いのしし くん。

政治、経済から音楽全般の評論
ultimate one in the cos-mos

言葉の意味は変わる。 language changes a sense

2017-09-23 19:51:35 | 日記
 (1)安倍首相の9月末の臨時国会冒頭での所信表明も質疑も行わないままの衆院解散が確実だといわれて、これは日本の議会制民主主義、国会運営の「滅亡の危機」だと思ったら、何とこれが本来は「存亡の機」だとわかってこれは日本語はむずかしいものだとあらためて思った。

 文化庁が実施した2016年度「国語に関する世論調査」で本来の意味と誤った「存亡の危機」を使う人が83%と圧倒的に多く、本来の「存亡の機」を使う人が6.6%と圧倒的に少なかった。

 (2)むしろ6.6%は相当専門的な人か特別な知識人の類であって、「存亡の危機」がごく社会一般化しているという現実を示すものだ。
 特別に本来的な熟語としてではなく、「存亡」が「危機」に面していると考えれば「存亡の危機」はよくわかる、伝わる言語表現であると、負け惜しみを言いたくもなる。

 そういう事例が「さわり」とか「ぞっとしない」とか本来の意味とは違う使い方の多いいくつもが列挙されていた。

 (3)どう歴史、文化、経緯、伝承の過程で今日的社会に本来的意味と違った受け取り方をされてきたのかわからないが、もちろん言語とは歴史、文化、社会の変遷の中で自由自在に変わってきたものだから、それが本来的なものから変化、形をかえて一般化するのは当然のことでもある。

 平家公家社会と徳川武家社会では容姿が違うように言葉づかいも当然違っていたし、日本近代化の明治、大正、昭和でもそして平成でも言葉づかいに変化はみられる。

 (4)問題の本質はその言葉づかいの変化ではなくて、本来の意味を取り違えているということだから、それはそれとして誤解しないように認識、自覚しなければならないのは日本人としていうまでもない。

 冒頭のように83%の人が使っている言葉の意味が実は間違っていたとなると、しかしそれを元に戻すことなど至難のことだ。
 極端な話をすれば100%が本来の意味と違った言葉づかいをしているとすれば、パラドックス(paradox)としてもはやそれは間違いといえるのか、言葉の意味が変わったということもできる。

 (5)昔はこういう意味で使っていたけれど今日的時代、社会ではこういう意味で使うということは、自然に起こり得ることだ。
 グローバル社会になって英語、外国語を理解し、使う必要性も増えて、英語を日本語に変換するときに「存亡の機」では意味が伝わらない、やはり「存亡の危機」でないと説明できないのはやむを得ないことだ。

 (6)文化庁の国語に関する世論調査がどういう意味、趣旨で実施されているものなのかわからないが、本来的意味の取り違いをセンセーショナルにとらえるのではなく、言語は時代、社会とともに変遷し、意味も変わるもの(language changes a sense)としてとらえるものではないのか。

 言葉は時代、時代、社会、社会での「いきもの」だ。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする