■安中市で15年以上にわたり春と秋、年2回開催されていたフリーマーケットに対する岡田市長の突然豹変しての執拗な嫌がらせにたまりかねて、平成20年9月17日に、フリマ主催者の未来塾が安中市と岡田市長個人を、名誉毀損による損害賠償で提訴した事件(前橋地裁平成20年(ワ)第492号)について、平成21年9月30日の第9回口頭弁論のあとから、11月12日(木)午前10時30分からの第10回口頭弁論までの第8ラウンドの経緯は次のとおりです。
第8ラウンドでは、来るべき証人尋問に備えて、双方から関係当事者の陳述書が提出されましたが、今回も一歩早く動いたのは原告の未来塾でした。陳述書は未来塾の松本代表とメンバー2名から提出されました。とくに未来塾代表の陳述書は本文が26ページに及ぶ大作です。
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【訴訟書類送付書】
送付日時 平成21年10月30日
送付先 前橋地方裁判所 高崎支部 合議2係 御中(027-326-0136)
被告 岡田義弘 殿(027-382-2061)
被告 安中市 御中(027-381-0503)
事件番号 平成20年(ワ)第492号 損害賠償等請求事件
当事者 原告 松本立家 外1名
被告 岡田義弘 外1名
次回期日 平成21年11月12日 午前10時30分
送付者 〒170-0013東京都豊島区東池袋1-34-5 池袋SIAビル2階
弁護士法人東京パブリック法律事務所 TEL:03-5979 -2900 FAX:03-5979-2892
上記原告ら訴訟代理人 弁護士 山下敏雅
送付書面 ■証拠説明書 1通
■甲号証(50ないし53) 各1通
通信欄 上記書類をご送付致しますので、よろしくご査収下さいますよう、お願い致します。
なお、本書面を以て、正式書面と致します。(送付枚数:本書を含め計49枚)
【証拠説明書】
平成20年(ワ)第492号 損害賠償等請求事件
原告 松本立家 外1名
被告 岡田義弘 外1名
証拠説明書
平成21年10月30日
前橋地方裁判所 高崎支部 合議2係 御中
原告ら訴訟代理人 弁護士 山下敏雅
号証/標目/作成年月日/作成者/立証趣旨
甲50/陳述書・原本/平成21年10月30日/原告松本立家/本件原告主張事実全般
甲51/同上・原本/同上/■■■■/同上
甲52/同上・原本/同上/■■■■■/同上
甲53/「広報あんなか」2004年7月・写し/平成16年7月/被告安中市/「広報あんなか」におけるフリーマーケットに関する記事
甲53の2/同2005年7月号・写し/平成17年7月/同上/同上
甲53の3/同2005年12月号・写し/平成17年12月/同上/同上
【甲第50号証】
陳 述 書
前橋地方裁判所高崎文部合議2係 御中
平成21年10月30日
住所 ■■■■■■■■■■■■■
氏名 松本立家㊞
目 次
第1 はじめに ……………………………………………………………4
第2 自己紹介及び未来塾について ……………………………………4
第3 これまで行われてきたフリーマーケットについて ……………5
1 フリーマーケットの概要 …………………………………………5
2 参加費(開催分担金)の受領 ……………………………………6
3 安中市・市長からの会場の使用許可 ……………………………7
4 寄付金の受渡し ……………………………………………………7
5 フリーマーケット内での募金活動 ………………………………8
第4 第31回開催時の市とのやりとりと第32回の中止 …………8
1 第31回フリーマーケットの際に発行された文書 ……………8
2 第31回フリーマーケットの寄付金の受領許否 ………………9
3 第32回フリーマーケットの公園使用許可申請の不受理 ……10
4 意見交換会開催までの経緯 ………………………………………10
第5 意見交換会での出来事 ……………………………………………11
1 意見交換会開始前 …………………………………………………11
2 意見交換会の開始 …………………………………………………12
(1)事実経過 ………………………………………………………12
(2)被告側の主張の誤り …………………………………………13
3 意見交換会の冒頭 …………………………………………………13
(1)事実経過 ………………………………………………………13
(2)「談話」の内容や被告側主張の誤り …………………………13
4 募金活動に関する議論 ……………………………………………14
(1)事実経過 ………………………………………………………14
(2)「談話」の内容の誤り …………………………………………14
5 意見交換会が始まって15分ほど経過した頃のやりとり ……15
6 参加費の徴収 ‥・…………………………………………………16
7 駐車場利用の件 ……………………………………………………16
(1)事実経過 ………………………………………………………16
(2)「談話」の恣意的な記載…………………………………………17
8 使用許可の結論の期限についてのやりとり ……………………17
9 その他 ………………………………………………………………18
(1)「罵詈雑言」………………………………………………………18
(2)サワ井商店の件 ………………………………………………18
第6 意見交換会の録音と岡田市長の「要点筆記」 …………………19
1 意見交換会の録音 …………………………………………………19
2 「要点筆記」 ………………………………………………………20
3 市職員も議事録等を作成していなかったこと …………………21
第7 第32回フリーマーケット開催の断念 …………………………21
1 結論を1週間待つことは無理と当方が伝えたこと ……………21
2 岡田市長が結論を1週間で出すことは無理と明言したこと …22
3 開催の断念とその後の市からの連絡 …………………………22
4 「談話」の記載の誤り ……………………………………………22
第8 市長による「談話」の掲載 ………………………………………23
第9 その後も続く市長による名誉毀損等 ……………………………24
1 地区別懇談会での名誉毀損 ……………………………-‥……24
2 会場使用について …………………………………………………25
3 この訴訟での態度 …………………………………………………26
第10 おわりに …………………………………………………………28
第1 はじめに
安中市の広報「おしらせ版あんなか」の,第41号(平成19年12月21日付)にある,岡田義弘市長が書いた「談話」の記事を読んだときから,もうすぐ2年になろうとしていますが,私は,その時の思いを,今日まで一日として忘れたことはありません。驚き,悲しみ,怒りが交錯した,あの日の事が鮮明に思い出され,今でも胸が締め付けられます。
その記事には,後で詳しくお話する,私たちが16年間にわたってボランティアで行ってきた「地域活性化イベント フリーマーケットinあんなか」について,平成19年9月10日に,岡田市長を含む安中市職員らと私たち未来塾運営委員とでもった「意見交換会」の内容が記されていたのですが,私どもが市関係者に対して「目を見て話をしろ」と冒頭から怒鳴ったかのような記載をはじめとして,事実と異なる内容や,恣意的にまとめられた内容にあふれたものでした。
私どもが,まるで何か不正な活動を行っていたり,市との話し合いの場でも暴力団のように不誠実な態度をとったかのように書かれていたのです。
フリーマーケットの会場の使用が岡田市長から許可されなかった経緯自体,非常に理不尽であったうえ,そのことについて市と話し合った内容が,市の長によって,虚偽と悪意に満ちた記事になり,すべての市民に必要な行政情報を知らせるための市の広報という媒体を用いて安中市内の約2万3000戸の全戸に配布され,地域のために長年尽力してきた一市民・一団体を貶める記事が掲載されたことに,強い憤りを禁じ得ません。
以下,詳しくお話しします。
第2 自己紹介及び未未塾について
私は,30数年前,一人の聴覚障がい者と出会ったことがきっかけで,ボランティア活動を始めました。
私は,平成元年10月1日に,「地域づくり団体未来塾」(以下,「未来塾」といいます)を設立し,現在に至るまで,未来塾の代表をしています。
未来塾は,10代から70代までの多くの会員に支えられ,「元気な地域の創造」を目指してきました。16年間合計31回を数える「フリーマーケットinあんなか」(以下「フリーマーケット」といいます)の開催,バザー「もったいない市」の収益金から安中市や社会福祉協議会への寄付,里山の自然を取り戻す環境保護活動,小学校のビオガーデン整備などの自然保護活動などを行ってきました。未来塾は,これまでに多くの賞をいただき,安中市民をはじめ外部の皆様からその活動を評価していただいてきました。
私自身も,平成16年5月3日に,群馬県から,群馬県総合表彰「地域づくり功労賞」をいただいております。
第3 これまで行われてきたフリーマーケットについて
1 フリーマーケットの概要
未来塾は,安中市青年団連合団(その後の「地域創造集団楽舎」)と共催で,平成4年5月31日から,年に2回,地域活性化と環境を考える文化イベントとして,このフリーマーケットを開催してきました。
リサイクル,リユース問題と合わせ,集うことの楽しさ,素晴らしさを感じ,市民ひとりひとりが主役で元気になれるお祭りとして始まりました。当初は「フリーマーケット」という言葉すら一般的には知られていない状況の中,出店者や来場者を集めるのに大変苦労しましたが,続けることで環境問題や地域づくりに対する認識が高まり,徐々に大きな催しへと成長していきました。
フリーマーケットは,当初,西毛運動公園広場を会場とし,区画数70で始まりました。その後,会場を米山公園に移し,市民の方々から好評をいただいて徐々に規模が大きくなり,平成16年5月30日の第25回からは,会場を米山公園と安中市スポーツセンターの2つを利用し,区画数も400に増えました。
フリーマーケットには,毎回,市内外を問わず多くの方々が来てくださいます。当日の来場者数は1万5000人以上,今までの出店者延べ6970組,来場者数40万人,ステージ発表3 10組にも及ぶ規模にまでなり,「北関東開東 最大級のフリーマーケット」と呼ばれ,全国に安中を発信しつづけていました。
また,これまでに他地域の行政や商工会,自主サークル等が視察に訪れ,安中のフリーマーケットのノウハウを学び,地元で独自の取り組みに繋げています(例えば,富岡市商工青年部主催「もみじ平フェスティバル・フリーマーケット」や,高崎市主催「高崎スプリングフェスティバル・フリーマーケット」)。
フリーマーケット当日は,手作り品,リユース品,地元野菜,手作り食品等が,地域の子ども会,スポーツクラブ,趣味の会,各種ボランティア団体,商工会,家族や友人グループ等により出店され,個性あふれるお店が並びます。
また,単に売り買いだけでなく,特設ステージや公園の広場を利用し,各種コンサート,団体・サークル発表,子ども広場,おもちやの病院,野点,県との共催事業等を行い,小さな子どもからお年寄りまでが一日,安心してゆっくり楽しむことができます。
また,このフリーマーケットの特徴として,毎回,この取り組みには小学生から70代までのボランティアスタッフ約150人が世代を超えて一つの目標に向かって活動します。ほとんどの準備を手作りで行い,最近では少なくなった,世代を超えた交流が行われていました。また,昨今の不況下において,ますます「リユース活動」が注目されており,フリーマーケットの再開を望む多くの声を聞いています。
2 参加費(開催分担金)の受領
未来塾は,フリーマーケットの出店者から,1区画あたり2000円,企業参加の場合は1万円を,参加費(開催分担金)として受領してきました。
フリーマーケットは2つの会場を使用し,参加者・来場者も大変多いため,広告宣伝費,会場整備費,シヤトルバス代など,毎回経費が多額に上ります。
そのため,出店者から集める参加費(開催分担金)は,これらの経費に宛てるために必要最低限のものであり,毎回事前説明会で説明し了承を得たうえで,受け取ってきました。
この参加費(開催分担金)を集めても,フリーマーケットの収支はマイナスで,利益は全く生じません。その赤字分は,当日に未来塾が出店する売店の売り上げや,私たちの持ち出しで,補填をしていました。
3 安中市・市長からの会場の使用許可
フリーマーケットの会場となる2つの施設については,事前に安中市(市長)から許可を得ていました。
米山公園は,条例の規定に基づいて,安中市・市長から公園使用許可を得,その利用料を免除されてきました。公園使用許可の申請書は,事前に必要事項を記入したものを,市の建設部都市整備課に提出します。米山公園を使用するイベントはこのフリーマーケット以外にはありませんので,これまで私どもが申請書を提出すれば,即時その場で許可証が手渡されるか,遅くとも数日中には許可証が交付されていました。
また,スポーツセンターは,センターに直接,使用の申請を行っていました(広場の利用料について特段の定めはありません)。また,フリーマーケット当日のスポーツセンター駐車場には,警備員やシルバー人材センターなどによって人員を配置し,体育館(アリーナ)利用者の妨げとならないよう努めていましたし,現場では特段の混乱は生じていませんでした。
また,体育館との話し合いにより,午前10時以降はフリーマーケット利用者も西側の中央駐車場への駐車が可能となっていました。
4 寄付金の受渡し
未来塾は,フリーマーケット内で,自らもバザー「もったいない市」を行ってきました。これは,リユース推進活動の一環として,市民の皆さんから寄付されたバザー品を販売し,その収益を安中市や安中市社協に寄付すること,また,様々な自然保護活動に充てることを目的として行ってきたものです。
フリーマーケット終了後に,後日,未来塾・安中市・安中市社協の3者が安中市役所に集まり,寄付金の受渡しが行われるのが慣例となっていました。
未来塾はこれまで30回,累計で300万円と車椅子4台を寄付してきました(第31回目の寄付は,市から拒否されたため,市民の善意は届いていません)。
5 フリーマーケット内での募金活動
フリーマーケット内で,様々な目的のための募金活動が行われることが,しばしばありました。
募金活動は,未来塾が主体となって行われることもあれば,未来塾以外のグループが行うこともありました。
第12回(平成9年11月2日)及び第14回(平成10年10月18日)開催のプリーマーケットでは,「ちびくろ関東ネット群馬支部」の■■■■さんが,阪神淡路大震災に関する募金活動を行いました。
第26回(平成16年10月31日)開催のフリーマーケットでは,未来塾が,新潟県中越地震災害に開する募金を行い,日本赤十字社群馬支部を通して寄付を行いました。
また,ここ数年は,毎年,秋のフリーマーケットにおいて,岡田市長を会長とする群馬県共同募全会安中交会が,赤い羽根共同募金を行っていました。
第4 第31回開催時の市とのやりとりと第32回の中止
1 第31回フリーマーケットの際に発行された文書
第31回フリーマーケットは,平成19年6月3日に開催されました。ところが,開催日の約10日前である同年5月22日,突然,私のもとに,安中市の建設部長及び教育部長名義で,「出店料及び,その他の徴収についても自粛していただき,真のボランテァ活動にて運営下さるよう,お願い申し上げます」との文書(甲22の1)が郵送されてきました。
私は,この文書の内容の意味がわからなかったので,その日の午後に,文書に名前のある長澤建設部長に対して問い合わせをしました。しかし,建設部長の回答は「私たちが書いた文書ではなく困っている。これは市長が自ら行った事である」というものでした。
私は,岡田市長からの説明を求めましたが,その後岡田市長からは特に連絡はありませんでしたし,後日連絡をすると約束してくださった長澤部長からも,何の連絡もありませんでした。
第31回フリーマーケット自体は,予定通り開催されました。このフリーマーケットには,参加予定のなかった岡田市長が急濾参加し,会場のステージで行われた朝のオープニングセレモニーで,「安中のフリーマーケットにようこそおいで下さいました」「未来塾のこのような活動はすばらしい」という趣旨の挨拶のスピーチをしました。
2 第31回フリーマーケットの寄付金の受領拒否
平成19年7月2日午後2時,例年通り,安中市役所において,未来塾のフリーマーケット内のバザーでの収益から安中市,安中市社協への寄付金の受け渡しが行われる予定になっていました。
ところが,当日の午前9時ころ,突然安中市秘書課長から私宛に,「寄付金の受取りはできない。理由は以前送った文書の通りである。公共の施設で2000円を徴収しているようなイベントの寄付は受けられない」という内容の連絡が入りました。
私は岡田市長からの説明を求めるため,合計3回(秘書課に1回,長澤部長に2回),連絡を取りました。しかし,寄付の予定の時間になっても市長や市から連絡がなかったため,予定されていた時間に出掛けることができず,寄付を行うことができませんでした。
3 第32回フリーマーケットの公園使用許可申請の不受理
平成19年8月,未来塾の■■■である■■■■が,平成19年10月28日に予定していた第32回のフリーマーケット開催のため,安中市(市長)に対し,米山公園の公園使用許可申請を行うため,安中市より指定された申請用紙に事前に必要事項を書き込み,安中市建設部都市整備課に持参しました。
しかし,建設部都市整備課からは「受けられない」とその場で許可申請書が返却されました。
市が申請書を受け取らない理由について,被告側が主張するような,「フリーマーケットの運営上の疑問から,使用許可についてその場で回答できないので検討させてもらいたい」などの説明は一切ありませんでした。また,使用料減免や募金について申請書を必要とするとの説明や,申請書の提出を促すようなことも一切ありませんでした。岡田氏が市長に就任して以降,第29回から第31回までの3回に関しても,同様の方法で何の問題もなく申請が受理され,使用許可が下りていました。
4 意見交換会開催までの経緯
私たちは,市長や市に対して,何度も説明を求めました。私たちが説明をして欲しいと求めたのは,5月21日付けの文書(甲22の1)についてと,7月2日の突然の寄付受取り拒否と,そして,秋のフリーマーケットの会場使用の許可が理由もなく下りなかったこと,の3点でした。
しかし,再三,私たちが説明を求めたのにもかかわらず,長澤部長から「その件について市長からは説明はしない」と言われ,私たちはどうにもしようがない状態になっていました。
そして,市側からようやく「意見交換会」という形での話し合いの場が提案されましたが,私だちとしては,「意見の交換」というよりも,まず前述の3点についての説明が市長や市からあるべきだと考えていたので,「次第」に項日を入れることを求めたのです。
意見交換会は,9月7日か9月10日に予定されたため,私たちは早い方の9月7日を要望していました。しかし,最終的に市の意向により9月10日に決まり,9月10目午後5時から,安中市役所にて話し合いがもたれることとなりました。
第5 意見交換会での出来事
1 意見交換会開始前
私たちは,市から意見交換会のテーマを記載した文書を事前にいただきたいと要望し,市から「未来塾と市による意見交換会次第」(甲24の2)を受け取りましたが,市から説明をしてもらいたい項目の一つである5月21日付けの文書(甲22の1)がテーマに入っていなかったため,9月7日(金)に,市にこの項目も入れてもらうよう連絡をしました。市からは折り返し連絡をもらうことになっていました。
ところが,土日を挾んだ翌月曜日の10日,意見交換会当日になっても市から連絡はなく,私は午前10時すぎ,12時半,午後3時ころの3回,市に電話をかけましたが,長澤部長からは連絡がありませんでした。やむなく連絡が取れないまま,私たちは市役所に向けて出発し,午後5時の5分前ころに到着して,受付の方に来庁した旨を伝えました。受付で「ロビーでお待ち下さい」と言われたので,ロビーで給茶器のお茶を頂きながら意見交換会の開始を待ちましたが,ずいぷんと待っている間に市民課の奥の電気は消され,職員が次々と帰り支度を行い,窓の外を駐車場へ向かう職員の姿が見られました。
そうこうしているうちに,午後5時25分ころ,長澤部長が2階から下りてきました。長澤部長は,意見交換会の開始が遅れている理由を,台風の関係で決算特別委員会と県議団の台風被害視察が行われていたためだと説明しました。私たちは労をねぎらい,そして,7日にお願いしていた話し合いのテーマの件を確認し,15分程度待ったところ,5月21日付の文書の件も話し合いの項目として入ることになったので(甲24の3),長澤部長の案内で2階ヘと上がりました。秘書課へ続く廊下は灯りが消され,庁舎内は静かでした。
私たちは,秘書課のドアから「どうもお世話になります」と職員に挨拶をしながら,私,■■■,■の順に市長室に入りました。そして,指示された場所に,会釈をしながら順番に座りました。その後,秘書課の女性の方がお茶を出して下さいました。
岡田市長は,意見交換会が始まる前の様子を,私たちが「苛立った表情で無言のまま座った」とか,「冒頭から険悪な重い雰囲気だった」などと主張していますが,そのようなことは全くありませんでした。私たちは,意見交換会が開催されたことについて,むしろ皆,ほっとした気持ちでした。
2 意見交換会の開始
(1)事実経過
意見交換会は,予定より1時間遅れた午後6時ころから始まり,午後8時頃まで行われました。安中市側は,岡田市長のほかに,総務部長,建設部長,教育部長が出席し,未来塾側は,■■■■,■■■■,■■■■の■■■そして代表の私が出席しました。
意見交換会の開始が約1時間遅れていますが,これは,当日,県議会による台風被害の現地視察や,議会での決算委員会などが行われたためだと市から改めて説明があり,岡田市長や長澤建設部長は私たちに対し,意見交換会開始直前に詫びました。まず,岡田市長が「どうも待たせてすいません」と発言し,その後,長澤建設部長が意見交換会開始の遅れを詫びた際に,雨の中現地視察に行っていたことを説明しました。私たちもそれに対して,「どうもどうも」「ご苦労様です」と労をねぎらいました。
(2)被告側の主張の誤り
被告側は,意見交換会の開始が遅れたことについてすら,私たちが「フリーマーケツトの運営について」の文書(甲22の1)を明確に議題にするようにと1時間20分余りにわたって自己主張を展開し続けたために遅れた,などと当初主張していましたが,全く達います。すでに述べた通り,「通達文書について」という項目の入った甲23号証の3ができるまで約15分程度の時間はありましたが,意見交換会が約1時間も遅れた理由は,私たちが「自己主張を展開し続けた」からではありません。
被告側が,この訴訟の中ですら,私たちが話し合いに際して不誠実な態度を示す者・団体であるかのように主張していることに,強い憤りを覚えます。
3 意見交換会の冒頭
(1)事実経過
意見交換会は,長澤建設部長の挨拶から,出席者の簡単な自己紹介,市長の挨拶,私の挨拶と続き,本題に入りました。次にお話しするように,意見交換会は,まず最初の約15分担度,募金活動に開する議論がありました。
(2)「談話」の内容や被告側主張の誤り
「談話」には,市側が「確認をさせていただきたい」と述べた直後に未来塾側が「目を見て話をしろ」と「冒頭から怒鳴った」と記載されており,また,岡田市長は,この訴訟の中で,「確認させていただきたい」と述べたのは意見交換会の開始が遅れたことの説明を求めるためだったなどと主張しています。
しかし,「談話」の記載内容も,岡田市長の説明も,全く事実と異なります。
私たちが目を見て話をしろと冒頭から怒鳴った事実は,―切ありません。
また,先ほど述べた通り,意見交換会の開始が遅れた理由は,長澤建設部長が,開始前のロビーにおいてと,意見交換会開始時の2度にわたって私たちに説明していますし,私たちがこの日に甲22の1の文書についてこだわったために遅れたのではありませんから,岡田市長が「確認させていただきたい」と述べた理由が,意見交換会開始が遅れた理由の説明を求めるためだったはずがありません。実際,岡田市長が「確認をさせていただきたい」と発言した後に意見交換会の開始が遅れたことに関するやりとりは―切ありませんでした。
4 募金活動に関する議論
(1)事実経過
意見交換会は,まず最初の約15分程度,募金活動に関する議論がありました。
私たちは,阪神大震災だけでなく新潟での震災の募金活動を行い,安中市社協に寄付していることを説明しました。また,阪神大震災の募金活動は,原告未来塾ではなく,別グループが主体となってフリーマーケットの会場で募金活動をしていたことを説明しました。
そして,この募全活動に関する議論は,岡田市長が「地震に関する寄付はわかりました」と述べて終わりました。
(2)「談話」の内容の誤り
「談話」には/市側が「募金箱を持って回るのはおかしい。市はそういうことを知っているのか・・・。という指摘もあります。本当なのか伺います」と述べ,未来塾側が阪神大震災の募金が1回あるだけと回答し,市側が「阪神大震災は12年前ですよね。12年前のことを市民が指摘するのですかね・・・」と述べたように書かれていて,まるで私たちが募金活動について不自然な説明をしたかのように書かれています。
しかし,上に書いたとおり,阪神大震災以外にも募金をしていること,未来塾以外の団体が行っていたことも意見交換会できちんと説明しており,私たちが「阪神大震災の時以外―切幕全活動はしていない」などとは話していません。また,岡田市長や市職員が,「談話」に書かれているような,「12年前のことを市民が指摘するのですかね・・・」などと私たちの募金活動の説明に対して納得しないような発言はしておらず,むしろ,岡田市長が「地震に関する寄付はわかりました」と答えて終わったのです。
地震の募金に関する内容は,全く事実が歪められています。それに,募金活動に関する議論は最初の15分程度で終了しているのに,「談話」では「1問1答」として掲載している議論のうち半分近くが募金に関する内容で閉められていて,引用の分量としても不適切・恣意的と言わざるを得ません。
5 意見交換会が始まって15分ほど経過した頃のやりとり
この意見交換会で,岡田市長は,私と会話をしているのに,岡田市長から見て左に座っている私の方を全く見ずに,右に座っている堀越総務部長・佐藤教育部長の方や,正面に座っている長澤建設部長の方を向いて,話を進めていました。
そのため,意見交換会が始まって15分ほど経過したころ,私は「市長さん,お話をしているのは私ですから,できれば私のほうに向いていただけると,お答えもしやすいんですが」とお願いしました。私のその発言は「怒鳴った」ものでは断じてなく,全く普通の話し方でした。すると,岡田市長が,この私の発言に対して「重箱の隅」などとの表現を使って答えたため,■■■が岡田市長に対して,「でも,話をするときは人の目を見たほうがいいと思いますよ。」と諌めたのです。
被告側が主張しているような,私や■■■■,■■■が大きな声を出したり,威圧的な態度で確認したことなど一切ありませんし,■■■が大きな声で「そうでしょう」と総務部長,教育部長,建設部長の順に3回指ざしたということも全くありません。
6 参加費の徴収
意見交換会で行われた議論は,募金活動に関するもの以外は,ほぼ全てフリーマーケットの出席者からの参加費(開催分担金)の徴収に関する議論でした。
岡田市長は「ボランティアならば無償でやるべきで,参加費を徴収すべきでないとの市民の抱擁があるjとの主張を繰り返し,話は全く平行線のままでした。
この参加費の徴収に関する議論の中で,■■が,安中市全戸にチラシを毎回出しているのに2000円の徴収を知らなかった人がいるのかと質問しました。これに対して,その場で「知らなかった」と述べたのは岡田市長だけでした。長澤建設部長は知っていたと答えましたし,岡田市長の家族や長澤建設部長の家族がフリーマーケットに参加していることも,話し合いの中で触れました。
7 駐車場利用の件
(1)事実経過
意見交換会では,スポーツセンターの駐車場の利用についても議論になりました。
駐車場利用に開しては,私だちと体育館との話し合いによって,午前10時以降はフリーマーケット利用者も西側の中央駐車場への駐車が可能となっていました。 このことは意見交換会の中で私だちから説明しています。
長澤建設部長も,意見交換会の中で,「運動する人は朝一番で来るため,午前10時以降は空いていれば駐車場をフリーマーケットで使用しても良いことになっていた」という内容の発言をしていました。
また,私たちは,警備員やシルバー人材センターなどによって人員を配置し,体育館(アリーナ)利用者の妨げとならないよう努力をし現場ではスムーズであったことも説明しています。
(2)「談話」の恣意的な記載
「談話」では,「スポーツセンター中央駐車場までフリーマーケットの駐車場にするとは市は何を考えて提供しているのだ・・・と市民から抗議や苦情が来て困っているのですよ」などと市の見解が書かれて終わっていて,まるで,私たちが市側との約束をきちんと守らずに自分勝手に駐車場を使用し,周囲に迷惑をかけていたかのようです。
しかし,上に述べたような体育館との話し合いの内容や,警備員・シルバー人材センターなどを配置した努力,現場ではスムーズであったこと,など,私たちが説明したことは,「談話」に全く書かれず,岡田市長の一方的な主張だけが掲載されてしまっています。また,岡田市長の言う「市民からの抗議・苦情」の具体的な根拠すら,意見交換会では示されていません。
8 使用許可の結論の期限についてのやりとり
使用許可については,意見交換会の中で,私たちは,すでに開催までぎりぎりの伏況であることを説明し,1週間でも結論を待つことは無理であると岡田市長に明確に話しました。また,市(市長)が今日結論を出すことは無理なのかとも尋ねました。被告側は,その日以降1週間以内に結論を出すように私たちが求めた,などと主張していますが,そのようなことはありません。
一方,岡田市長も,使用許可に関する結論を1週間で出すことは無理であると明言しました。
9 その他
(1)「罵詈雑言」について
「談話」には,「罵られて罵らず,市行政は寛容の精神を持つ人を育てることを銘としています」と書かれており,まるで私たちが市長や市職員を罵ったかのようです。そして岡田市長は,この訴訟で,意見交換会終了後に私が岡田市長に「罵詈雑言」を浴びせた,などと主張しています。
しかし,これも全く事実に反しています。
意見交換会が終わる頃,岡田市長の終始不誠実な態度に対して,私たちが「説明責任を果たすべきである」等意見を述べましたが,しかし,岡田市長や市職員を「罵った」事実は全くありません。
(2)サワ井商店の件
「談話」には,「未来塾の皆さんは昨年ここ(市長室)へ何回(※)も来たんですから」などと市側が発言したように書かれていますが,岡田市長や市の職員がそのような発言をしたことはありませんでした。
加えて,談話に「※市役所北側のサワイ産業が閉鎖するので,市が跡地を買収するよう3回来庁しています(1回目,2回目は未来塾から1人で,3回目はサワイ産業社長と2人で来庁)」などと記載されていますが,有限会社サワ井商店に関しては,この意見交換会の中では一切触れられていませんし,この記載の内容も間違っていますし,読者で振る安中市民に対しても,さも,未来塾が市に不当要求をしているかのように誤解を与える悪質な名誉毀損で,不愉快極まりありません。
有限会社サワ井商店の件は未来塾や今回のフリーマーケットとは全く関係がありませんが,念のため説明しますと,サワ井商店は革製のバッグなどを作る会社で,安中市内では大きな会社でしたが,業界不振から工場を閉鎖し売却することとなっていました。工場は市役所の敷地と隣接しており,岡田市長の前任の市長も,「防災施設がないので,地続きとなるこの土地を取得したい」という意向を示していました。サワ井商店の本社は東京都台東区にありますが,同社役員の■■さんと私が親戚関係であったことから,前市長との話を,安中市民である私がつなげたのです。私は■■さんと共に岡田市長を訪れ,これまでの経緯を私が説明しました。この訪問のとき,私は未来塾代表として岡田市長を訪問したわけではありませんし,フリーマーケットの話も一切出ていません。岡田市長は,従前の経過の説明に対し,全く耳を傾けず,即座に「不動産屋に話をした方が良い」と述べるだけで,話はすぐにご破算となりました。岡田市長は準備書面の中で,この件に関して断るのに非常に苦労した,などと述べていますが,事実に全く反しています。
第6 意見交換会の録音と岡田市長の「要点筆記」
1 意見交換会の録音
私たちは,意見交換会の際,そこでのやりとりを録音してありました。筆記では,意見交換会の内容を全部正確に書き取ることはできません。私たちが正確に記録を残そうとしたのも,岡田市長が,5月の突然の文書(甲22の1)を出しておきながら第31回フリーマーケットでは出席して賞賛の挨拶をし,その後は寄付の受け取りを突然拒否し,第32回フリーマーケットの会場使用の許可をしない,などの事実が続いたため,岡田市長の態度に非常に不信感を抱かざるを得なかったからです。岡田市長のみならず,市の担当者も,それまで何度も連絡を取り合いましたが,連絡をくれなかったり,説明がなされなかったりと,不信感が募るばかりでした。この事態を心配した人たちの中には,「岡田さんと話をするときには必ず録音しておいたほうがよい。証拠を残しておかないと必ずウソでやられるから」と自己の体験を元にアドバイスしてくださる方がいらっしやいました。 このような状況で,意見交換会の内容を録音することとなったのです。
具体的には,■■■■が,自分の足下に置いてあったバッグの上部内ポケットに立てた状態のICレコーダー(甲48の1)で,一部始終を録音しました。
今回の訴訟で提出した録音そのものと反訳文(甲40)を確認いただければ,私たちが「目を見て話をしろ」と冒頭から怒鳴ったなどということを始め,岡田市長が「談話」に記載した内容が,いかに事実に反しているかが容易にお分かり頂けると思います。結果的に,この録音がなければ,私たちは真実を立証できずに,一人一人の心に一生深い傷を負ったまま生活することになっていたでしょう。
私たちは,この意見交換会を分かりやすく反訴したもの(ただし甲40号証そのものではありません)を,安中市議会議長の土屋弘氏と,フリーマーケットの支援者数名に対し,真実を知ってもらうために,平成20年1月頃に手渡しました。
2 「要点筆記」
岡田市長は,意見交換会の際,表紙が黒色の手帳(おそらく,縦12センチメートル,横10センチメートル程度の大きさドを,ソファー机の上に置いたり,自身の膝の上に置いたりして,ほんの数回程度,単語程度の短いものをメモしていただけでした。それも,メモをとっていたのは,最初の募金活勣についての話が終わるころまででした。
岡田市長は「要点筆記」に基づいて「談話」を作成したなどと主張していますが,その重要な「要点筆記」を,私たちがこの訴訟を提起した後も,文書提出命令を申し立てるまで出そうとしませんでした。そして,ようやく提出された「要点筆記」(丙17)を見て,ただ呆れる他ありませんでした。「要点筆記」と言いながら分量はとても多く,意見交換会の最中にこのような記録を岡田市長や市の職員が行ってはいませんでした。実際のやりとりと紬かい部分まで大部分が一致したこの「要点筆記」を,意見交換会の最中に自分が話しながら作成することはできませんし,また,意見交換会の直後であっても作成することは到底不可能です。岡田市長は,市側も隠れて録音したものか,あるいは何らかの方法で入手した録音の反訳をもとに,自分の都合の悪い部分だけを改変して丙17号証を「談話」の根拠となる「要点筆記」を,後日になって偽造・偽装していることは,誰でも一見して明らかです。裁判という厳格な場でもこのような卑劣なことをする岡田市長の見識を疑います。
3 市職員も議事録等を作成していなかったこと
また,意見交換会に出席した市職員が,議事録等を一切作成していなかったことも,驚きを禁じ得ません。行政機関は細かなことでも文書で記録を残すのが通常であることは私たちが指摘するまでもありません。実際,この訴訟でも,市の内部文書がいくつか証拠で提出されていますが,このような文書があるのに,肝心の意見交換会の議事録がないということが理解できません。そして,議事録も残さず,その上,私たちに確認もせず,「談話」の内容に間違いがなかったなどと主張を続けることにも,強い憤りを感じます。
第7 第32回フリーマーケット開催の断念
1 結論を1週間待つことは無理と当方が伝えたこと私たちの開催しているフリーマーケットは,規模の大きさから,準備をするのに約3ケ月を要します。関係者も多数に及び,事前説明会なども行う必要があります。開催を断念するか否かの最終的な判断を行い,関係者に通知するのには,意見交換会の時点ですでに限界に近い状態でした。
そのため,先ほど述べたとおり,使用許可の結論を待つことは1週間でも無理だと,私たちは岡田市長に明確に言いました。
被告側は,私たちが「1週間以内に結論を出すよう求めた」などと主張していましたが,そのような事実はありません。
2 岡田市長が結論を1週間で出すことは無理と明言したこと
他方,岡田市長も,使用許可に関する結論を1週間で出すことは無理であると明言しました。
市から数日中に確実に回答が見込めたのであればともかく,岡田市長からは「結論を1週間で出すことは無理」と明言された以上,私たちは,フリーマーケットの開催は絶望的と判断せざるを得ませんでした。
3 開催の断念とその後の市からの連絡
私たちは,一線の望みをかけ,意見交換会の翌日も安中市からの回答を待ちましたが,やはり安中市(市長)からは会場の使用許可が出されませんでした。
そのため,私たちは,やむをえず,9月11日夜に緊急会議を持った末,第32回のフリーマーケットの開催を断念し,翌12日に関係者に連絡したのです。
ところが,その後の同月14日午前9時ころ,長澤建設部長から私に開催許可の電話がありました。岡田市長は自ら「1週間で出すことは無理」と明言しておきながら,私たちがフリーマーケット開催を祈念した後である,意見交換会から4日後に結論を通知してきたのです。
4 「談話」の記載の誤り
岡田市長が掲載した「談話」には,「3.安中市から回答した日:平成19年9月13日午前8時30分誠意を持って許可する旨回答した」と書かれていますが,連絡は14日午前9時ころの誤りですし,どちらにしても,すでに開催準備の関係では遅すぎであることには変わりなく,また,「結論を1週間で 出すことは無理」と明言した岡田市長の言動と矛盾していることには代わりありません。
また,「談話」には,「4.フリーマーケット開催予定日」の項目に「市の回答から44日間もある」などと,さも,準備期間が十分にあり,フリーマーケット開催を断念したのが私たちにやる気がないからであるかのような記載がなされています。しかし,先ほど述べたように準備には3か月を要するものであるうえ,意見交換会の時点で準備期間が限界であったのにもかかわらず岡田市長が結論を1週間で出すことは無理と明言していた以上,開催の断念は,私たちに原因があるのではなく,市長の言動に原因があることは明らかです。
第8 市長による「談話」の掲載
私たちは,市長の「談話」の記事の掲載について事前に市や市長から知らされていませんでした。また,市や市長から,その記事の内容が正確であるかどうかについても,全く事前に確認されませんでした。今まで,安中市の広報誌にフリーマーケットの開催の記事が毎回掲載されていましたが,写真に付ける2,3行のコメントでさえ,市の職員が事前に見本を持参し,確認をしていました(例えば甲53)。それなのになぜ,今回のような重要なテーマで,しかも公正に市民に伝えなければならないはずの内容が,私たちに確認されなかったのでしょうか。
私は,意見交換会において私たちが不誠実な態度をとり,あたかも不正なボランティア活動に従事しているかのような内容の記事を読んで,事実と全く違う内容で書かれていることに衝撃を受け,怒りを覚えました。そして,この信じがたい内容の記事が,市の広報紙として,市内全戸2万3千世帯に配布されていることに愕然としました。
私は,この記事が掲載されて以降,周囲の人から「いつもニコニコしているけれど,あんな人だとは思わなかった」「松本さん,不動産業もやっているんだって?」と言われたりしました。「2000円とってんだから金儲けと一緒だ」「露天商と同じだ,公共の施設を使うな」「ボランティアだったらゴミでも拾ってろ」等,「談話」の内容を鵜呑みにした誤解に基づく抗議や,「悪い未来塾はぶっつぶしてやる」と脅しのような電話も受けました。そして,いつも挨拶等声を掛けてくれる人が私に声を掛けなくなるなど,私に対する態度の変化を感じました。
2年が経とうとしている今でさえ,「やっぱり金儲けしているから会場を貸してもらえないんだよね」などとも言われています。「役所のお知らせ版だから間違いないよね」と,市の広報を信頼し,事実と違う内容を信じてしまっている人もいます。
私は,このような一方的な仕打ちを受け,これに対して為す術もないまま,誤解を解くことができない伏態に,とても苦しく悲しい思いをし,体調を崩してしまいました。それまでも狭心症の予防薬を飲んでいましたが,今回の事件をきっかけにストレス性の動悸や不整脈を抑える薬も飲むようになり,今でも時々飲んでいます。
第9 その後も続<市長による名誉毀損等
1 地区別懇談会での名誉毀損
その後,平成20年2月6日から,岡田市長は市内8会場で行われた地区別懇談会でも,私たちの名誉毀損行為を平然と繰り返しました。
具体的には,「談話」の内容が全く真実であるとして,私たちが「目を見て話をしろ」と冒頭から怒鳴りつけたと発言したことをはじめ,「9月13日午前8時30分に建設部長が代表に会って誠意を持って口頭で(会場の使用を)許可したのに,44日間もあるのに(フリーマーケットを)やらないのは,やる気がないからだ。行政には,全く落ち度がない」「(未来塾は)一体良心がどこにあるんだ。常識と節度がどこにあるのか」などとあちこちの会場で声高に言っています。
また,「公園条例で決められている手数料を未来塾は払っていない。手数料は免除できるが,私は免除していない」などとも発言しており,まるで私たちがこれまで勝手に会場を使用してきたといわんばかりです。
そして,「団地や民家に近い所でのフリーマーケットの開催は,弱者に対して配慮や心遣いに大いに欠ける。配慮できない団体は市民的信頼を受けるのにはほど遠い」「フリーマーケットの松本立家さんを中心としたそのグループの皆さんは,国民的英雄気取りの亀田家と同じだ」などと言い切りました。
私たちが意見交換会の際に,フリーマーケットで様々な工夫や改善をし,トラブルなく非常にスムーズに行われていることを説明したのにもかかわらず,このように一方的に一市民団体を誤診中傷することは,行政のトップとして許されることではありません。
2 会場使用について
(1)私たちは,その次の春のフリーマーケット開催について,平成20年2月18日午前10時に長澤建設部長と会って話し合いを行う約束になっていたのですが,同月15日に長澤さんから会えないと連絡が入りました。
(2)そして,同月20日,長澤さんは,市長の文書(甲27)を私のところヘ持参してきました。 この「フリーマーケット開催会場について」と題された文書では,「今後のフリーマーケットの開催は西毛運動公園広場を使用されたくご要請を申し上げます」などと書かれていました。この公園の広場は,私たちが16年前にフリーマーケットを開催した当時の,70区画しか取れない小規模な会場です。岡田市長が,話し合いもせずに一方的にこのような文書を出すのは,フリーマーケットを妨害する悪質な嫌がらせというほかありません。
(3)岡田市長の文書では,会場を米山公園等ではなく西毛運動公園広場を使用すべきとする理由として,「拡声器等による夜間勤務明けの方や病弱者・乳幼児の安眠支障への配慮が肝要と思慮します」などと書いてあります。
しかし,そのような話は,それまで一切出てきていませんでした。意見交換会の場ですら,そのような話は出ていません。岡田市長は,このように,フリーマーケットを妨害するための理由を次々と変遷させてきました。
実際には,むしろ,当該会場周辺の方々から,「迷惑はない」「もっとやってほしかった」との声が上がっていましたし,テレビ局の取材を受けてそのように回答された方々もいました。
私たちは,平成15年ころに米山公民館が新築された後,毎年秋に,公園周辺にお住まいの方々に対する協力費として5000円を,■■■■■の■■■■さんのご自宅を訪れ,手渡していました。もし周辺にお住まいの方々から苦情があったならば,そのような時に■■さんからお話があったはずです。しかし,そのような苦情は一度も聞いたことがありませんで
した。
むしろ,今回の一件が起きて以降,行政のやり方に関する抗議やフリーマーケット再開を望むたくさんの電話が市にあったはずですが,岡田市長は自分自身は直接聞いていないなどと言い切っています。
私は,平成20年8月18日,山下弁護士と共に,テレビで上記の発言をし■■■の■■さんのご自宅を訪れ,テレビで発言した内容に誤りのないことを確認して,陳迷妄作成のご協力をお願いしました。■■さんは,内容に誤りはないが,陳述書の作成は検討させてほしい,と仰ったので,後日改めて私が御連絡を差し上げることとなりました。しかし,その後,どのような心境の変化かわかりませんが,陳述書の作成は遠慮したいとのご回答でした。岡田市長は,■■さんのご自宅に私たちが伺ったのが平成20年3月末ころと主張していますが,私たちが山下弁護士に初めて会ったのが平成20年6月のことですので,その年の3月に山下弁護士と一緒に■■さんのところに伺うことなど不可能です。
3 この訴訟での態度
岡田市長は,この訴訟でも,次から次へとウソを言い続けています。答弁書も準備書面も,ねつ造されたウソの文章で埋め尽くされていました。ウソを言い続ける岡田市長は,行政のトップとしての資質を問われる以前に,人間として許し難いというほかありません。
また,被告安中市も,3名の部長の陳述書を提出しましたが,部長という立場で正しい行政運営を行うべき立場の人間が,岡田市長と同様に,事実に反したウソの文章を平然と法の場に提出しました。岡田市長から相当な圧力を受け,保身のために書いたとしか考えられません。長澤部長は,「談話」に代わる文章を事前に作成し,それを掲載する予定であったのに,岡田市長から止められたと述べています(実際の文章を未来塾の■■■が長澤部長から見せられていますし,平成20年2月20日にも私に対してそのように話していました)。その長澤部長は,「岡田市長に忠実でなければ,クビにされてしまう」「私と松本さんが一番の被害者ですよ」と何度も繰り返し言っていました。本来,市民の生活を守るべき行政が,市民を守らず,間違いをおかした上司を擁護する姿勢は,絶対にあってはならないことだと考えます。
そのうえ,岡田市長は,90頁にもわたる「要点筆記」(丙7)を平然と裁判所に提出しました。私たちが事実を伝えるために関係者に配布した意見交換会のテープ起こしを分かりやすく反訳したものど内容が大部分一致しており,岡田市長にとって不利な部分は削除され,都合のよいように書き加えられ,ねつ造されたものでした。また,岡田市長は,「要点筆記」を要約して「談話」を作成したというのに,その「要点筆記」に書かれていないことがて談話」に香かれていることにも驚きました。
挙げ句の呆てには,ICレコーダーに録音されている紛れもない真実に対して,被告側は全く何の根拠も示すことなく,私たちが都合の良いように編集・加工したものだなどと平気で主張しました。あの意見交換会でのやりとりを,一体どうやってあのように編集することができるというのでしょうか。被告らの良識を疑うような訴訟態度には,ただただ呆れるばかりです。
第10 おわりに
冒頭でも述べましたように,私たちのボランティア活動は,30数年前に一人の聴覚障がい者に出会ったことから始まりました。今でこそ,手話を使っていても珍しいことではありませんが,その頃は,手話人口の少なさから「特別なもの」として扱われ,何一つとっても簡単に出来ることなどありませんでした。
また,「ボランティア」も奉仕性が強く,時間や金銭的に余裕のある特別な人が行うもので,一般市民,ましてや20歳そこそこの学生や若者が行う事ではない風潮がありました。新しい活動がなかなか受け入れられない地域でもあり,時代でもありました。
私たちは活動を続けてゆく中で,自分たちの住む地域の在り方や「ボランティア」について真剣に考えた結果,そこに住む人の意識や考え方が変わらなくては,どのような事でも問題解決にはならないということを痛切に感じ,「地域づくり団体未来塾」を設立し,ひとりひとりが自主的,自発的にボランティアを行い,住みよい環境づくりを目指したのです。
そして,その一つの手段として地域活性化イベント「フリーマーケットinあんなか」を企画,開催しました。この催しに多くの人たちに積極的に参加してもらい,「自分たちの住む街を自分たちの手で良ぐしていく」楽しさや必要性を感じてもらうことにより,そのエネルギーが地域を変え,社会を変えることにつながるという事を,共に体験したいと思いました。
そして,30年余りの地道な活動によって,やっと色々なことが少しづつ変化し,それが安中の街の活性化や市民ひとりひとりの「街づくり」の意識向上につながってゆきました。
私たちは,露天商でもなければ,イベント屋でもありません。純粋に「より良い地域づくり」に取り組んできたのです。そして,それは活動を続けることによりひとりひとりが築き上げてきた誇りと信頼でもあったのです。
しかし,公権力が市民に圧力をかけて人権を侵害するという,あってはならない事が起こり,私や未来塾メンバーの誰もが,愕然としました。公的な広報誌に掲載された事柄は,たとえそれがねつ造されたウソの文章であっても,真実として伝わってゆく現実に,私たちは,なすすべがありませんでした。
今回の出来事によって私たちが失った社会的信用や信頼は計り知れません。考えれば考えるほど,このままでは終われない。真実を伝えなければならない。人が人として幸せに生きる権利を取り戻し,「安中の地域づくり」に関わった人,全ての名誉回復をしなければならないと強く思いました。
そこで,公権力の圧力に対し,弱い立場にある私たちは,法的手段をもって事実を明らかにすることを選択しました。私たちのみならず,全国各地で活躍している市民団体,そしてこれから活動を始めたいと思うひとりひとりのために,何もしないで,負けるわけにはいかないのです。そして未来を担う子どもたちのためにも,真実が権力によって歪められた歴史を創ってはならないのです。
本来守るべき市民に対し,弱いものいじめをする。一市民団体を陥れようとする市長の一連の行動は,けして許されるものではありません。また,事実関係を公正かつ真摯に確認すべきであったのにもかかわらず,それを怠った安中市の責任も重大です。
第1回口頭弁論期日で述べさせていただいた通り,今回の問題は,人として幸せに生きる権利とは何か,ボランティアとは何か,地域活性化のための行政と市民との協働はどうあるべきかという本質的な問題を背景としており,この訴訟を通して,正常な行政を安中市に回復させる重要な意義があります。
失われた信用を早期に回復し,これからもより多くの皆さんと一緒に「元気な街づくり」を目指して,活動を続けたいと思っています。
裁判官の方々には,真実を見極めてくださり,正義にかなった判断をしてくださいますよう,お願い申し上げます。
以上
**********
【ひらく会情報部・第8ラウンド(その2)に続く】
第8ラウンドでは、来るべき証人尋問に備えて、双方から関係当事者の陳述書が提出されましたが、今回も一歩早く動いたのは原告の未来塾でした。陳述書は未来塾の松本代表とメンバー2名から提出されました。とくに未来塾代表の陳述書は本文が26ページに及ぶ大作です。
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【訴訟書類送付書】
送付日時 平成21年10月30日
送付先 前橋地方裁判所 高崎支部 合議2係 御中(027-326-0136)
被告 岡田義弘 殿(027-382-2061)
被告 安中市 御中(027-381-0503)
事件番号 平成20年(ワ)第492号 損害賠償等請求事件
当事者 原告 松本立家 外1名
被告 岡田義弘 外1名
次回期日 平成21年11月12日 午前10時30分
送付者 〒170-0013東京都豊島区東池袋1-34-5 池袋SIAビル2階
弁護士法人東京パブリック法律事務所 TEL:03-5979 -2900 FAX:03-5979-2892
上記原告ら訴訟代理人 弁護士 山下敏雅
送付書面 ■証拠説明書 1通
■甲号証(50ないし53) 各1通
通信欄 上記書類をご送付致しますので、よろしくご査収下さいますよう、お願い致します。
なお、本書面を以て、正式書面と致します。(送付枚数:本書を含め計49枚)
【証拠説明書】
平成20年(ワ)第492号 損害賠償等請求事件
原告 松本立家 外1名
被告 岡田義弘 外1名
証拠説明書
平成21年10月30日
前橋地方裁判所 高崎支部 合議2係 御中
原告ら訴訟代理人 弁護士 山下敏雅
号証/標目/作成年月日/作成者/立証趣旨
甲50/陳述書・原本/平成21年10月30日/原告松本立家/本件原告主張事実全般
甲51/同上・原本/同上/■■■■/同上
甲52/同上・原本/同上/■■■■■/同上
甲53/「広報あんなか」2004年7月・写し/平成16年7月/被告安中市/「広報あんなか」におけるフリーマーケットに関する記事
甲53の2/同2005年7月号・写し/平成17年7月/同上/同上
甲53の3/同2005年12月号・写し/平成17年12月/同上/同上
【甲第50号証】
陳 述 書
前橋地方裁判所高崎文部合議2係 御中
平成21年10月30日
住所 ■■■■■■■■■■■■■
氏名 松本立家㊞
目 次
第1 はじめに ……………………………………………………………4
第2 自己紹介及び未来塾について ……………………………………4
第3 これまで行われてきたフリーマーケットについて ……………5
1 フリーマーケットの概要 …………………………………………5
2 参加費(開催分担金)の受領 ……………………………………6
3 安中市・市長からの会場の使用許可 ……………………………7
4 寄付金の受渡し ……………………………………………………7
5 フリーマーケット内での募金活動 ………………………………8
第4 第31回開催時の市とのやりとりと第32回の中止 …………8
1 第31回フリーマーケットの際に発行された文書 ……………8
2 第31回フリーマーケットの寄付金の受領許否 ………………9
3 第32回フリーマーケットの公園使用許可申請の不受理 ……10
4 意見交換会開催までの経緯 ………………………………………10
第5 意見交換会での出来事 ……………………………………………11
1 意見交換会開始前 …………………………………………………11
2 意見交換会の開始 …………………………………………………12
(1)事実経過 ………………………………………………………12
(2)被告側の主張の誤り …………………………………………13
3 意見交換会の冒頭 …………………………………………………13
(1)事実経過 ………………………………………………………13
(2)「談話」の内容や被告側主張の誤り …………………………13
4 募金活動に関する議論 ……………………………………………14
(1)事実経過 ………………………………………………………14
(2)「談話」の内容の誤り …………………………………………14
5 意見交換会が始まって15分ほど経過した頃のやりとり ……15
6 参加費の徴収 ‥・…………………………………………………16
7 駐車場利用の件 ……………………………………………………16
(1)事実経過 ………………………………………………………16
(2)「談話」の恣意的な記載…………………………………………17
8 使用許可の結論の期限についてのやりとり ……………………17
9 その他 ………………………………………………………………18
(1)「罵詈雑言」………………………………………………………18
(2)サワ井商店の件 ………………………………………………18
第6 意見交換会の録音と岡田市長の「要点筆記」 …………………19
1 意見交換会の録音 …………………………………………………19
2 「要点筆記」 ………………………………………………………20
3 市職員も議事録等を作成していなかったこと …………………21
第7 第32回フリーマーケット開催の断念 …………………………21
1 結論を1週間待つことは無理と当方が伝えたこと ……………21
2 岡田市長が結論を1週間で出すことは無理と明言したこと …22
3 開催の断念とその後の市からの連絡 …………………………22
4 「談話」の記載の誤り ……………………………………………22
第8 市長による「談話」の掲載 ………………………………………23
第9 その後も続く市長による名誉毀損等 ……………………………24
1 地区別懇談会での名誉毀損 ……………………………-‥……24
2 会場使用について …………………………………………………25
3 この訴訟での態度 …………………………………………………26
第10 おわりに …………………………………………………………28
第1 はじめに
安中市の広報「おしらせ版あんなか」の,第41号(平成19年12月21日付)にある,岡田義弘市長が書いた「談話」の記事を読んだときから,もうすぐ2年になろうとしていますが,私は,その時の思いを,今日まで一日として忘れたことはありません。驚き,悲しみ,怒りが交錯した,あの日の事が鮮明に思い出され,今でも胸が締め付けられます。
その記事には,後で詳しくお話する,私たちが16年間にわたってボランティアで行ってきた「地域活性化イベント フリーマーケットinあんなか」について,平成19年9月10日に,岡田市長を含む安中市職員らと私たち未来塾運営委員とでもった「意見交換会」の内容が記されていたのですが,私どもが市関係者に対して「目を見て話をしろ」と冒頭から怒鳴ったかのような記載をはじめとして,事実と異なる内容や,恣意的にまとめられた内容にあふれたものでした。
私どもが,まるで何か不正な活動を行っていたり,市との話し合いの場でも暴力団のように不誠実な態度をとったかのように書かれていたのです。
フリーマーケットの会場の使用が岡田市長から許可されなかった経緯自体,非常に理不尽であったうえ,そのことについて市と話し合った内容が,市の長によって,虚偽と悪意に満ちた記事になり,すべての市民に必要な行政情報を知らせるための市の広報という媒体を用いて安中市内の約2万3000戸の全戸に配布され,地域のために長年尽力してきた一市民・一団体を貶める記事が掲載されたことに,強い憤りを禁じ得ません。
以下,詳しくお話しします。
第2 自己紹介及び未未塾について
私は,30数年前,一人の聴覚障がい者と出会ったことがきっかけで,ボランティア活動を始めました。
私は,平成元年10月1日に,「地域づくり団体未来塾」(以下,「未来塾」といいます)を設立し,現在に至るまで,未来塾の代表をしています。
未来塾は,10代から70代までの多くの会員に支えられ,「元気な地域の創造」を目指してきました。16年間合計31回を数える「フリーマーケットinあんなか」(以下「フリーマーケット」といいます)の開催,バザー「もったいない市」の収益金から安中市や社会福祉協議会への寄付,里山の自然を取り戻す環境保護活動,小学校のビオガーデン整備などの自然保護活動などを行ってきました。未来塾は,これまでに多くの賞をいただき,安中市民をはじめ外部の皆様からその活動を評価していただいてきました。
私自身も,平成16年5月3日に,群馬県から,群馬県総合表彰「地域づくり功労賞」をいただいております。
第3 これまで行われてきたフリーマーケットについて
1 フリーマーケットの概要
未来塾は,安中市青年団連合団(その後の「地域創造集団楽舎」)と共催で,平成4年5月31日から,年に2回,地域活性化と環境を考える文化イベントとして,このフリーマーケットを開催してきました。
リサイクル,リユース問題と合わせ,集うことの楽しさ,素晴らしさを感じ,市民ひとりひとりが主役で元気になれるお祭りとして始まりました。当初は「フリーマーケット」という言葉すら一般的には知られていない状況の中,出店者や来場者を集めるのに大変苦労しましたが,続けることで環境問題や地域づくりに対する認識が高まり,徐々に大きな催しへと成長していきました。
フリーマーケットは,当初,西毛運動公園広場を会場とし,区画数70で始まりました。その後,会場を米山公園に移し,市民の方々から好評をいただいて徐々に規模が大きくなり,平成16年5月30日の第25回からは,会場を米山公園と安中市スポーツセンターの2つを利用し,区画数も400に増えました。
フリーマーケットには,毎回,市内外を問わず多くの方々が来てくださいます。当日の来場者数は1万5000人以上,今までの出店者延べ6970組,来場者数40万人,ステージ発表3 10組にも及ぶ規模にまでなり,「北関東開東 最大級のフリーマーケット」と呼ばれ,全国に安中を発信しつづけていました。
また,これまでに他地域の行政や商工会,自主サークル等が視察に訪れ,安中のフリーマーケットのノウハウを学び,地元で独自の取り組みに繋げています(例えば,富岡市商工青年部主催「もみじ平フェスティバル・フリーマーケット」や,高崎市主催「高崎スプリングフェスティバル・フリーマーケット」)。
フリーマーケット当日は,手作り品,リユース品,地元野菜,手作り食品等が,地域の子ども会,スポーツクラブ,趣味の会,各種ボランティア団体,商工会,家族や友人グループ等により出店され,個性あふれるお店が並びます。
また,単に売り買いだけでなく,特設ステージや公園の広場を利用し,各種コンサート,団体・サークル発表,子ども広場,おもちやの病院,野点,県との共催事業等を行い,小さな子どもからお年寄りまでが一日,安心してゆっくり楽しむことができます。
また,このフリーマーケットの特徴として,毎回,この取り組みには小学生から70代までのボランティアスタッフ約150人が世代を超えて一つの目標に向かって活動します。ほとんどの準備を手作りで行い,最近では少なくなった,世代を超えた交流が行われていました。また,昨今の不況下において,ますます「リユース活動」が注目されており,フリーマーケットの再開を望む多くの声を聞いています。
2 参加費(開催分担金)の受領
未来塾は,フリーマーケットの出店者から,1区画あたり2000円,企業参加の場合は1万円を,参加費(開催分担金)として受領してきました。
フリーマーケットは2つの会場を使用し,参加者・来場者も大変多いため,広告宣伝費,会場整備費,シヤトルバス代など,毎回経費が多額に上ります。
そのため,出店者から集める参加費(開催分担金)は,これらの経費に宛てるために必要最低限のものであり,毎回事前説明会で説明し了承を得たうえで,受け取ってきました。
この参加費(開催分担金)を集めても,フリーマーケットの収支はマイナスで,利益は全く生じません。その赤字分は,当日に未来塾が出店する売店の売り上げや,私たちの持ち出しで,補填をしていました。
3 安中市・市長からの会場の使用許可
フリーマーケットの会場となる2つの施設については,事前に安中市(市長)から許可を得ていました。
米山公園は,条例の規定に基づいて,安中市・市長から公園使用許可を得,その利用料を免除されてきました。公園使用許可の申請書は,事前に必要事項を記入したものを,市の建設部都市整備課に提出します。米山公園を使用するイベントはこのフリーマーケット以外にはありませんので,これまで私どもが申請書を提出すれば,即時その場で許可証が手渡されるか,遅くとも数日中には許可証が交付されていました。
また,スポーツセンターは,センターに直接,使用の申請を行っていました(広場の利用料について特段の定めはありません)。また,フリーマーケット当日のスポーツセンター駐車場には,警備員やシルバー人材センターなどによって人員を配置し,体育館(アリーナ)利用者の妨げとならないよう努めていましたし,現場では特段の混乱は生じていませんでした。
また,体育館との話し合いにより,午前10時以降はフリーマーケット利用者も西側の中央駐車場への駐車が可能となっていました。
4 寄付金の受渡し
未来塾は,フリーマーケット内で,自らもバザー「もったいない市」を行ってきました。これは,リユース推進活動の一環として,市民の皆さんから寄付されたバザー品を販売し,その収益を安中市や安中市社協に寄付すること,また,様々な自然保護活動に充てることを目的として行ってきたものです。
フリーマーケット終了後に,後日,未来塾・安中市・安中市社協の3者が安中市役所に集まり,寄付金の受渡しが行われるのが慣例となっていました。
未来塾はこれまで30回,累計で300万円と車椅子4台を寄付してきました(第31回目の寄付は,市から拒否されたため,市民の善意は届いていません)。
5 フリーマーケット内での募金活動
フリーマーケット内で,様々な目的のための募金活動が行われることが,しばしばありました。
募金活動は,未来塾が主体となって行われることもあれば,未来塾以外のグループが行うこともありました。
第12回(平成9年11月2日)及び第14回(平成10年10月18日)開催のプリーマーケットでは,「ちびくろ関東ネット群馬支部」の■■■■さんが,阪神淡路大震災に関する募金活動を行いました。
第26回(平成16年10月31日)開催のフリーマーケットでは,未来塾が,新潟県中越地震災害に開する募金を行い,日本赤十字社群馬支部を通して寄付を行いました。
また,ここ数年は,毎年,秋のフリーマーケットにおいて,岡田市長を会長とする群馬県共同募全会安中交会が,赤い羽根共同募金を行っていました。
第4 第31回開催時の市とのやりとりと第32回の中止
1 第31回フリーマーケットの際に発行された文書
第31回フリーマーケットは,平成19年6月3日に開催されました。ところが,開催日の約10日前である同年5月22日,突然,私のもとに,安中市の建設部長及び教育部長名義で,「出店料及び,その他の徴収についても自粛していただき,真のボランテァ活動にて運営下さるよう,お願い申し上げます」との文書(甲22の1)が郵送されてきました。
私は,この文書の内容の意味がわからなかったので,その日の午後に,文書に名前のある長澤建設部長に対して問い合わせをしました。しかし,建設部長の回答は「私たちが書いた文書ではなく困っている。これは市長が自ら行った事である」というものでした。
私は,岡田市長からの説明を求めましたが,その後岡田市長からは特に連絡はありませんでしたし,後日連絡をすると約束してくださった長澤部長からも,何の連絡もありませんでした。
第31回フリーマーケット自体は,予定通り開催されました。このフリーマーケットには,参加予定のなかった岡田市長が急濾参加し,会場のステージで行われた朝のオープニングセレモニーで,「安中のフリーマーケットにようこそおいで下さいました」「未来塾のこのような活動はすばらしい」という趣旨の挨拶のスピーチをしました。
2 第31回フリーマーケットの寄付金の受領拒否
平成19年7月2日午後2時,例年通り,安中市役所において,未来塾のフリーマーケット内のバザーでの収益から安中市,安中市社協への寄付金の受け渡しが行われる予定になっていました。
ところが,当日の午前9時ころ,突然安中市秘書課長から私宛に,「寄付金の受取りはできない。理由は以前送った文書の通りである。公共の施設で2000円を徴収しているようなイベントの寄付は受けられない」という内容の連絡が入りました。
私は岡田市長からの説明を求めるため,合計3回(秘書課に1回,長澤部長に2回),連絡を取りました。しかし,寄付の予定の時間になっても市長や市から連絡がなかったため,予定されていた時間に出掛けることができず,寄付を行うことができませんでした。
3 第32回フリーマーケットの公園使用許可申請の不受理
平成19年8月,未来塾の■■■である■■■■が,平成19年10月28日に予定していた第32回のフリーマーケット開催のため,安中市(市長)に対し,米山公園の公園使用許可申請を行うため,安中市より指定された申請用紙に事前に必要事項を書き込み,安中市建設部都市整備課に持参しました。
しかし,建設部都市整備課からは「受けられない」とその場で許可申請書が返却されました。
市が申請書を受け取らない理由について,被告側が主張するような,「フリーマーケットの運営上の疑問から,使用許可についてその場で回答できないので検討させてもらいたい」などの説明は一切ありませんでした。また,使用料減免や募金について申請書を必要とするとの説明や,申請書の提出を促すようなことも一切ありませんでした。岡田氏が市長に就任して以降,第29回から第31回までの3回に関しても,同様の方法で何の問題もなく申請が受理され,使用許可が下りていました。
4 意見交換会開催までの経緯
私たちは,市長や市に対して,何度も説明を求めました。私たちが説明をして欲しいと求めたのは,5月21日付けの文書(甲22の1)についてと,7月2日の突然の寄付受取り拒否と,そして,秋のフリーマーケットの会場使用の許可が理由もなく下りなかったこと,の3点でした。
しかし,再三,私たちが説明を求めたのにもかかわらず,長澤部長から「その件について市長からは説明はしない」と言われ,私たちはどうにもしようがない状態になっていました。
そして,市側からようやく「意見交換会」という形での話し合いの場が提案されましたが,私だちとしては,「意見の交換」というよりも,まず前述の3点についての説明が市長や市からあるべきだと考えていたので,「次第」に項日を入れることを求めたのです。
意見交換会は,9月7日か9月10日に予定されたため,私たちは早い方の9月7日を要望していました。しかし,最終的に市の意向により9月10日に決まり,9月10目午後5時から,安中市役所にて話し合いがもたれることとなりました。
第5 意見交換会での出来事
1 意見交換会開始前
私たちは,市から意見交換会のテーマを記載した文書を事前にいただきたいと要望し,市から「未来塾と市による意見交換会次第」(甲24の2)を受け取りましたが,市から説明をしてもらいたい項目の一つである5月21日付けの文書(甲22の1)がテーマに入っていなかったため,9月7日(金)に,市にこの項目も入れてもらうよう連絡をしました。市からは折り返し連絡をもらうことになっていました。
ところが,土日を挾んだ翌月曜日の10日,意見交換会当日になっても市から連絡はなく,私は午前10時すぎ,12時半,午後3時ころの3回,市に電話をかけましたが,長澤部長からは連絡がありませんでした。やむなく連絡が取れないまま,私たちは市役所に向けて出発し,午後5時の5分前ころに到着して,受付の方に来庁した旨を伝えました。受付で「ロビーでお待ち下さい」と言われたので,ロビーで給茶器のお茶を頂きながら意見交換会の開始を待ちましたが,ずいぷんと待っている間に市民課の奥の電気は消され,職員が次々と帰り支度を行い,窓の外を駐車場へ向かう職員の姿が見られました。
そうこうしているうちに,午後5時25分ころ,長澤部長が2階から下りてきました。長澤部長は,意見交換会の開始が遅れている理由を,台風の関係で決算特別委員会と県議団の台風被害視察が行われていたためだと説明しました。私たちは労をねぎらい,そして,7日にお願いしていた話し合いのテーマの件を確認し,15分程度待ったところ,5月21日付の文書の件も話し合いの項目として入ることになったので(甲24の3),長澤部長の案内で2階ヘと上がりました。秘書課へ続く廊下は灯りが消され,庁舎内は静かでした。
私たちは,秘書課のドアから「どうもお世話になります」と職員に挨拶をしながら,私,■■■,■の順に市長室に入りました。そして,指示された場所に,会釈をしながら順番に座りました。その後,秘書課の女性の方がお茶を出して下さいました。
岡田市長は,意見交換会が始まる前の様子を,私たちが「苛立った表情で無言のまま座った」とか,「冒頭から険悪な重い雰囲気だった」などと主張していますが,そのようなことは全くありませんでした。私たちは,意見交換会が開催されたことについて,むしろ皆,ほっとした気持ちでした。
2 意見交換会の開始
(1)事実経過
意見交換会は,予定より1時間遅れた午後6時ころから始まり,午後8時頃まで行われました。安中市側は,岡田市長のほかに,総務部長,建設部長,教育部長が出席し,未来塾側は,■■■■,■■■■,■■■■の■■■そして代表の私が出席しました。
意見交換会の開始が約1時間遅れていますが,これは,当日,県議会による台風被害の現地視察や,議会での決算委員会などが行われたためだと市から改めて説明があり,岡田市長や長澤建設部長は私たちに対し,意見交換会開始直前に詫びました。まず,岡田市長が「どうも待たせてすいません」と発言し,その後,長澤建設部長が意見交換会開始の遅れを詫びた際に,雨の中現地視察に行っていたことを説明しました。私たちもそれに対して,「どうもどうも」「ご苦労様です」と労をねぎらいました。
(2)被告側の主張の誤り
被告側は,意見交換会の開始が遅れたことについてすら,私たちが「フリーマーケツトの運営について」の文書(甲22の1)を明確に議題にするようにと1時間20分余りにわたって自己主張を展開し続けたために遅れた,などと当初主張していましたが,全く達います。すでに述べた通り,「通達文書について」という項目の入った甲23号証の3ができるまで約15分程度の時間はありましたが,意見交換会が約1時間も遅れた理由は,私たちが「自己主張を展開し続けた」からではありません。
被告側が,この訴訟の中ですら,私たちが話し合いに際して不誠実な態度を示す者・団体であるかのように主張していることに,強い憤りを覚えます。
3 意見交換会の冒頭
(1)事実経過
意見交換会は,長澤建設部長の挨拶から,出席者の簡単な自己紹介,市長の挨拶,私の挨拶と続き,本題に入りました。次にお話しするように,意見交換会は,まず最初の約15分担度,募金活動に開する議論がありました。
(2)「談話」の内容や被告側主張の誤り
「談話」には,市側が「確認をさせていただきたい」と述べた直後に未来塾側が「目を見て話をしろ」と「冒頭から怒鳴った」と記載されており,また,岡田市長は,この訴訟の中で,「確認させていただきたい」と述べたのは意見交換会の開始が遅れたことの説明を求めるためだったなどと主張しています。
しかし,「談話」の記載内容も,岡田市長の説明も,全く事実と異なります。
私たちが目を見て話をしろと冒頭から怒鳴った事実は,―切ありません。
また,先ほど述べた通り,意見交換会の開始が遅れた理由は,長澤建設部長が,開始前のロビーにおいてと,意見交換会開始時の2度にわたって私たちに説明していますし,私たちがこの日に甲22の1の文書についてこだわったために遅れたのではありませんから,岡田市長が「確認させていただきたい」と述べた理由が,意見交換会開始が遅れた理由の説明を求めるためだったはずがありません。実際,岡田市長が「確認をさせていただきたい」と発言した後に意見交換会の開始が遅れたことに関するやりとりは―切ありませんでした。
4 募金活動に関する議論
(1)事実経過
意見交換会は,まず最初の約15分程度,募金活動に関する議論がありました。
私たちは,阪神大震災だけでなく新潟での震災の募金活動を行い,安中市社協に寄付していることを説明しました。また,阪神大震災の募金活動は,原告未来塾ではなく,別グループが主体となってフリーマーケットの会場で募金活動をしていたことを説明しました。
そして,この募全活動に関する議論は,岡田市長が「地震に関する寄付はわかりました」と述べて終わりました。
(2)「談話」の内容の誤り
「談話」には/市側が「募金箱を持って回るのはおかしい。市はそういうことを知っているのか・・・。という指摘もあります。本当なのか伺います」と述べ,未来塾側が阪神大震災の募金が1回あるだけと回答し,市側が「阪神大震災は12年前ですよね。12年前のことを市民が指摘するのですかね・・・」と述べたように書かれていて,まるで私たちが募金活動について不自然な説明をしたかのように書かれています。
しかし,上に書いたとおり,阪神大震災以外にも募金をしていること,未来塾以外の団体が行っていたことも意見交換会できちんと説明しており,私たちが「阪神大震災の時以外―切幕全活動はしていない」などとは話していません。また,岡田市長や市職員が,「談話」に書かれているような,「12年前のことを市民が指摘するのですかね・・・」などと私たちの募金活動の説明に対して納得しないような発言はしておらず,むしろ,岡田市長が「地震に関する寄付はわかりました」と答えて終わったのです。
地震の募金に関する内容は,全く事実が歪められています。それに,募金活動に関する議論は最初の15分程度で終了しているのに,「談話」では「1問1答」として掲載している議論のうち半分近くが募金に関する内容で閉められていて,引用の分量としても不適切・恣意的と言わざるを得ません。
5 意見交換会が始まって15分ほど経過した頃のやりとり
この意見交換会で,岡田市長は,私と会話をしているのに,岡田市長から見て左に座っている私の方を全く見ずに,右に座っている堀越総務部長・佐藤教育部長の方や,正面に座っている長澤建設部長の方を向いて,話を進めていました。
そのため,意見交換会が始まって15分ほど経過したころ,私は「市長さん,お話をしているのは私ですから,できれば私のほうに向いていただけると,お答えもしやすいんですが」とお願いしました。私のその発言は「怒鳴った」ものでは断じてなく,全く普通の話し方でした。すると,岡田市長が,この私の発言に対して「重箱の隅」などとの表現を使って答えたため,■■■が岡田市長に対して,「でも,話をするときは人の目を見たほうがいいと思いますよ。」と諌めたのです。
被告側が主張しているような,私や■■■■,■■■が大きな声を出したり,威圧的な態度で確認したことなど一切ありませんし,■■■が大きな声で「そうでしょう」と総務部長,教育部長,建設部長の順に3回指ざしたということも全くありません。
6 参加費の徴収
意見交換会で行われた議論は,募金活動に関するもの以外は,ほぼ全てフリーマーケットの出席者からの参加費(開催分担金)の徴収に関する議論でした。
岡田市長は「ボランティアならば無償でやるべきで,参加費を徴収すべきでないとの市民の抱擁があるjとの主張を繰り返し,話は全く平行線のままでした。
この参加費の徴収に関する議論の中で,■■が,安中市全戸にチラシを毎回出しているのに2000円の徴収を知らなかった人がいるのかと質問しました。これに対して,その場で「知らなかった」と述べたのは岡田市長だけでした。長澤建設部長は知っていたと答えましたし,岡田市長の家族や長澤建設部長の家族がフリーマーケットに参加していることも,話し合いの中で触れました。
7 駐車場利用の件
(1)事実経過
意見交換会では,スポーツセンターの駐車場の利用についても議論になりました。
駐車場利用に開しては,私だちと体育館との話し合いによって,午前10時以降はフリーマーケット利用者も西側の中央駐車場への駐車が可能となっていました。 このことは意見交換会の中で私だちから説明しています。
長澤建設部長も,意見交換会の中で,「運動する人は朝一番で来るため,午前10時以降は空いていれば駐車場をフリーマーケットで使用しても良いことになっていた」という内容の発言をしていました。
また,私たちは,警備員やシルバー人材センターなどによって人員を配置し,体育館(アリーナ)利用者の妨げとならないよう努力をし現場ではスムーズであったことも説明しています。
(2)「談話」の恣意的な記載
「談話」では,「スポーツセンター中央駐車場までフリーマーケットの駐車場にするとは市は何を考えて提供しているのだ・・・と市民から抗議や苦情が来て困っているのですよ」などと市の見解が書かれて終わっていて,まるで,私たちが市側との約束をきちんと守らずに自分勝手に駐車場を使用し,周囲に迷惑をかけていたかのようです。
しかし,上に述べたような体育館との話し合いの内容や,警備員・シルバー人材センターなどを配置した努力,現場ではスムーズであったこと,など,私たちが説明したことは,「談話」に全く書かれず,岡田市長の一方的な主張だけが掲載されてしまっています。また,岡田市長の言う「市民からの抗議・苦情」の具体的な根拠すら,意見交換会では示されていません。
8 使用許可の結論の期限についてのやりとり
使用許可については,意見交換会の中で,私たちは,すでに開催までぎりぎりの伏況であることを説明し,1週間でも結論を待つことは無理であると岡田市長に明確に話しました。また,市(市長)が今日結論を出すことは無理なのかとも尋ねました。被告側は,その日以降1週間以内に結論を出すように私たちが求めた,などと主張していますが,そのようなことはありません。
一方,岡田市長も,使用許可に関する結論を1週間で出すことは無理であると明言しました。
9 その他
(1)「罵詈雑言」について
「談話」には,「罵られて罵らず,市行政は寛容の精神を持つ人を育てることを銘としています」と書かれており,まるで私たちが市長や市職員を罵ったかのようです。そして岡田市長は,この訴訟で,意見交換会終了後に私が岡田市長に「罵詈雑言」を浴びせた,などと主張しています。
しかし,これも全く事実に反しています。
意見交換会が終わる頃,岡田市長の終始不誠実な態度に対して,私たちが「説明責任を果たすべきである」等意見を述べましたが,しかし,岡田市長や市職員を「罵った」事実は全くありません。
(2)サワ井商店の件
「談話」には,「未来塾の皆さんは昨年ここ(市長室)へ何回(※)も来たんですから」などと市側が発言したように書かれていますが,岡田市長や市の職員がそのような発言をしたことはありませんでした。
加えて,談話に「※市役所北側のサワイ産業が閉鎖するので,市が跡地を買収するよう3回来庁しています(1回目,2回目は未来塾から1人で,3回目はサワイ産業社長と2人で来庁)」などと記載されていますが,有限会社サワ井商店に関しては,この意見交換会の中では一切触れられていませんし,この記載の内容も間違っていますし,読者で振る安中市民に対しても,さも,未来塾が市に不当要求をしているかのように誤解を与える悪質な名誉毀損で,不愉快極まりありません。
有限会社サワ井商店の件は未来塾や今回のフリーマーケットとは全く関係がありませんが,念のため説明しますと,サワ井商店は革製のバッグなどを作る会社で,安中市内では大きな会社でしたが,業界不振から工場を閉鎖し売却することとなっていました。工場は市役所の敷地と隣接しており,岡田市長の前任の市長も,「防災施設がないので,地続きとなるこの土地を取得したい」という意向を示していました。サワ井商店の本社は東京都台東区にありますが,同社役員の■■さんと私が親戚関係であったことから,前市長との話を,安中市民である私がつなげたのです。私は■■さんと共に岡田市長を訪れ,これまでの経緯を私が説明しました。この訪問のとき,私は未来塾代表として岡田市長を訪問したわけではありませんし,フリーマーケットの話も一切出ていません。岡田市長は,従前の経過の説明に対し,全く耳を傾けず,即座に「不動産屋に話をした方が良い」と述べるだけで,話はすぐにご破算となりました。岡田市長は準備書面の中で,この件に関して断るのに非常に苦労した,などと述べていますが,事実に全く反しています。
第6 意見交換会の録音と岡田市長の「要点筆記」
1 意見交換会の録音
私たちは,意見交換会の際,そこでのやりとりを録音してありました。筆記では,意見交換会の内容を全部正確に書き取ることはできません。私たちが正確に記録を残そうとしたのも,岡田市長が,5月の突然の文書(甲22の1)を出しておきながら第31回フリーマーケットでは出席して賞賛の挨拶をし,その後は寄付の受け取りを突然拒否し,第32回フリーマーケットの会場使用の許可をしない,などの事実が続いたため,岡田市長の態度に非常に不信感を抱かざるを得なかったからです。岡田市長のみならず,市の担当者も,それまで何度も連絡を取り合いましたが,連絡をくれなかったり,説明がなされなかったりと,不信感が募るばかりでした。この事態を心配した人たちの中には,「岡田さんと話をするときには必ず録音しておいたほうがよい。証拠を残しておかないと必ずウソでやられるから」と自己の体験を元にアドバイスしてくださる方がいらっしやいました。 このような状況で,意見交換会の内容を録音することとなったのです。
具体的には,■■■■が,自分の足下に置いてあったバッグの上部内ポケットに立てた状態のICレコーダー(甲48の1)で,一部始終を録音しました。
今回の訴訟で提出した録音そのものと反訳文(甲40)を確認いただければ,私たちが「目を見て話をしろ」と冒頭から怒鳴ったなどということを始め,岡田市長が「談話」に記載した内容が,いかに事実に反しているかが容易にお分かり頂けると思います。結果的に,この録音がなければ,私たちは真実を立証できずに,一人一人の心に一生深い傷を負ったまま生活することになっていたでしょう。
私たちは,この意見交換会を分かりやすく反訴したもの(ただし甲40号証そのものではありません)を,安中市議会議長の土屋弘氏と,フリーマーケットの支援者数名に対し,真実を知ってもらうために,平成20年1月頃に手渡しました。
2 「要点筆記」
岡田市長は,意見交換会の際,表紙が黒色の手帳(おそらく,縦12センチメートル,横10センチメートル程度の大きさドを,ソファー机の上に置いたり,自身の膝の上に置いたりして,ほんの数回程度,単語程度の短いものをメモしていただけでした。それも,メモをとっていたのは,最初の募金活勣についての話が終わるころまででした。
岡田市長は「要点筆記」に基づいて「談話」を作成したなどと主張していますが,その重要な「要点筆記」を,私たちがこの訴訟を提起した後も,文書提出命令を申し立てるまで出そうとしませんでした。そして,ようやく提出された「要点筆記」(丙17)を見て,ただ呆れる他ありませんでした。「要点筆記」と言いながら分量はとても多く,意見交換会の最中にこのような記録を岡田市長や市の職員が行ってはいませんでした。実際のやりとりと紬かい部分まで大部分が一致したこの「要点筆記」を,意見交換会の最中に自分が話しながら作成することはできませんし,また,意見交換会の直後であっても作成することは到底不可能です。岡田市長は,市側も隠れて録音したものか,あるいは何らかの方法で入手した録音の反訳をもとに,自分の都合の悪い部分だけを改変して丙17号証を「談話」の根拠となる「要点筆記」を,後日になって偽造・偽装していることは,誰でも一見して明らかです。裁判という厳格な場でもこのような卑劣なことをする岡田市長の見識を疑います。
3 市職員も議事録等を作成していなかったこと
また,意見交換会に出席した市職員が,議事録等を一切作成していなかったことも,驚きを禁じ得ません。行政機関は細かなことでも文書で記録を残すのが通常であることは私たちが指摘するまでもありません。実際,この訴訟でも,市の内部文書がいくつか証拠で提出されていますが,このような文書があるのに,肝心の意見交換会の議事録がないということが理解できません。そして,議事録も残さず,その上,私たちに確認もせず,「談話」の内容に間違いがなかったなどと主張を続けることにも,強い憤りを感じます。
第7 第32回フリーマーケット開催の断念
1 結論を1週間待つことは無理と当方が伝えたこと私たちの開催しているフリーマーケットは,規模の大きさから,準備をするのに約3ケ月を要します。関係者も多数に及び,事前説明会なども行う必要があります。開催を断念するか否かの最終的な判断を行い,関係者に通知するのには,意見交換会の時点ですでに限界に近い状態でした。
そのため,先ほど述べたとおり,使用許可の結論を待つことは1週間でも無理だと,私たちは岡田市長に明確に言いました。
被告側は,私たちが「1週間以内に結論を出すよう求めた」などと主張していましたが,そのような事実はありません。
2 岡田市長が結論を1週間で出すことは無理と明言したこと
他方,岡田市長も,使用許可に関する結論を1週間で出すことは無理であると明言しました。
市から数日中に確実に回答が見込めたのであればともかく,岡田市長からは「結論を1週間で出すことは無理」と明言された以上,私たちは,フリーマーケットの開催は絶望的と判断せざるを得ませんでした。
3 開催の断念とその後の市からの連絡
私たちは,一線の望みをかけ,意見交換会の翌日も安中市からの回答を待ちましたが,やはり安中市(市長)からは会場の使用許可が出されませんでした。
そのため,私たちは,やむをえず,9月11日夜に緊急会議を持った末,第32回のフリーマーケットの開催を断念し,翌12日に関係者に連絡したのです。
ところが,その後の同月14日午前9時ころ,長澤建設部長から私に開催許可の電話がありました。岡田市長は自ら「1週間で出すことは無理」と明言しておきながら,私たちがフリーマーケット開催を祈念した後である,意見交換会から4日後に結論を通知してきたのです。
4 「談話」の記載の誤り
岡田市長が掲載した「談話」には,「3.安中市から回答した日:平成19年9月13日午前8時30分誠意を持って許可する旨回答した」と書かれていますが,連絡は14日午前9時ころの誤りですし,どちらにしても,すでに開催準備の関係では遅すぎであることには変わりなく,また,「結論を1週間で 出すことは無理」と明言した岡田市長の言動と矛盾していることには代わりありません。
また,「談話」には,「4.フリーマーケット開催予定日」の項目に「市の回答から44日間もある」などと,さも,準備期間が十分にあり,フリーマーケット開催を断念したのが私たちにやる気がないからであるかのような記載がなされています。しかし,先ほど述べたように準備には3か月を要するものであるうえ,意見交換会の時点で準備期間が限界であったのにもかかわらず岡田市長が結論を1週間で出すことは無理と明言していた以上,開催の断念は,私たちに原因があるのではなく,市長の言動に原因があることは明らかです。
第8 市長による「談話」の掲載
私たちは,市長の「談話」の記事の掲載について事前に市や市長から知らされていませんでした。また,市や市長から,その記事の内容が正確であるかどうかについても,全く事前に確認されませんでした。今まで,安中市の広報誌にフリーマーケットの開催の記事が毎回掲載されていましたが,写真に付ける2,3行のコメントでさえ,市の職員が事前に見本を持参し,確認をしていました(例えば甲53)。それなのになぜ,今回のような重要なテーマで,しかも公正に市民に伝えなければならないはずの内容が,私たちに確認されなかったのでしょうか。
私は,意見交換会において私たちが不誠実な態度をとり,あたかも不正なボランティア活動に従事しているかのような内容の記事を読んで,事実と全く違う内容で書かれていることに衝撃を受け,怒りを覚えました。そして,この信じがたい内容の記事が,市の広報紙として,市内全戸2万3千世帯に配布されていることに愕然としました。
私は,この記事が掲載されて以降,周囲の人から「いつもニコニコしているけれど,あんな人だとは思わなかった」「松本さん,不動産業もやっているんだって?」と言われたりしました。「2000円とってんだから金儲けと一緒だ」「露天商と同じだ,公共の施設を使うな」「ボランティアだったらゴミでも拾ってろ」等,「談話」の内容を鵜呑みにした誤解に基づく抗議や,「悪い未来塾はぶっつぶしてやる」と脅しのような電話も受けました。そして,いつも挨拶等声を掛けてくれる人が私に声を掛けなくなるなど,私に対する態度の変化を感じました。
2年が経とうとしている今でさえ,「やっぱり金儲けしているから会場を貸してもらえないんだよね」などとも言われています。「役所のお知らせ版だから間違いないよね」と,市の広報を信頼し,事実と違う内容を信じてしまっている人もいます。
私は,このような一方的な仕打ちを受け,これに対して為す術もないまま,誤解を解くことができない伏態に,とても苦しく悲しい思いをし,体調を崩してしまいました。それまでも狭心症の予防薬を飲んでいましたが,今回の事件をきっかけにストレス性の動悸や不整脈を抑える薬も飲むようになり,今でも時々飲んでいます。
第9 その後も続<市長による名誉毀損等
1 地区別懇談会での名誉毀損
その後,平成20年2月6日から,岡田市長は市内8会場で行われた地区別懇談会でも,私たちの名誉毀損行為を平然と繰り返しました。
具体的には,「談話」の内容が全く真実であるとして,私たちが「目を見て話をしろ」と冒頭から怒鳴りつけたと発言したことをはじめ,「9月13日午前8時30分に建設部長が代表に会って誠意を持って口頭で(会場の使用を)許可したのに,44日間もあるのに(フリーマーケットを)やらないのは,やる気がないからだ。行政には,全く落ち度がない」「(未来塾は)一体良心がどこにあるんだ。常識と節度がどこにあるのか」などとあちこちの会場で声高に言っています。
また,「公園条例で決められている手数料を未来塾は払っていない。手数料は免除できるが,私は免除していない」などとも発言しており,まるで私たちがこれまで勝手に会場を使用してきたといわんばかりです。
そして,「団地や民家に近い所でのフリーマーケットの開催は,弱者に対して配慮や心遣いに大いに欠ける。配慮できない団体は市民的信頼を受けるのにはほど遠い」「フリーマーケットの松本立家さんを中心としたそのグループの皆さんは,国民的英雄気取りの亀田家と同じだ」などと言い切りました。
私たちが意見交換会の際に,フリーマーケットで様々な工夫や改善をし,トラブルなく非常にスムーズに行われていることを説明したのにもかかわらず,このように一方的に一市民団体を誤診中傷することは,行政のトップとして許されることではありません。
2 会場使用について
(1)私たちは,その次の春のフリーマーケット開催について,平成20年2月18日午前10時に長澤建設部長と会って話し合いを行う約束になっていたのですが,同月15日に長澤さんから会えないと連絡が入りました。
(2)そして,同月20日,長澤さんは,市長の文書(甲27)を私のところヘ持参してきました。 この「フリーマーケット開催会場について」と題された文書では,「今後のフリーマーケットの開催は西毛運動公園広場を使用されたくご要請を申し上げます」などと書かれていました。この公園の広場は,私たちが16年前にフリーマーケットを開催した当時の,70区画しか取れない小規模な会場です。岡田市長が,話し合いもせずに一方的にこのような文書を出すのは,フリーマーケットを妨害する悪質な嫌がらせというほかありません。
(3)岡田市長の文書では,会場を米山公園等ではなく西毛運動公園広場を使用すべきとする理由として,「拡声器等による夜間勤務明けの方や病弱者・乳幼児の安眠支障への配慮が肝要と思慮します」などと書いてあります。
しかし,そのような話は,それまで一切出てきていませんでした。意見交換会の場ですら,そのような話は出ていません。岡田市長は,このように,フリーマーケットを妨害するための理由を次々と変遷させてきました。
実際には,むしろ,当該会場周辺の方々から,「迷惑はない」「もっとやってほしかった」との声が上がっていましたし,テレビ局の取材を受けてそのように回答された方々もいました。
私たちは,平成15年ころに米山公民館が新築された後,毎年秋に,公園周辺にお住まいの方々に対する協力費として5000円を,■■■■■の■■■■さんのご自宅を訪れ,手渡していました。もし周辺にお住まいの方々から苦情があったならば,そのような時に■■さんからお話があったはずです。しかし,そのような苦情は一度も聞いたことがありませんで
した。
むしろ,今回の一件が起きて以降,行政のやり方に関する抗議やフリーマーケット再開を望むたくさんの電話が市にあったはずですが,岡田市長は自分自身は直接聞いていないなどと言い切っています。
私は,平成20年8月18日,山下弁護士と共に,テレビで上記の発言をし■■■の■■さんのご自宅を訪れ,テレビで発言した内容に誤りのないことを確認して,陳迷妄作成のご協力をお願いしました。■■さんは,内容に誤りはないが,陳述書の作成は検討させてほしい,と仰ったので,後日改めて私が御連絡を差し上げることとなりました。しかし,その後,どのような心境の変化かわかりませんが,陳述書の作成は遠慮したいとのご回答でした。岡田市長は,■■さんのご自宅に私たちが伺ったのが平成20年3月末ころと主張していますが,私たちが山下弁護士に初めて会ったのが平成20年6月のことですので,その年の3月に山下弁護士と一緒に■■さんのところに伺うことなど不可能です。
3 この訴訟での態度
岡田市長は,この訴訟でも,次から次へとウソを言い続けています。答弁書も準備書面も,ねつ造されたウソの文章で埋め尽くされていました。ウソを言い続ける岡田市長は,行政のトップとしての資質を問われる以前に,人間として許し難いというほかありません。
また,被告安中市も,3名の部長の陳述書を提出しましたが,部長という立場で正しい行政運営を行うべき立場の人間が,岡田市長と同様に,事実に反したウソの文章を平然と法の場に提出しました。岡田市長から相当な圧力を受け,保身のために書いたとしか考えられません。長澤部長は,「談話」に代わる文章を事前に作成し,それを掲載する予定であったのに,岡田市長から止められたと述べています(実際の文章を未来塾の■■■が長澤部長から見せられていますし,平成20年2月20日にも私に対してそのように話していました)。その長澤部長は,「岡田市長に忠実でなければ,クビにされてしまう」「私と松本さんが一番の被害者ですよ」と何度も繰り返し言っていました。本来,市民の生活を守るべき行政が,市民を守らず,間違いをおかした上司を擁護する姿勢は,絶対にあってはならないことだと考えます。
そのうえ,岡田市長は,90頁にもわたる「要点筆記」(丙7)を平然と裁判所に提出しました。私たちが事実を伝えるために関係者に配布した意見交換会のテープ起こしを分かりやすく反訳したものど内容が大部分一致しており,岡田市長にとって不利な部分は削除され,都合のよいように書き加えられ,ねつ造されたものでした。また,岡田市長は,「要点筆記」を要約して「談話」を作成したというのに,その「要点筆記」に書かれていないことがて談話」に香かれていることにも驚きました。
挙げ句の呆てには,ICレコーダーに録音されている紛れもない真実に対して,被告側は全く何の根拠も示すことなく,私たちが都合の良いように編集・加工したものだなどと平気で主張しました。あの意見交換会でのやりとりを,一体どうやってあのように編集することができるというのでしょうか。被告らの良識を疑うような訴訟態度には,ただただ呆れるばかりです。
第10 おわりに
冒頭でも述べましたように,私たちのボランティア活動は,30数年前に一人の聴覚障がい者に出会ったことから始まりました。今でこそ,手話を使っていても珍しいことではありませんが,その頃は,手話人口の少なさから「特別なもの」として扱われ,何一つとっても簡単に出来ることなどありませんでした。
また,「ボランティア」も奉仕性が強く,時間や金銭的に余裕のある特別な人が行うもので,一般市民,ましてや20歳そこそこの学生や若者が行う事ではない風潮がありました。新しい活動がなかなか受け入れられない地域でもあり,時代でもありました。
私たちは活動を続けてゆく中で,自分たちの住む地域の在り方や「ボランティア」について真剣に考えた結果,そこに住む人の意識や考え方が変わらなくては,どのような事でも問題解決にはならないということを痛切に感じ,「地域づくり団体未来塾」を設立し,ひとりひとりが自主的,自発的にボランティアを行い,住みよい環境づくりを目指したのです。
そして,その一つの手段として地域活性化イベント「フリーマーケットinあんなか」を企画,開催しました。この催しに多くの人たちに積極的に参加してもらい,「自分たちの住む街を自分たちの手で良ぐしていく」楽しさや必要性を感じてもらうことにより,そのエネルギーが地域を変え,社会を変えることにつながるという事を,共に体験したいと思いました。
そして,30年余りの地道な活動によって,やっと色々なことが少しづつ変化し,それが安中の街の活性化や市民ひとりひとりの「街づくり」の意識向上につながってゆきました。
私たちは,露天商でもなければ,イベント屋でもありません。純粋に「より良い地域づくり」に取り組んできたのです。そして,それは活動を続けることによりひとりひとりが築き上げてきた誇りと信頼でもあったのです。
しかし,公権力が市民に圧力をかけて人権を侵害するという,あってはならない事が起こり,私や未来塾メンバーの誰もが,愕然としました。公的な広報誌に掲載された事柄は,たとえそれがねつ造されたウソの文章であっても,真実として伝わってゆく現実に,私たちは,なすすべがありませんでした。
今回の出来事によって私たちが失った社会的信用や信頼は計り知れません。考えれば考えるほど,このままでは終われない。真実を伝えなければならない。人が人として幸せに生きる権利を取り戻し,「安中の地域づくり」に関わった人,全ての名誉回復をしなければならないと強く思いました。
そこで,公権力の圧力に対し,弱い立場にある私たちは,法的手段をもって事実を明らかにすることを選択しました。私たちのみならず,全国各地で活躍している市民団体,そしてこれから活動を始めたいと思うひとりひとりのために,何もしないで,負けるわけにはいかないのです。そして未来を担う子どもたちのためにも,真実が権力によって歪められた歴史を創ってはならないのです。
本来守るべき市民に対し,弱いものいじめをする。一市民団体を陥れようとする市長の一連の行動は,けして許されるものではありません。また,事実関係を公正かつ真摯に確認すべきであったのにもかかわらず,それを怠った安中市の責任も重大です。
第1回口頭弁論期日で述べさせていただいた通り,今回の問題は,人として幸せに生きる権利とは何か,ボランティアとは何か,地域活性化のための行政と市民との協働はどうあるべきかという本質的な問題を背景としており,この訴訟を通して,正常な行政を安中市に回復させる重要な意義があります。
失われた信用を早期に回復し,これからもより多くの皆さんと一緒に「元気な街づくり」を目指して,活動を続けたいと思っています。
裁判官の方々には,真実を見極めてくださり,正義にかなった判断をしてくださいますよう,お願い申し上げます。
以上
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【ひらく会情報部・第8ラウンド(その2)に続く】