ヌマンタの書斎

読書ブログが基本ですが、時事問題やら食事やら雑食性の記事を書いています。

「長靴を履いた猫」 シャルル・ペロー

2007-12-20 12:54:20 | 
どうも東映のアニメ映画のイメージが強く、今でもあの能天気に快活なネコの姿が思い浮かぶ。

ただ、当時から不思議に思っていた。あれだけの才能があるネコなら、自らが王になればいいのではないか?と。人食い鬼が王になれるのだから、長靴履いたネコが王でも可笑しくないはずだ。

それでも結局は、ネコしか相続できなかった三男坊が王様になるストーリーのほうが大衆受けしたのだろう。安定した、つまり閉塞した社会における童話のありかたとしては、このほうが適切であるのは理解できる。

作者ペローの編纂した童話は、もともとが中世ヨーロッパの各地の寓話が元になっている。身分差別が著しい階級社会の下で育まれた寓話だけに、自ずと定められた立場があるとの前提があるのかもしれない。

最近では言われなくなったが、かつては中世ヨーロッパを暗黒時代と呼んでいた。中学生だった私は、何故に暗黒時代なのかさっぱり分らなかった。漠然とだが、身分差別を指しているのだと考えていた。

20代半ばで、病気療養のため長期の自宅療養中に図書館通いを続け、自分なりに勉強して分ったのは、中世ヨーロッパはキリスト教による征服時代だったことだ。古代よりヨーロッパは多神教の地で、土着の民族宗教が数多く存在していたことが分っている。多くの文献は、キリスト教会により破壊されているため、断片的な資料から推測するしかないのが残念だ。

ローマ帝国の崩壊と、イスラム教徒による地中海制覇により、布教の地をヨーロッパに絞らざる得なかったキリスト教会は、数百年にわたり破壊と侵略を繰り返した。しかし、根強い土着宗教に根を上げ、かなりの妥協を余儀なくされた。

女神信仰は、マリア信仰に変貌させたが、意に沿わぬ場合は魔女伝説にすり替えた。世界樹神話は、クリスマス・ツリーに変身させて北欧の民の歓心を買った。ヨーロッパ各地の土着の風習を、キリスト教的祭事に変貌させ、人々を精神的に支配しようとした。その支配は10世紀前後に頂点を迎えた。

この圧迫こそが、中世ヨーロッパを暗黒時代と言わしめた正体だ。土着の風習、宗教は根絶させられたかにみえたが、その残滓は寓話という形で残った。この寓話でさえ根絶したかったようだが、民衆は口伝えで子孫に伝えて生き残った。

キリスト教の支配は頂点を迎えた後、ルネッサンス(文芸復興)に始まりルター、カルビンらの宗教改革とその後の近代化の流れのなかで、徐々に衰弱しはじめ、ついには科学にその座を奪われた。根絶やしにしたはずの各地の寓話が、グリム兄弟やアンデルセンそしてペローらの努力により本として刊行されてしまった。

もちろん宗教だけで寓話を語ることは適切ではないが、その影響は決して小さくない。中世ヨーロッパの階級社会は、王や貴族といった支配者とキリスト教を上位に置く。その閉塞された社会における、息抜きとして生き残ってきた童話の逞しさ、しぶとさには感服です。
コメント (2)
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