ヌマンタの書斎

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平和に必要なこと

2020-06-26 12:24:00 | 社会・政治・一般

基本的に私は二つの半島国家を信用していない。

個人として信用出来る人はいると思う。しかし、民族集団となると、途端に豹変し約束は守らず、契約は無視することは珍しくない。

これはもう民族的な習癖としか言いようがない。なにせ数百年前から変わっていないのだ。かつてジンギス汗に率いられたモンゴル帝国が、ユーラシア大陸を席巻した時、モンゴルの敵であった金王朝を打倒したのに協力したのが高麗という半島国家であった。

そのせいもあって、モンゴル帝国は高麗を優遇していた。しかし、その高麗が反逆した。高麗在住のモンゴル人を虐殺し、自分たちこそが中華であると宣したのである。

当時のモンゴル帝国はイスラムもヨーロッパも蹂躙した最強国家であり、高麗は優遇された地位にあったにも関わらず、モンゴルを蛮族と侮り反逆したコリアの判断は到底論理的とはいえません。

この反逆は5度の戦争と停戦を繰り返しましたが、いずれも高麗側が約束を違え、遂に激怒したモンゴルにより高麗は滅ぼされます。正直愚かしいと思いますが、歪んだ中華思想に染まったコリアの民の自国優越感情が引き起こしたことは間違いないと思います。

既に600年以上が過ぎていますが、今もコリアの民の歪んだ優越意識は変わっていないと私は考えています。北は核兵器を持ったことで、アメリカと対等になったと錯覚しています。南は経済の発展を拠り所に、世界に冠たる優秀な国家だと思い込みたい。

しかし、現実は冷酷で、北は相変わらずの世界最貧国に過ぎず、南は借りものの技術で先進国面しているだけ。にもかかわらず現実を直視せず、脳内理想を信じて止まない。だからその脳内理想で描く自国の姿と、現実の落差を理解しようとしない。

このような時、この半島国家の人たちは非常識というか理解不能な行動をやらかす可能性が高い。

だが幸いにして北の核は、あまり心配いらない。あれは自国の体制を維持するためのお守りのようなもの。北が最も恐れているのは伝統的支配国であるシナであり、そのシナに支配されないための最後の砦が核兵器。ただし、脅しのためにならば、いくらでも吼える、ただそれだけ。

困るのは南で、故障ばかりの空軍機は数が足りず、イージス艦は数で劣る。潜水艦は航行できない。戦車は装備が故障していて使えない。残る唯一の手段は中距離ミサイルのみ。これなら日本に届く。

幸いおバカな日本は、イージス・アショアの配備を撤回している。ミサイルのつるべ打ちで、屈服させろ。

やりかねないのですよね、あのおバカ国家は。論理よりも民族感情優先のお国柄ですから。

ちなみにイージス・アショアはあっても100%ミサイルを落とすことは出来ない。パトリオットも同様です。今の日本にとって、暴発した南コリアのミサイル攻撃が一番の現実的な脅威となっています。

頼りはアメリカ軍の存在による抑止力だけ。まともな相手なら、これで十分なのですが、脳内理想に囚われた歴史的おバカだからなァ~~~

もっとも解決策は簡単。敵の攻撃に倍する反撃力を誇示すれば良い。具体的には安倍総理が発言したような「敵基地攻撃能力保有の検討」、これが一番現実的な平和維持のための方策でしょう。

コリアのように論理よりも民族感情を優先する相手の場合、話し合いは無意味。やったら、やり返すと強い意思表示をしないと侮られて、貶められる。実際、今の日本の国会議員様のなかには、コリアに脅されれば、対馬を渡してでも平和を守るべきだなんて言い出しかねない輩がいるようです。

コリアの民は、一度優越感を抱くと、恐ろしく残虐な支配者になることは、ベトナム戦争の時の虐殺事件でも明らかです。対馬の婦女子を性奴隷にし、男は虐殺するくらいは平気でやる民族です。

これを差別的な極論だと感じた方は、日本では決して末ウれない彼の国の空想反日小説を読んでみることです。いや、太平洋戦争の敗戦直後に、彼らコリアが日本人に対してやらかした残虐な事件を調べてみれば、現実は空想よりも苛烈な事実を知ることになるでしょう。

まァ想像をネタに民族感情を煽るのもどうかと思うので、この辺にしておきます。ただ、この一点だけは言いたい。平和を守りたいのならば、平和の為に戦う覚悟が絶対に必要だと。

コメント (4)
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