諸行無常なる日々。或いは鬼渡神と神々の源流。

呪われた家系を生きる私の人生観や日常。それに立ち向かう為の神道的な考え。そして因縁の鬼渡神、神々の源流について考えます。

道祖神の罪。そしてタテカシマ様と鬼渡神。その3

2015年11月11日 10時12分51秒 | 神道

続きます。

どんと祭では円柱系と言うのでしょうか、藁でティピーと呼ばれるネイティブアメリカンのテントの様な形の櫓を造り、その中に門松、注連縄等々の正月飾りを入れて燃やすタイプのものがあります。

っと言う事は私が三和町の田圃で見た藁の家もどんと祭で燃やすのでしょうね。中に正月飾り等々を入れて。

そして藁製の性器の道祖神も燃やしてしまう。何故なのでしょう。藁で作った性器と言えども道祖神です。神様です。それを燃やして良いものなのでしょうか。

それよりも不思議なのは仲の良い男女が抱き合っている風の道祖神と、そのものズバリ、性器の道祖神の2つのタイプがあることです。何故なんでしょ。不思議です。仲の良い男女の石碑方の道祖神なら話は分かるのですが、どうして性器の道祖神を作らなければ成らなかったのか。しかも藁製の性器の道祖神は恐れ多くも燃やしてしまう。これは不思議です。何か秘密がある筈。どう言う事なんでしょ。

ここで一番問題なのは男女の道祖神の関係です。もしや、否、間違いなくそうだ思って調べました。やはりでした。道祖神の仲の良い男女は兄妹。つまり聖婚。国津罪を犯していたのです。

まぁー何となくですが、「そうだろうな。そうじゃないとおかしいな」と思っておりました。そうは思いながらも仲のよい夫婦和合の神様であって欲しいとも思いもありました。ちょっと微妙ですね、これ。

道祖神の物語ですが、「昔々、あるところに大変美しい兄と妹がいた。二人は年頃となり、それぞれ婚活の旅に出た。兄は結構苦労してやっと理想の女性にめぐり合い、二人は結ばれ結婚した。そして嫁を連れて故郷に帰る事となった。故郷に近づくにつれ嫁は怪訝そうな顔をした。そして気がついた。二人は兄と妹だったと言う事に」っと言う結構いい加減でベタベタなストーリーではありますが、兄と妹は知らずに近親婚と言う禁を犯しちゃった。それが夫婦和合タイプの道祖神となります。

実はこれ、結構タブーなのですが、北海道や東北では近年まで結構近親婚が行われていました。

北海道では明治時代に入植した訳です。北海道の人はアイヌ人。アイヌ人とは結婚できない。本土からの入植者も出身はバラバラ。会津人と長州人なんかは大変仲が悪い。だから同じ出身地同士、更にはイトコ同士の結婚が盛んに行われています。現在もそれは珍しいものではないです。

東北のケースはやはり結婚相手が少ないと言う点が上げられますが、特に近親婚が多いのは平家の落ち武者の里においてです。村人に交わる事で平家の落ち武者である事がばれると追っ手がかかる。村人も平家の落ち武者とは関わりたくない。互いに交わるのを拒んだ。だから近親で結婚を続けて来た。それが近年まで続いていたのです。後ろめたい気持ちを持ちながらです。

その様な近親婚の罪を道祖神に背負わせていた。これは私の私感ではありますが、東北に特に道祖神の石碑が多いのはそんな理由があるのではないかと思いますね。

 

続く。

 

 

 

 

 

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