温泉クンの旅日記

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はげのゆ温泉 熊本・阿蘇郡小国町

2006-06-04 | 温泉エッセイ
 < 更衣室 >

「あのうーお客さん、湯加減はどうですか?」

 濃厚な硫黄の匂いを放つ生まれたての若く強い源泉に満たされた広い混浴露天
風呂を、わたしは独り占めして、ネコが喉をゴロゴロいわせるようにたっぷり楽し
んでいたところに、背中に突然声をかけられた。
 ハっとして振り返ると更衣室側の露天風呂のふちに、作務衣姿のにこにこ顔が
あった。宿のご主人だろう。照れ隠しもあり、ついこちらもつられてにこにこして
しまう。

「ああ、どうも。ちょうどいい按配の湯加減です。ただ、普通のひとにはちょっと
熱いかもしれませんが」
「そうですか。どうぞ、ごゆっくりしてください」
「はあい、どうも。ありがとうございます」
 背中を向けて更衣室のほうにご主人は戻りかけて、脚をとめるとまた振り向い
た。

「・・・ああ、それと、更衣室なんですが、お客さんのお使いになったのは女性用
のほうでしたので・・・」
「ええー! 本当ですかア! それはマズい」
 たしかにふたつドアがあったが両方開け放されていて、たぶんこっちだろうと
右側の更衣室を使ったのだ。いったんドアを閉めれば、そこに女性用と書かれて
いたのだろう。

「脱衣籠をすぐに移しますから」
 顔色変えて慌てて立ちあがろうとすると、
「ははは、だいじょうぶですよ。なあに、平日のこんな早い時間ですから女性が
くることはありませんよ。どうぞ、ごゆっくり」



 それもそうだ。平日の午前十一時である。女性客が来たとしても、トウの立ちき
ったお婆さんぐらいだろう。ゆっくりしよう。ああ、懐かしい硫黄の匂いは、ジツ
に久しぶりだ。あ、いけない。今日、部屋があいているか聞けばよかった。この
温泉なら、ぜひ泊まってみたい。
 ここは熊本県の小国町にある「はげの湯温泉 まつや」の露天風呂である。
 来る途中の田んぼや道路の脇で、大量の蒸気があちこちで吹きあがっていた。
まるでミニ別府である。期待通りのすごい温泉地だ。



 しばらくして、更衣室にいき身体を拭いてちょうど下着をつけたところでドアが
あいて、立ちすくむ若い女性が目を丸くした。口も丸くあけられている。
「あ、いや、どうも、あの、すみません。はい、すぐ移動しますから」
 女性はドアを閉じた。丸くした目だったが、わたしの身体に光速のような視線を
走らせたのを見逃さなかった。たぶん、素人ではない。そういえば、あの女性は
すこしお水っぽかった。

 籠にはいった衣類をそのまま持って、露天風呂からとなりの更衣室へいった。
 背の高い中年の男性が服を脱いでいる。これが、あの女性の連れだな。黙って
衣類のはいった籠をそこへ置くと、空いた籠をひとつ持ってとなりの女性用更衣室
に戻り、籠を置いて入り口に脱いだ靴を持つと「あの、もう大丈夫ですから。どう
もすみませんでした」と声をかけ、急いで隣の更衣室に戻った。

 胸の厚い中年男性が胡散臭げにわたしに視線を送っている。その首に高そうな
金の鎖がぶらさがっていた。脱ぎ終わりタオルをもつと、長い煙草に火をつけ露天
風呂に向かう。風呂にはいらず、煙草をふかしながら横目でこちらをうかがってい
る。わたしが完全に帰ったら、女性を呼ぶつもりのようだ。どこか、堅気とは思え
ない雰囲気である。暴利の悪質なマチ金の若手経営者、といったらぴったりであ
る。
 しかし、温泉はまだ素人だ。ネックレスとかの貴金属にはこんな強い温泉は禁物
である。それに、咥え煙草で入浴など言語道断だ。よっぽど意見してやりたいが、
なにしろこちらのほうが準セクハラ行為をしたようで、まるでブが悪い。

 邪魔してもなんなので、そそくさと着替えて車に戻ると、となりに久留米ナンバ
ーのBMWが止まっている。ピカピカの新車である。
 これか、と思う。
 あの男、ずいぶん貢いで、ようやく黒川温泉の一泊旅行にでもこぎつけたのだろ
う。ふむ。そうして、昼前のさんさんと輝く太陽のもと、混浴露天風呂にはいるま
での「仲良しカンケー」になったわけであるな。もう一泊ここでどうだ、なんて話
しになっているかもしれない。くっそー、お幸せに、な。

 ああ、馬鹿馬鹿しい。お陰で、ここに泊まる気も失せてしまった。しかし、思え
ばわたしの「そそっかしさ」が原因の自業自得。暴利の悪質なマチ金の若手経営者
と、おミズの玄人女性に勝手にしたててしまったが、ひどい話だ。あのカップルに
はなんの罪もないのだ。おふたかた、あいすまん。すべてが、温泉を目の前にした
ときに我を忘れてしまう自分にある。

 めずらしく反省したせいか、猛然と腹がへってきた。途中にあった「岳の湯温泉
 桜尾山荘早水亭」で、笊蕎麦をとりあえず腹いっぱい食べよう。そして、これか
ら巡る温泉の吟味検討でとりあえず頭をいっぱいにして、先ほどのことはすっかり
忘れることにしよう。

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