ヌマンタの書斎

読書ブログが基本ですが、時事問題やら食事やら雑食性の記事を書いています。

「かめくん」 北野勇作

2007-12-15 14:29:06 | 
先月、日本のSF小説は停滞していると書いたが、その象徴的作品が表題の一冊。

タイトルからして気が抜ける。かめくん・・・はないだろう。あたしゃ、タイトルと表紙の絵を見ただけで脱力したぞ。ちなみに、かめくんの中身は超高性能なハイテク技術の塊なのだ。それなのに退屈な日常生活しか描かれていない。カメ型アンドロイドである必然がまるで感じられない設定なのだ。

30年前の怪獣映画ガメラのほうが、まだマシだと言いたくなる。でも、ちょっと待て。

たしかに、作中でのカメ型戦闘アンドロイド・かめくんはまるで活躍しない。本当は高度軍事技術の粋を集めたハイテク兵器であるにもかかわらず、木造アパートに暮らし、平々凡々たる日常生活を過ごすだけだ。

よくよくわが身の周りを見渡してみれば、よく似た風景が当たり前にある。かつてSF小説のネタであった個人用電子計算機(パーソナル・コンピュター)は、どの家庭にも普及している。空想の世界にしか存在しなかった薄型TVだって、いまや珍しくもない。禁断の技術と恐れられた遺伝子組み換え技術は、いつのまにやら日常生活に侵入してきている。嘘だと思うなら、海外から輸入されている加工食品をよく調べてみることだ。

子供の頃、少年マガジンに掲載された小松崎画伯の描いた未来予想図には、空中浮遊車で出勤し、ロボットが家事をこなし、曲線を多用した空中都市に人々が住む世界が描かれていた。技術の進歩は、人類の生活を大きく変貌さすものだと信じていた。

しかし、現実はそうではなかった。昔ながらの木造家屋に、ハイテク家電を据え付け、昔ながらの室内装飾に囲まれ、火を使わないハイテク・キッチンで調理しながら、食べるものは昔と同じ。

高性能カメ型戦闘アンドロド・かめくんが暮らす日常と、どう違うというのか。

人類の科学技術はたしかに進んだ。進みはしたが、今や限界点に近づきつつある。そんな不思議な感慨に囚われてしまった、奇妙な一冊でした。
コメント (2)
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