Photo by Ume氏(再録)
きょうの写真、少し季節を進め過ぎてしまったかも知れない。まだ芽吹いてから日の浅い、幼い緑の葉に、露の滴が光る。実生からようやくここまで成長するには柔らかな苔や、湿った土の中にあった養分が助け、支えてくれただろう。かつては、森を賑わせた葉や、木々が年月を経て朽ち、土中に還り、また次の代のために新しい役割を担う。再生ということか。転生ということか。
こういう自然界の生々流転は殆ど、誰も知らないところで起きている。去年行った、笹平沢の流れのそばに生えていたクヌギの老木も、あの谷の中を強い風が吹けばもうあの根では維持できず、今度行ったら精根尽きた老人のような倒木の姿が迎えてくれるかも分からない。しかしそれで終わるわけではない。そんなことはしょっちゅう起きている。やがて辺りに落ちていた幸運なドングリがヒョッコリト芽を出し、そして辛抱強く長いながい年月をかけ、成長していくはずだ。森も谷もそうやって続いてきた。これからも、人がおかしなことをしなければ、続いていく。
たまには、いじくり過ぎた観光地を避け、誰も行かないような森に少数で出掛けてみるといい。原生林の深い暗い森や、飛沫を上げて流れる渓には、感動や、驚きがあるはずだ。特にこれから迎える季節は、そういう自然が向こうから待っていてくれる。