の核兵器使用国の米国では、今でも核兵器投下による戦争終結を肯定的に捉えるひと
が60%を占め、否定的な20%を大きく上回っている。
 現実の問題として、地域限定の戦術核兵器さえも使用は限りなく不可能な「環境保護」、「核
のない世界」宣言の意識改革の時代を生きているのにだ。
 戦時における核兵器使用を正当化すると答えた米国民は25%で、欧州各国を8~10%上
回ってもいる。

 8月6日、9日は、もちろん「核のない世界」の実現だけではない、戦争のない世界平和の実
現を目指す、宣言する日だ。
 もっと、もっと「熱」い日本(fervent japan)であっていいはずだ。

 唯一の被爆国としての平和観、そこにこそ沖縄駐留米軍基地問題の解決への取り組み方、
進む道のコンセンサス(consensus)がある。

 「平和」とは、戦争のない自由な状態をいう。「核のない世界」を目指す核保有国は、通常
兵器の高機能化で軍備の質的転換を目指すだけだ。
 平和は、排他的なイデオロギー(ideologie)に都合よく翻弄(ほんろう)されてきた。しかし、
時代は少しづづでも確実にイデオロギーの共存に向けて、平和への歩みを進める。

 日本は、8月6日、9日を国を挙げての「熱」い世界平和(fervent world peace)へのムーブ
メント(movement)、発信起点とすべきだ。酷暑の夏に、日本中の「熱」さが応えているか。

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