「5類になれば、あらゆる医療機関で診療可能」は本当か?
コロナの院内感染「悪ではない」とメッセージを
オピニオン 2023年2月3日 (金)配信岡秀昭(埼玉医科大学総合医療センター総合診療内科教授)
政府は変異株の状況など、今後の感染状況次第では対策を強化することも議論の俎上に上がってくるとしている。となれば、なおさら「なぜ、わざわざ5類にするのか」と疑問に感じる。
埼玉医科大学総合医療センターのコロナ病棟で新型コロナ患者に対応を続けてきた身としては、このタイミングでの「5類感染症」への移行には賛成の立場ではない。本来は「新型インフルエンザ等感染症」の枠組みの中で細部を調整していくのがベターだと考える。ただし、「5類感染症」への移行が決定した今、考えるべきはいかにしてデメリットを最小限にするかということだろう。
コロナ患者を診ない医療機関、その理由は…
新型コロナが「5類感染症」となることで、最も懸念しているのは新型コロナ患者を受け入れる病床、そして発熱患者を診療する外来への影響だ。
「5類感染症」となると、あらゆる医療機関で診療可能になるーー。感染症法上の位置付けに関しては、このようなロジックが以前から提示されてきた。「新型コロナで医療が逼迫してしまうのは、全ての医療機関がコロナを診療していないからだ」「全ての医療機関が診療可能な5類感染症になれば、問題は解決する」ということらしい。
私はこのロジックに懐疑的だ。確かにコロナ診療を行っていない医療機関が存在するのは事実だ。第1波から第8波まで、新型コロナ対応が長期化する中で、コロナ患者や発熱患者に対応する医療機関は確実に増えている。しかし、いまだにコロナ患者や発熱患者をお断りする医療機関も存在している。
ただし、こうした医療機関は本当に「5類」でないから、診療していないのか。私が見聞きする限り、事情はそれほど単純には思えない。コロナ患者や発熱患者を診療していない医療機関には、その医療機関なりの理由がある。例えば患者の動線を分けることの難しさ(高齢なかかりつけ患者を多く抱える診療所では、このポイントがハードルになることも少なくないと聞く)、ビルに入居する診療所ならではの事情などがその一例だ。これらの課題は感染症法上の位置付けに関係なく、今後も残り続けることとなる。
一方で、「5類感染症」となり、これまでの確保病床の要請がなくなれば、これまでコロナ患者を受け入れてきた医療機関がコロナ患者用の病床を減らす可能性もある。多くの病院は病床稼働率を9割以上に保てなければ、経営がすぐに赤字に転落してしまう。これまでは、コロナ患者用に病床を確保する代わりに行政から空床確保料を受け取ることで、何とか経営へのダメージを最小限にとどめてきた。だが、こうした仕組みがなくなれば、病院は経営状況を維持するためにも、病床をコロナ以外の重篤な患者に割り当てざるを得ない。
「5類になれば、どこの医療機関でも診てくれるんでしょう?」と信じる人々もいるかもしれないが、医療機関はそれほどシンプルな論理で動いてはいないのだ。
「医療機関に持ち込まない」という方針は「無理ゲー」
以前から伝えているように、社会全体は「ウィズコロナ」を掲げる一方で医療機関はいまだに「ゼロコロナ」を強いられている。オミクロン株の感染力は非常に強い。これだけ市中で感染が蔓延してしまえば、「医療機関に持ち込まない」というのは「無理ゲー」と言って良いだろう。
その証拠に、全国各地の医療機関で今もクラスターが頻発している。一度クラスターが発生すれば、感染は広がり、職員の欠勤にもつながる。結果としてさまざまな診療科が機能を停止し、通常医療の提供に支障を来しているのが現状だ。
社会と医療機関のギャップが広がれば広がるほどに、その歪みも大きくなっていく。現在の医療逼迫の要因は頻発する医療機関内のクラスターであり、その原因はオミクロン株の感染力があまりに強いことにある。
「5類感染症」に位置付けたところで、新型コロナウイルスの性質自体が変わることはない。
「5類」になればマスク不要?
もう1点、私が政府の発信について危惧しているのは、感染症法上の位置付けの話と感染対策の緩和をセットにして語ってしまっているということだ。本来、この2つは別個のトピックであり、感染症法上の位置付けが変わったから感染対策を緩和する、というものではない。
岸田首相は感染対策の象徴的な存在でもあるマスクの着用に関しても、感染症法上の位置付けと並行して検討を行い、見直す方針を示している。
新型コロナが「5類感染症」になれば、現在よりも感染動向を把握することは困難になる可能性もある。市中で感染が蔓延する中で、一人一人が自らの身を守るために必要となるのが感染対策だ。
現在、日本全国を異例の大寒波が襲っているが、私たちはその日の気温や気候に併せて服装を選ぶ。同じように感染対策も、感染状況を踏まえた上で何をして、何をしないのかを取捨選択していくのが本来の姿だろう。
「5類感染症」になればマスクは不要だ、という印象を与えかねない政府の議論の進め方に違和感を覚える。「5類感染症」への見直しやマスク着用のあり方の見直しなど、もしかすると政府が進めたいのは「コロナ禍を乗り越え、正常な社会を取り戻した」という空気づくりなのかもしれない。
コロナ対応の結果のクラスター、「悪ではない」とメッセージを
ここまで、さまざまな懸念を紹介してきたが、ではどうすべきか。まずは、コロナ病床が減ってしまうという最悪の事態を防ぐために、空床確保に対してではなく実績に応じて補助金を支払うべきではないか。
ただでさえ、医療機関の経営は厳しい。そのような中でコロナ対応に当たる病院を確保するためには、それなりの支援が必要だと考える。
次に、新たに新型コロナに対応する医療機関をどう増やしていくか。これは「コロナ対応を行った結果として発生した医療機関内のクラスターは悪ではない」と行政や政府に断言してもらうしかないのではないか。
いまだ新型コロナに対応していない医療機関の多くは、医療機関内で感染が広がることを危惧している。交通事故をゼロにすることは難しいように、院内感染をできる限り減らす努力は必要だが、これほど社会に感染が蔓延している中で院内感染をゼロにすることは難しい。
新型コロナ患者を受け入れ、診療を行った結果として発生した院内感染については原則的に不問とする。このような方針を行政や政府が示してくれれば、より多くの医療機関がコロナ診療に参加しやすくなるだろう。
「新型コロナの感染拡大から3年以上が経過したのに、どこの医療機関でも診療できないのはおかしい」と非難する人もいるかもしれない。その気持ちもよく分かるが、対応できない医療機関には対応できないなりの理由が存在する。
であれば、政治には新型コロナ対応を積極的に行っている医療機関が割を食うような仕組みではなく、新型コロナに対応する医療機関がしっかりと採算の取れる仕組みを整えていただけないだろうか。これまでも発信してきたように、新型コロナに対応する医療現場に必要なのはペナルティーではなくサポートだ。