<静岡割りで、静岡おでん(1)>
朝も暗いし寒くなって来たのでよく眠れる。
寒くなると、なんか、おでんが食べたくなってしまう。
「まず、お飲み物はなににしましょう?」
いいとこ二人しか座れないほど幅の狭い小上がりの、地元っぽい初老客の横に押し込まれた学生らしい若いカップルに、女将が訊いた。
小上がりとは名ばかりで、半畳の半分ほどのスペースである。
あまりの狭さに膝が曲げられず、立膝座りの彼氏のほうが彼女のほうに小声で同意を求めてから言った。
「では・・・ウーロン茶をふたつ」
そのとたん、女将の顔色がさぁーっと変わった。舌打ちが聞こえたような気もする。
「申し訳ないんですけど、今日は週に一番混みあう土曜日なので、お酒を呑まないお客はお断りしているんですよ」
(えっ、遠くから来たのだろうにちょっと可哀相だなあ・・・)
そう思ったのはわたしばかりではなかったようだ。
店の中での会話がすこし静まりかえり、室温が下がったような気がした。
わたしはといえば隣席の韓国人に拙い英語で、呑んでいる静岡割りの説明を終えたところだったので注目してしまった。
静岡割りをつくるところをみていたら、お茶を点てるときに使う棗から茶杓で抹茶を掬って、焼酎と氷の入ったグラスに投入し水を加えていた。なかなか呑みやすい代物だ。他の店ではお手軽なペットボトルのお茶で割っているところも多い、とは女将の弁である。
「まだ、座ったばかりでなにもお出ししていませんし、どうしてもおでんを食べたいようなら、どこかの駄菓子屋でも食べられますので・・・」
書き入れ時の土曜の夜、どうやらおでん目当てだけの客は儲からないからご免こうむりたいようだ。
カップルが頭を寄せてひそひそ相談したあとに、自分は運転があるのでダメだが連れの彼女だけ呑むならいいかどうかを女将に訊いた。
「ああら、車ならねぇしょうがないですよ、ええ。お一人様だけでも呑んでいただければもう結構ですとも」
と、てのひらを返すように相好をくずして折れたので、それとなく見守っていた店の客たちもほっとひと安心する。
ここは静岡の繁華街にある、おでん横丁である。
午後五時を過ぎれば、すっかり陽も落ちて赤い提灯が恋しくなる季節である。
ビール会社のコマーシャルで、このなかの一軒が使われてから「静岡おでん」の知名度が全国区になり、とくに金曜土曜の週末は観光客で大繁盛するようになったのだ。
静岡おでん・・・は、わたしも早くからその存在を知っていたし機会もいっぱいあったのだが、食べるのは今日が初めてである。ちなみに地元では静岡は「しずおか」ではなく「しぞーか」と発音するそうだ。だから「しぞーかわりで、しぞーかおでん」となる。
どうせまだわたしの東海道歩きは続くので、一軒くらい静岡になじみの店があってもいい。
週末は予約をしてから行ったほうが無難、との情報で三軒ほど電話番号を控えてきた。静岡駅からかけた二本目の電話で「ききょう」という店の予約がとれたのであった。
最初にかけた三河屋という店は、二時間待ちであればという盛況だ。
おでん横丁の店はどの店も七、八人も入ればいっぱいになってしまう。アルファペットの「L」字型というか、ひらがなの「し」の字型というか、狭い厨房を囲んだカウンター席がメインの店構えである。この横丁のほとんどの店は夕方五時からの営業である。
あとでわかったのだが、「ききょう」の現在の客九名の顔ぶれも、トイレ寄りのカウンター奥から三重からのカップル、韓国からのイケメン男性三名、カウンター端が横浜のわたしで、小上がりに彼氏が車で呑めない愛知のカップル、なんと地元客はどん詰まりにたった一人である。
すれ違いまったく不可能な狭い厨房のなかには、女将と、呑みものメインに手伝う年配女性の二人だ。
静岡割りの二杯目をお代わりするころになって、ようやくわたしのおでんの注文を聞いてくれた。
― 続く ―
→「東海道五十三次(15)」の記事はこちら
朝も暗いし寒くなって来たのでよく眠れる。
寒くなると、なんか、おでんが食べたくなってしまう。
「まず、お飲み物はなににしましょう?」
いいとこ二人しか座れないほど幅の狭い小上がりの、地元っぽい初老客の横に押し込まれた学生らしい若いカップルに、女将が訊いた。
小上がりとは名ばかりで、半畳の半分ほどのスペースである。
あまりの狭さに膝が曲げられず、立膝座りの彼氏のほうが彼女のほうに小声で同意を求めてから言った。
「では・・・ウーロン茶をふたつ」
そのとたん、女将の顔色がさぁーっと変わった。舌打ちが聞こえたような気もする。
「申し訳ないんですけど、今日は週に一番混みあう土曜日なので、お酒を呑まないお客はお断りしているんですよ」
(えっ、遠くから来たのだろうにちょっと可哀相だなあ・・・)
そう思ったのはわたしばかりではなかったようだ。
店の中での会話がすこし静まりかえり、室温が下がったような気がした。
わたしはといえば隣席の韓国人に拙い英語で、呑んでいる静岡割りの説明を終えたところだったので注目してしまった。
静岡割りをつくるところをみていたら、お茶を点てるときに使う棗から茶杓で抹茶を掬って、焼酎と氷の入ったグラスに投入し水を加えていた。なかなか呑みやすい代物だ。他の店ではお手軽なペットボトルのお茶で割っているところも多い、とは女将の弁である。
「まだ、座ったばかりでなにもお出ししていませんし、どうしてもおでんを食べたいようなら、どこかの駄菓子屋でも食べられますので・・・」
書き入れ時の土曜の夜、どうやらおでん目当てだけの客は儲からないからご免こうむりたいようだ。
カップルが頭を寄せてひそひそ相談したあとに、自分は運転があるのでダメだが連れの彼女だけ呑むならいいかどうかを女将に訊いた。
「ああら、車ならねぇしょうがないですよ、ええ。お一人様だけでも呑んでいただければもう結構ですとも」
と、てのひらを返すように相好をくずして折れたので、それとなく見守っていた店の客たちもほっとひと安心する。
ここは静岡の繁華街にある、おでん横丁である。
午後五時を過ぎれば、すっかり陽も落ちて赤い提灯が恋しくなる季節である。
ビール会社のコマーシャルで、このなかの一軒が使われてから「静岡おでん」の知名度が全国区になり、とくに金曜土曜の週末は観光客で大繁盛するようになったのだ。
静岡おでん・・・は、わたしも早くからその存在を知っていたし機会もいっぱいあったのだが、食べるのは今日が初めてである。ちなみに地元では静岡は「しずおか」ではなく「しぞーか」と発音するそうだ。だから「しぞーかわりで、しぞーかおでん」となる。
どうせまだわたしの東海道歩きは続くので、一軒くらい静岡になじみの店があってもいい。
週末は予約をしてから行ったほうが無難、との情報で三軒ほど電話番号を控えてきた。静岡駅からかけた二本目の電話で「ききょう」という店の予約がとれたのであった。
最初にかけた三河屋という店は、二時間待ちであればという盛況だ。
おでん横丁の店はどの店も七、八人も入ればいっぱいになってしまう。アルファペットの「L」字型というか、ひらがなの「し」の字型というか、狭い厨房を囲んだカウンター席がメインの店構えである。この横丁のほとんどの店は夕方五時からの営業である。
あとでわかったのだが、「ききょう」の現在の客九名の顔ぶれも、トイレ寄りのカウンター奥から三重からのカップル、韓国からのイケメン男性三名、カウンター端が横浜のわたしで、小上がりに彼氏が車で呑めない愛知のカップル、なんと地元客はどん詰まりにたった一人である。
すれ違いまったく不可能な狭い厨房のなかには、女将と、呑みものメインに手伝う年配女性の二人だ。
静岡割りの二杯目をお代わりするころになって、ようやくわたしのおでんの注文を聞いてくれた。
― 続く ―
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