豊富な人生経験に裏付けされた文章の温もりを感じたのが、直木賞作家でもある半村良だ。50を超える職業経験があると知り、驚くと同時に納得もした。
伝奇小説を復興させた立役者といってもいい。映画にもなった「戦国自衛隊」が有名だが、私としては初期の伝奇ものに強く惹かれていた。当時の典型的なパターンに、平凡な人間だと思っていた主人公が、実は隠された特殊な能力があり、それを活かして社会の裏側における超絶的なエリートとなって活躍する作品が幾つか書かれていた。
豊富な歴史知識に裏づけされた構成と、なるほどと思える逆説的な奇説をベースに、平凡さから脱却させる物語が面白かった。が、当時からその平凡さに対する描写が優れていると感じていた。貧しさや愚かさといった凡庸さをしっかり描くことで、超絶的なエリートたちの華麗さを引き立てていた文章が強く印象に残っていた。
本来引き立て役のはずの市井の庶民の暮らしを描く、その視線にはどこか哀しげな優しさが込められていたと思う。後に伝奇小説から離れて、普通の小説を書くようになり、その優しく暖かい視線が活かされたのが、直木賞受賞作の「雨やどり」だったと思う。
しかし、半村良の優しい視線は、厳しい現実に絶望を感じることがままあったようで、その辛さが作品化されたと思えるのが表題の作品でした。
私は子供の頃、けっこう貧しい暮らしを経験しているので、その厳しい現実が肌身に迫って感じざる得ないのです。そして愚かしくも哀しいことに、その貧しい暮らしが、実は慣れてしまうと案外居心地のいいものであることも知っています。
題名の「どぶどろ」。語感だけでも、その臭さ、澱み、絡みつく粘り具合に不快さを感じるだろうと思います。でも・・・いったんその「どぶどろ」の深みに嵌まって、その微妙な温もりに慣れてしまうと、なかなかに抜け出せなくなる。そのあたりに、貧困問題がなかなかに解決しない難しさがあるのだろうと思います。
多分、半村良もそこから抜け出す難しさを知っているのでしょう。よく知っているが故に、より深い絶望を感じざる得ない。そんな辛さに共感してしまうせいか、私には忘れがたい名作なのです。
伝奇小説を復興させた立役者といってもいい。映画にもなった「戦国自衛隊」が有名だが、私としては初期の伝奇ものに強く惹かれていた。当時の典型的なパターンに、平凡な人間だと思っていた主人公が、実は隠された特殊な能力があり、それを活かして社会の裏側における超絶的なエリートとなって活躍する作品が幾つか書かれていた。
豊富な歴史知識に裏づけされた構成と、なるほどと思える逆説的な奇説をベースに、平凡さから脱却させる物語が面白かった。が、当時からその平凡さに対する描写が優れていると感じていた。貧しさや愚かさといった凡庸さをしっかり描くことで、超絶的なエリートたちの華麗さを引き立てていた文章が強く印象に残っていた。
本来引き立て役のはずの市井の庶民の暮らしを描く、その視線にはどこか哀しげな優しさが込められていたと思う。後に伝奇小説から離れて、普通の小説を書くようになり、その優しく暖かい視線が活かされたのが、直木賞受賞作の「雨やどり」だったと思う。
しかし、半村良の優しい視線は、厳しい現実に絶望を感じることがままあったようで、その辛さが作品化されたと思えるのが表題の作品でした。
私は子供の頃、けっこう貧しい暮らしを経験しているので、その厳しい現実が肌身に迫って感じざる得ないのです。そして愚かしくも哀しいことに、その貧しい暮らしが、実は慣れてしまうと案外居心地のいいものであることも知っています。
題名の「どぶどろ」。語感だけでも、その臭さ、澱み、絡みつく粘り具合に不快さを感じるだろうと思います。でも・・・いったんその「どぶどろ」の深みに嵌まって、その微妙な温もりに慣れてしまうと、なかなかに抜け出せなくなる。そのあたりに、貧困問題がなかなかに解決しない難しさがあるのだろうと思います。
多分、半村良もそこから抜け出す難しさを知っているのでしょう。よく知っているが故に、より深い絶望を感じざる得ない。そんな辛さに共感してしまうせいか、私には忘れがたい名作なのです。