いのしし くん。

政治、経済から音楽全般の評論
ultimate one in the cos-mos

下関の芥川賞。(文学異端児) literary prize of maveric

2012-01-26 19:24:47 | 日記
 (1)インターネットも文字文化ではあるが、スピード感、大量情報処理性、加工性、簡単即応性、グローバル性などから会話感覚の日常性の高い文明文化で、世界社会資本の基盤アイテム(basic item)として大きく存在している。

 お陰でと言う訳だけでもないが、同じ文字文化の紙ベース(spec.)の書籍は出版も含めて衰退、退潮傾向にある。近年は電子書籍化で書籍もインターネット文字文化に組み込まれてきた。紙ベースの書籍にも書き込み、比較性、前後(ページ)往復の利便性、踏み台など機能優位の側面もあり、当分は電子、紙ベース両立、併行しての書籍文化の継続となるだろう。
 
 書籍文化の退潮には、書き手(作家)の異才の不在、不足がある。若い作家はそれなりに出て来てはいるが、育ちの良さからか社会問題に深く切り込んだ問題意識に欠けて、印象的には平易で軽さが否めない。

 (2)文学賞(literary prize)は数多くあるがまだ対象は紙ベースの出版書籍が基本で、その中では新人作家対象の芥川賞、年間優秀作品対象の直木賞がメディアも注目の突出したものだ。

 今年1月の芥川賞選考に当たって、選考委員の石原東京都知事(作家:選考決定後辞任)は「仕事だから読まされているけれど、ロクな作品がない。そろそろ自分の存在を脅かす作家が出て来ないものかと期待しているがダメだ。」の趣旨発言をして、異才作家の不足を嘆いてみせた。本人は、56年に「太陽の季節」で芥川賞を受賞して、その描いた主人公の生き方が当時「太陽族」として社会、若者文化に強い影響力を及ぼした。作品の評価そのものは賛否両論あった。

 (3)そういう経過を辿(たど)った今年1月の芥川賞受賞者のひとりが、下関在住の作家、田中慎弥さんだ。説明によると、40年近い人生の中で一度も定職、アルバイトにつかずに生まれ育った下関で毎日小説を書き綴る人生の作家だと言う。
 今時のパソコン、ケイタイは持たずに、広告紙、カレンダーの裏面にエンピツで書き原稿に清書するやり方だ。(報道)

 作家と言うのは取り組む性質上(文学観)総じて個性が強く、独自性(良くも悪くも)、独世界観の強い性格が特徴だ。
 今回受賞の田中さんは、久し振りに表れた文学異端児(maverick)と言う印象だ。全編下関弁で書かれた受賞作品の「共喰い」は、選考委員のひとりの書評では「下関弁を文学に昇華させた作品」(趣旨要約)と表現手法に高い評価も得ている。

 (4)その異端ぶりは受賞会見でも見られて、いきなり不機嫌な顔、態度で米国女優の言葉を引き合いに「自分が貰って当然」と言い放ち、選考委員の石原さんに対して「気の小さい都知事が倒れて東京に混乱が起きても悪いので、都知事閣下と都民のために賞を貰ってやる」(趣旨要約)発言で切って捨てて、そうそうに会見を打ち切ったようだ。

 異才、異端にしてはおもしろくもなんともない、売り言葉に買い言葉の発言で拍子抜けだが、こういう方に今の日本、政治、経済、社会、文学について話を聞いてみたいとの思いは強い。

 (5)同じ異才、異端でも三島由紀夫とは対極に位置する作家像だ。円高、デフレ、大震災の日本は、当然のように31年ぶりに貿易赤字(11年指数)に転落したが、こういう異才、異端児もしぶとく地方にいることが分かって、都市一極集中でない、都市だけに頼らない地方自治、地方「力」のエネルギーからの日本再生にも期待すべきだと実感した。

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言葉遊びの国会。 stand playing words of national diet

2012-01-25 19:39:51 | 日記
 (1)首相は、一議員時代には毎日早朝に地元の駅前に立ち通勤、通行人に辻演説を欠かさず実行してきたという紹介があった。党代表選の立候補演説でも、情に訴えるような巧みな演説が評判にもなった。

 政治家の巧みな演説が国民の団結、やる気を喚起、鼓舞する魔法の力となること(事例 チャーチル・ケネディ)もあるが、政治家の言葉の「軽さ」にうんざりさせられっぱなしの日本社会、国民にとっては、巧みな演説などより「有言実行」による政治責任を果たす政治家本来のプリンサパル(principle)な政治姿勢を見てみたい、いや本当にそういう決意こそが政治家に必要な時だ。

 (2)昨日召集された通常国会の冒頭の首相の所信表明演説では、与野党協議、話し合いの必要性、消費税増税を含む税制抜本改革実現の必要性、重要性を訴える「下り」で、自民党政権時代にともに「同じ」主張を国会所信表明演説で述べてきた2人の自民党元首相の言質(げんち)をとって、政策実現への協調、協議、協力を特に自民党を意識して野党に呼び掛けた。

 この「下り」は特に首相がこだわって文言に取り入れたと伝えられている。(報道)巧みな演説が身上の首相が自己満足に酔って「自己」を顧(かえり)みることもなく厚かましくも今は野党自民党の政権時代の政治姿勢、主張を逆手に取っての挑発的な政策実現に向けた決意表明のつもりだった。

 (3)その長期に及ぶ自民党政権はすでに国民の信任を失い、1000兆円を超える財政赤字の責任が当時の自民党政権、連立を組んだ公明党にあることも周知のことで、あらたにはじめての本格的政権交代として選んだのは民主党政権だった。

 国民がすでに「拒否」した自民党政権時代の元首相の言葉を捉えてもどれ程の意味があるのか、しかもその首相の民主党政権こそは3年前の政権交代で約束したマニフェストのほとんどを国民に十分な説明責任もなく見直し、後退、中止、廃止してきた張本人なのではないのか。

 首相本人は「してやったり」の自己満足なのかも知れないが、与野党どちらもどちらの現在の政治混迷をさらに増長させるだけの国会開幕だった。衆参ねじれの与野党対立構図にばかり腐心して「国民」への理解、協力、支持という最も強力なステイタス(status)を無視または向き合わない、目に入らないのが現在政治質論だ。

 (4)政治家の言葉だけではない政治責任、政治姿勢、政治手法の「軽さ」を感じとれる政治劣化の今国会の首相の所信表明演説だ。
 国民の意識は1000兆円を超える(本日統計で1085兆円)財政赤字の危機、財政・予算財源不足への消費税増税の必要性については70%近くが理解もしており、そのための政治環境整備のために国民にこそ十分な説明責任(accountability)を果たして、国民の「声」、「力」を背景とした政治課題への取り組みが大事な政治季節を迎えている。

 不毛の与野党対立構図に浸り、「言葉遊び(stand playing words)」をして自己満足をしている時ではない。

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不可思議な国会。 incomprehensible national diet

2012-01-24 20:22:55 | 日記
 (1)新聞紙上に首相は3月提出予定の消費税増税法案を争点に衆院解散も辞さないとか、自民、公明党は6月解散を目指すとか、各党地区割りの次期衆院選立候補予定者が載る中での波乱含みの通常国会が24日に召集された。

 直近の世論調査で与野党政党支持率の最高が10%台(10人に1人の支持)のきわめて低調の既成政党不信任の中での、しかも与党、野党内がともに「バラバラ」の意思不統一、不協和音の中での国会審議とあっては、新年幕開けの政治に最早期待を持てと言うのも酷な政治状況だ。

 メディアは消費税国会と称して、税と社会保障の一体改革による財源保障の消費税増税に特化しての与野党攻防論戦の中、政府のマニフェスト違反だと主張して従来から消費税増税主張の野党自民党までが協議を拒否、メディアはその前に政治は自ら「身を切る、削る」気概の必要性を説くが、国民の生活(デフレ、雇用不安、電力不安)、東日本大震災被災地での生活(復興、原発事故)、日本を取り巻く世界情勢(円高、石油禁輸)は「それどころではない」ことを考えているのか、不可思議だ。
 今年の通常国会は不可思議な国会(incomprehensible national diet)だ。

 (2)解散含みの与野党メンツ激突国会が予想されて、さっそく法案審議もままならない情勢分析で12年度予算、赤字国債発行関連の法案にも影響が及び、国民生活を圧迫しかねない先行き不透明なままの国会運営の様相だ。

 国会は国民を代表して与野党が多数党は多数党で、少数党は少数党なりの立場からチェック・アンド・バランス(check and balance)の法則をいかして均衡、均整のとれた、あるいはダメージを補完する政治課題への効果的な投資の政策実現をはかるものではあるが、現状のように与野党ともに党派保護主義の政党メンツ、唯我独尊の偏向思考の中では、国民の生活、財産、権利が脅かされるばかりだ。

 既得権・密室政治、出来もしない準備不足の革新的政策にだまされる国民も国民だが、事前に国民に見抜くことなど酷な話だ。やはり政治家自らの良識(good sense)、政治責任の問題だ。

 (3)まがりなりにも国民が選んだ政権だ。行き過ぎをチェックすべき国会「制度(衆参独自性)」が正当な抵抗手段に使われて国政を停滞させ機能不全にさせては、本末転倒のことだ。国民生活に直結する予算関連法案については、政府に優先的裁量、執行権を与えるルール、制度があってもいいのではないのか。

 必ずしも国会多数決ではなくても、与党全会一致の上、野党の一定数の賛成で成立するとかあるいは予算全権を政府の裁量として一定期間内国民の異議申し立て審議も認めるなど、毎回繰り返される不毛の予算が政争の「人質」とならない工夫も必要だ。
 国会が国民の意思無視の政党メンツ、政局イデオロギー偏向、政争のステージにならない工夫が良識国会のために必要だ。

 (4)1000兆円を超える財政赤字問題はもちろん今となっては重要政治課題だが、復興、原発、デフレ、雇用不安、沖縄基地と緊急政治課題は山積している。
 与野党内の「タガ」がそれぞれに「バラバラ」での国政運営では、内外情勢緊迫度合いに反比例しての政治の不安定要素だ。

 政党メンツ、政局イデオロギーを度外視しての国民のための建設的な国会審議、論争、運営に徹した「度量」を議員、国会は見せることはできるのか。
 今年の150日間の通常国会は、日本にとっても国民にとっても議員にとっても重大試練の国会だ。
 日本の国会は「ダイエット(national diet)」だ。

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世論調査の見方。 a point of view about a survey of public opinion

2012-01-23 19:27:42 | 日記
 (1)世論調査(a survey of public opinion)は浮き沈み、精度から回数頻度を疑問視する意見も聞くが、国民の心に潜む意識が必ずどこかに見てとれて、「いつ、いかなる」ものでも国民意識の現在値を示す統計学視点(a point of view of statistics)のものだ。

 政治に対して総じて厳しい目があるのは、政治がダメになっている証明であり、その政治は性懲(しょうこ)りもなく世論調査を「気まぐれ」なものとして心の底では信用もしていないし、場合によってはあからさまに「すぐ変わる」からと政治の自己責任無視で異議を唱えるものまでいる。そういう政治家群は、国民の気持ちから離れた野望と独断の自己満足型政治家像でしかない。

 (2)直近の世論調査では、国民の健全な問題意識と捉え方、良識(good sense)がはっきり反映されたものだった。
 1000兆円を超える累積財政赤字の中で、税と社会保障の一体改革実現のためには消費税引き上げもやむを得ないとする人が「70%」近くを占めている。しかし、14年4月に8%、15年10月に10%と消費税を段階的に引き上げることについては「60%」が反対している。

 少子高年令化社会を迎えて社会保障改革が政治課題であり、その財源としての消費税引き上げは最後の対応措置として理解は示しているが、震災復興、円高、デフレ不況下では引き上げには慎重であるべきで、さらに「その前」に政治、国が自ら身を削る姿勢(議員の定数削減35%、歳費削減32%、、公務員給与削減20%)が優先されると言う国民の意識を示したものだ。

 このため消費税引き上げ決定(法律化)前に解散総選挙(52%)し、今年中に総選挙(54%)を実施すべきだとともに過半数が国民の審判を求めている。

 (3)首相はひたすら「税と社会保障の一体改革」の財源として消費税引き上げのみに特化、固執しての政治運営だが、円高、雇用不安の経済危機対応が国民の求める緊急政治課題であり、首相の政治的視野が狭く政治課題のプライオウリティ(priority)を取り違えている。

 (4)その上で、消費税引き上げのための与野党事前協議に反対している自民、公明党に対してこれに「参加」すべきだと「80%」近くが回答した。
 1000兆円を超える累積赤字のこれまでの「政策不作為」の責任は、前政権の自民党、連立を組んだ公明党の政治的責任が大きくて、健全化財政財源としての消費税増税論議には与野党が立場を超えて責任化一体となって取り組むべきだとの国民の姿勢を示したものだ。

 野党から事前協議は密室談合政治につながると自らの政権時代の教訓から反対しているが、「やり方」次第であり「透明性の高い」事前協議、準備会議で一致点を模索する政治手法は国民共有の緊急政治課題対応として、未成熟で力量不足の政治下ではあってもいいことだ。

 国民が現在の「政治」に当然のように未成熟、力量不足を見てとっている証明だ。政権政党民主党の支持率が「17%」、野党第1党自民党が同「16%」、支持政党なしが同「48%」と既成政党の国民不信任だ。

 大阪維新の会、名古屋減税日本の地域政党が国政参加を表明している。

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世界をつなぐ正夢の雄姿。(3人) the dream came true

2012-01-22 19:29:33 | 日記
 (1)新年も3が日を過ぎると外の空気にも日常性が感じられて、またいつもの1年が続くことになる訳だが、まだあらたまった1月でもある。
 本日の新聞のスポーツ欄2面通しには、大きく3枚のスポーツプレーヤーの顔が映し出されている。

 (2)レンジャーズ本拠地ボールパーク球場のマウンド上でユニフォームに身を包んだダルビッシュ有投手の満面の笑顔。
 今年から大リーグ・レンジャーズ(rangers)の一員として6年契約総額85億円(報道)の破格の「期待」で迎えられてのまたひとり日本人メジャーリーガーの誕生だ。25才の若さと米国人大リーガーにそん色ない体躯にワールドベースボールクラシックでの国際ゲームの経験で活躍が大いに期待される。

 テキサス(暑い)、球場(固いマウンド)、調整(中4日登板)、言葉(英語)と環境の変化はあるが、必ずしも結果を出しているとは言えないが大リーグ現役としての日本人先輩投手たちの同じような経験則の「教訓」もある訳だから、ダルビッシュ投手が彼らに劣るという訳でもなく25才の世界挑戦への自分の可能性能力による意欲、モチーブパワー(motive power)、攻撃(ranger)力がはるかに環境の変化に勝るのではないのかと考える。
 そういう自らの「力」で未来を開いた自信の「笑顔」だ。

 (3)卓球全日本選手権でかって天才少女と言われた福原愛さんのラケットを持った左手で鼻頭を押さえ感激に浸る顔と強烈な右フォアハンドのスマッシュを打つ一点凝視の必死の顔。
 天才少女が13年かけて卓球女子シングルスで初優勝し日本チャンピオンになった。子どもの頃の映像からは相当の気の強さは感じられたがスタープレーヤーになってからはその愛らしい顔には表さずに、スポーツプレーヤーらしくないふくやかな顔とともに実績も含めて資質、潜在力に比較して物足りなさをいつも感じていた。

 昨日の決勝では、今まで受けるだけ合わせるだけのイメージのあったフォアハンドからの鋭い、力強いスマッシュが決まって、元来強力なバックハンドと均整のとれたマルチ・プレースタイル(multiple play style)での完勝だった。

 ロンドンオリンピックの年の始まりでの成長と意欲、モチーブパワーを実感させるものだ。中国プレーヤーの壁は厚いが、自らその中国国内リーグにひとり参戦する気概、研究心が根底の勇気、根性(guts)の持ち主で、もう少し顔、身体を絞り込んでのロンドンオリンピックでの活躍を期待しよう。

 (4)メルボルンで開催の4大大会のひとつのテニス全豪オープンでの両手バックハンドでボールを打ち返す錦織(にしこり)圭プレーヤーの歯をむき出しての必死の顔。
 日本男子テニスプレーヤーとして最高位の世界26位にランクされて、今大会では日本人プレーヤーとして初めて24位にシード(seed)されての大会だ。

 昨日の勝利で日本男子テニスプレーヤーとして初めて全豪オープン16強進出を決めた。「初めて」の記録がいつもつきまとう期待の実力テニスプレーヤーだ。
 体格のハンディを飛び上がっての強烈ショット〔エア・ケイ(圭)と呼ばれる〕など体全体を使った粘り強いプレースタイルが特色だ。

 95年松岡修造さん(ウィンブルドン8強)以来の4大大会日本人テニスプレーヤーの8強入りに期待がかかる。

 (5)新年あらたまった1月での米国(テキサス)、日本(東京)、オーストラリア(メルボルン)と、正に世界をつなぐグローバルな日本人スポーツプレーヤー3人の象徴的な正夢(verdical dream)の雄姿だった。

 

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