本人の希望で一時的な働き方として選ぶ場合もあるでしょうが、非正規労働は、雇用が不安定、賃金水準が低い、福利厚生に差がある、研修の機会が乏しいなど、多くの面で労働者に不利です。反対に事業主から見ると、必要な時に雇い、要らなくなれば使い捨てにできる「雇用の調整弁」になるうえ、賃金を抑え込めます。労働の時間・日数が少ない労働者や学生アルバイトなら、社会保険料の事業主負担もしなくて済みます。
そうやって人件費を削れば、短期的には個々の企業の利益追求にプラスになるでしょう。国・自治体なら財政支出を減らせるでしょう。
けれども、仕事の生産性、安定性、創造性といった質的な面を考えたとき、非正規労働は、むしろ非効率な面があると筆者は考えます。労働者の持てる力を十分に引き出せないからです。日本の経済・社会を立て直すには、非正規のマイナス面を直視する必要があるのではないでしょうか。
デメリット(1) 労働意欲を下げる
非正規労働者の立場になって考えてみましょう。問題点は主に4点あります。
第1に、雇用の不安定さは労働の意欲を低下させます。期限付きの仕事や、いつ雇い止めになるかわからない職場で、自分の力を出し切ろうとするでしょうか。正社員との給料・賞与の格差や、有給休暇日数をはじめとする待遇の格差もモチベーションを下げます。きちんと働いて長く勤めても非正規の賃金や待遇が向上しない賃金制度だと、なおさらです。
「似たような仕事をしていても、あの人と私ではずいぶん収入が違う」。不満を抱くのは給料日だけではなく、働き手は日常的に意識するものです。賃金という経済的な問題だけではなく、雇用形態という<身分>の違いによる「被差別感」と言ってもよいでしょう。
デメリット(2) チームワークを妨げる
第2に、雇用形態の異なる労働者がいる職場の状況は、チームワークに影響を及ぼします。非正規を見下す態度をとる正社員、実際の能力は正社員より私のほうが上なのにと感じている契約社員や嘱託、雇われている会社が違う派遣労働者。人間関係はしっくりいきません。それでは、力を合わせて何かを一緒にやろうということになりにくいのです。
デメリット(3) 経験の蓄積と継承を阻む
第3に、仕事の経験が生かされません。非正規の労働者が働くうちに知識を身につけ、技術を熟練させても、有期雇用の期限が来たら終わり、派遣契約が打ち切られたら終わり。代わりに新しい非正規労働者が雇われ、一から仕事を覚えることになる。それでは、せっかく積み重ねたノウハウや情報がうまく引き継がれません。
デメリット(4) アイデアや意見を生かせない
第4に、知恵、工夫、アイデアの問題があります。働いていれば、たいていの人が仕事のやり方の改善や業績の向上につながるアイデアを何かしら考えつくものです。ところが非正規労働者は、それを反映させるルートが乏しく、会議にも呼ばれなかったりします。そのうえ、立場が弱いので、業務運営に問題点があっても指摘しにくい。転職経験を持つ非正規労働者は、ほかの職場の良い点、悪い点を知っているものですが、そういう知識も活用されにくいのが実情です。
労働者をコストの面からしか見ない風潮
非正規労働が拡大するきっかけになったのは、1995年に当時の日本経営者団体連盟(日経連)がまとめた『新時代の「日本的経営」-挑戦すべき方向とその具体策』だと言われます。この報告書は、労働者を長期蓄積能力活用型、高度専門能力活用型、 雇用柔軟型の3タイプに分けることや、職能資格制度の導入、年功的定期昇給の見直しを進めることを提言しました。
その後、日本の企業の多くは、人件費を節約するために非正規雇用や外部委託を増やしました。国は、専門職に限られていた労働者派遣法の対象職種をどんどん広げました。民間だけではありません。地方自治体や国の省庁も、非正規公務員や民間委託を大幅に増やしました。
業績や経営環境の本当に厳しい企業がコスト削減を図るのはやむをえない場合がありますが、そうでない企業まで、人件費を削ることによって利益率を高めてきました。労働者をコストの面からしか見ない風潮、言い換えると人を大切にしない傾向が、経営側に広がったように感じます。
経済停滞をもたらした要因の一つでは
日本の経済は90年代からの20年余り、停滞を続けました。その要因の一つとして、働き手が持つ力を十分に生かさないという非正規労働のマイナス面が影響していなかったでしょうか。人間のやる気を高め、知恵と工夫を生かすことは、あらゆる事業や組織の浮沈にかかわります。非正規労働者の「被差別感」をなくし、職場への「参加感」を高めることが大切です。本当の意味での企業の生産性や発展可能性、行政ならサービスの質の面からも、雇用のあり方を考え直すべきだと思います。
経済循環、社会保障財政にも影響
民主党政権だった2012年の労働契約法改正で、有期雇用と無期雇用の不合理な労働条件の格差が禁止されたほか、有期雇用が更新されて13年4月以降の契約期間が通算5年を超えることになるときは、労働者が申し込めば無期雇用へ転換することが義務づけられました。この規定の運用は18年4月から本格化します。ただし、企業が5年になる前に雇い止めにするといった抜け道も指摘されています。
自公政権ではどうか。金融緩和で株価は上がり、大企業の利益は膨らみましたが、経済全体の伸びは、それほど芳しくありません。賃金の抑え込み、格差の拡大が、大多数の国民の消費力不足を招き、内需を低迷させています。賃金が少ないと年金・医療・介護などの保険料収入も減り、社会保障制度の運営にも悪影響を及ぼします。
それらの問題は安倍首相も認識しているようで、政府主導で賃上げを求め、16年8月の記者会見では「同一労働同一賃金を実現し、非正規という言葉をこの国から一掃する」と語りました。とはいえ、実効性のある具体策を打ち出せたとは、まだ言えない状況です。
企業は目先の利益を追い求めがちなので、自主的な改善に期待するだけでは、うまくいきません。非正規の雇用に対する公的な規制を強めることと、正規雇用を後押しする税制などの誘導策が必要だと思います。