諸行無常なる日々。或いは鬼渡神と神々の源流。

呪われた家系を生きる私の人生観や日常。それに立ち向かう為の神道的な考え。そして因縁の鬼渡神、神々の源流について考えます。

スサノオ尊は天津神で稲荷神でもあるのでは?

2015年11月05日 12時19分19秒 | 神道

天津神と国津神。この定義って大切だと思うのですが、結構、曖昧だと思います。

先ずイザナギ尊とイザナミの尊。天津神とされています。そしてその子である天照大神。勿論、天津神ですね。だとしたらその兄弟である月読尊とスサノオの尊も天津神じゃないとおかしいのですが、スサノオ尊は一般的に国津神とされています。

三貴子の兄である大山祇神も天津神とする人もいるし、国津神と考える人もいる。それなのにその子の手名稚尊・足名稚尊は国津神確定だったりします。

そして大国主。誰が何と言っても国津神です。天孫族に国譲りしたのだから国津神に決まっています。でもスサノオ尊の血筋と言う事はイザナギ尊・イザナミ尊の家系と成ります。だったら天津神じゃんとなっちゃいます。何がなんだか判らなくなります。

そこで私は天津罪(稲作)と国津罪(近親婚)で考えるようにしてます。もう、それしかないと思んです。そうするとイザナギ尊・イザナミ尊は国津神ですね。ではスサノオ尊はどうなるでしょう。

スサノオ尊は大月姫を殺してます。そして殺された大月姫の遺体からは五穀豊穣の恵みが出て来た。その時、スサノオ尊は稲を掴んだ。

その後はご存知の通りです。高天原での狼藉で天照大神は天岩戸にお隠れになり、世の中、真っ暗闇じゃござんせんかとなり追放された。そして日ノ本に落とされてヤマタノオロチを退治し手名稚尊・足名稚尊の娘と結婚。出雲と言う国を造った。まっ、大まかはこんなとこです。

ここで問題です。スサノオ尊は奇稲田姫と結婚した訳です。何故、手名稚尊夫婦の娘の名前に「稲田」が付くのか。

手名稚夫婦は大山祇神の子。山神の子供です。奇稲田姫は山神の孫となります。間違いなく山神の血筋です。それなのに「稲田」が名前に付く。これはどう言う事か。

私、思うのですが、大月姫の体から出た稲を日ノ本に最初に植えたのはスサノオ尊ではないでしょうか。だから八稚女の一人だった妻の名前が奇稲田姫となった。そして足名稚尊はスサノオ尊から「稲田宮主須賀之八耳神」の名を与えられたと思うのです。

そう考えると山神が田植えの時期に田圃に降りて来て、収穫の時期に山に帰って行く理由になると思います。スサノオ尊により山神か田の神に任命された訳ですから。

つまり、稲を最初に日ノ本に持ってきたスサノオ尊は日本の稲田神の始祖となります。そして稲田は天津罪。田を造る為に山を破壊した罪です。つまりスサノオ尊は天津罪を犯している。だからスサノオ尊は天津神であると思うのですが、どんなもんでしょう。

もっとも死んで五穀豊穣の恵みをもたらしたのは大月姫です。稲荷神の始祖は大月姫。日ノ本に稲をもたらしたのはスサノオ尊。スサノオ尊は稲荷の神でもある。つまり天津神である。

昔のお偉い先生方はスサノオ尊を国津神としていますが、私はあえて天津神であると主張します。

そぉーっとですけど。

 

ではでは。

 

 

コメント (6)
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