今年もあとわずか。covid-19のせいで年末の世相が様変わりした所もあれば、そうでない所もあり、それでも構わず時は流れていく。来年だけは確実に今年になる。

昨夜は木星と土星の見かけの大接近が約400年ぶりに見られるということで、双眼鏡を持って裏の開田に歩いて登った。夕方の5時半ごろだったと思う、肉眼では二つの惑星は小さな供え餅のようにほぼ上下に重なって見えていた。もう、占星術師は流行らないから、そういう珍しい事象であるということで見る以外、特別な感興は湧かなかった。むしろ、17日の月との組み合わせの方が見応えがあり、星の狩人かんとさんがこの天文現象にさして興味を示さなかった理由も肯けた。
その昔であれば、占星術師は相当重要な役割を担っていたらしく、世の中の吉凶と関連付けたりと、もしかすれば為政者からは今の感染症対策分科会くらいの注目を集めていたかも知れない。いやこれは、からかったり、皮肉っているわけではなくて、この分科会を率いる「専門家」と呼ばれる人たちは本当に大変だと思う。それに、政治の中枢にいて最終の責任を背負わされる政治家も、仮に事態が悪い方向に行っても言い訳ができないから尚更だろう。
独り言が思わぬ方向によれた。星を眺めていて思うのだが、人は農耕や牧畜を始める以前から、天体への関心は相当にあったと思う。何か不思議な力が夜を連れてきて、暗い夜空に星が煌めき、やがて陽が昇り夜が去っていく。洞窟の住人だって、羊飼いの若者だって、都合の良い神を思い描き、また想像力を発揮して理解しようとしただろう。
もしかすれば、4万年ぐらい前に地上から姿を消したネアンデルタール人でさえ、ホモサピエンスよりかも大きな脳を持っていたというくらいだから、彼らも夜空を眺めながら幾編かの星の物語を作ったかも知れない。われわれのものとは相当違うかどうか、それはもう分からないが。
先日、ふたご座流星群を見た。そして、目当ての流星群よりかも、偶々かんとさんが撮ったアンドロメダ銀河の写真に惹かれたと、呟いた。あの光が地球に届くまでに200万年もの時をかけたこと、そして小さな薄ぼんやりとした白い点が10万光年もの大きさであること、そういうことを考えたら単に感動したというよりか、神を想像した祖先の気持ちに触れたような気がした。
赤羽さん、もう、「約束のネバーランド」観ましたか。早いですね。近々に行くつもりです。本日はこの辺で。

昨夜は木星と土星の見かけの大接近が約400年ぶりに見られるということで、双眼鏡を持って裏の開田に歩いて登った。夕方の5時半ごろだったと思う、肉眼では二つの惑星は小さな供え餅のようにほぼ上下に重なって見えていた。もう、占星術師は流行らないから、そういう珍しい事象であるということで見る以外、特別な感興は湧かなかった。むしろ、17日の月との組み合わせの方が見応えがあり、星の狩人かんとさんがこの天文現象にさして興味を示さなかった理由も肯けた。
その昔であれば、占星術師は相当重要な役割を担っていたらしく、世の中の吉凶と関連付けたりと、もしかすれば為政者からは今の感染症対策分科会くらいの注目を集めていたかも知れない。いやこれは、からかったり、皮肉っているわけではなくて、この分科会を率いる「専門家」と呼ばれる人たちは本当に大変だと思う。それに、政治の中枢にいて最終の責任を背負わされる政治家も、仮に事態が悪い方向に行っても言い訳ができないから尚更だろう。
独り言が思わぬ方向によれた。星を眺めていて思うのだが、人は農耕や牧畜を始める以前から、天体への関心は相当にあったと思う。何か不思議な力が夜を連れてきて、暗い夜空に星が煌めき、やがて陽が昇り夜が去っていく。洞窟の住人だって、羊飼いの若者だって、都合の良い神を思い描き、また想像力を発揮して理解しようとしただろう。
もしかすれば、4万年ぐらい前に地上から姿を消したネアンデルタール人でさえ、ホモサピエンスよりかも大きな脳を持っていたというくらいだから、彼らも夜空を眺めながら幾編かの星の物語を作ったかも知れない。われわれのものとは相当違うかどうか、それはもう分からないが。
先日、ふたご座流星群を見た。そして、目当ての流星群よりかも、偶々かんとさんが撮ったアンドロメダ銀河の写真に惹かれたと、呟いた。あの光が地球に届くまでに200万年もの時をかけたこと、そして小さな薄ぼんやりとした白い点が10万光年もの大きさであること、そういうことを考えたら単に感動したというよりか、神を想像した祖先の気持ちに触れたような気がした。
赤羽さん、もう、「約束のネバーランド」観ましたか。早いですね。近々に行くつもりです。本日はこの辺で。