<風呂よし、味よし、眺めよしの宿(3)>
伊香保温泉の標高は、ほぼ箱根と同じくらいで、だから眺望にも恵まれている。
赤城山から谷川連峰まで、一望できる山並みは圧巻である。
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わたしの部屋は方角が悪いが、部屋の向きさえよければ常に「眺めよし」を実感できそうだ。
朝食を終えていったん部屋へ戻り、着替えをすませると朝の散歩に出た。
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旅館の玄関を出て真っすぐの門のところにある「足湯 岸権 辰の湯」である。
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石段街には干支にちなんで十二支のプレートが埋め込まれている。岸権旅館の干支は「辰」であり、そこから名称を「辰の湯」としたという。岸権ではすべての風呂が源泉かけ流しと書いたが、驚くべきことにこの足湯もである。
この足湯も昨日は満員盛況であった。
わたしも浴衣だったのでしばらく楽しんだのだが、「なんか足湯でなく温泉にはいりたいな」と言っていた隣にいたカップルはあれからどうしたのだろうか。
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伊香保温泉のシンボル、三百六十五段の石段である。
冬の早朝のせいだろう、昨日の人ごみとは打って変わって静かである。
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そんな静けさのなかで黒猫に出逢った。
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伊香保ゆかりの竹久夢二が描くところの美女が抱く、華奢な黒猫ではない。が、貫禄がありなんとなく愛嬌もある猫だ。
「お、は、よ、黒丸姫ちゃん、石段は冷たくないのかい」
階段を降りて廻りこみ、顔を合わせるとかなり美形の猫であった。ふくよかな黒猫なので勝手に名前をつけさせてもらって呼びかけた。
どうやら、座っているマンホールは一見冷たそうだが、熱い源泉が流れていて暖かいらしい。
「黒丸姫、昨日深夜の騒ぎはどうなったか知っているかい」
昨日の寝入りばなに、突然、救急車のサイレンの咆哮が温泉街に飛び込んできて、わたしの部屋の真下あたりに急停車したのだ。
窓をあけて覗きこむと、待ちうけた宿のひとに案内されて、救急隊員たちがストレッチャーを前の旅館「福一」の裏口から搬入して行った。サイレンは止めたが、赤色灯は禍々しく回転し続けている。
寒いから老人がヒートショックでも起こしたか、幼児の急病だろうか。眠気も飛び、気になってしばらくみていたが状況がまるで判らない。
あきらめて、眠気を取り戻すべく一階にある居酒屋に飲み直しにいって二杯ほど呑み、シメには最高のハーフサイズのラーメンがあったので食べたところあたりで記憶が途切れている・・・。
あれ、猫がいない。
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昨夜の記憶をたどっているうちに、煙のように眼の前の黒猫は消えていた。石段の下のほうから賑やかな一団があがってくるせいだろう。
あの深夜の病人・・・無事であってくれればいいがと心より願う。
さて最後のミッション「味よし」だが、夕食は箸付から始まり前菜、刺身、台の物、揚物、留鉢、食事、水菓子と立派な献立表付きの料理がずらりと並び、朝食は焼きたてオムレツありの豊富な種類のバイキンで、どちらも満足いくものであった。
特筆すべきは、どちらの食事中でも、宿の仲居さんたちが実にさりげなく客のことに細やかな配慮してくれているということである。あと焼酎だがわたしの好みドンピシャの割りかたをしてくれたことだ。
伊香保には十数回も来ているのだが、上毛かるた曰く「伊香保温泉日本の名湯」を改めてしみじみ実感したのであった。なぜか、次に来たときもあの黒猫に逢えそうな予感もある。
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気がつけば朝の石段街にすこしずつ人が集まりはじめてきていた。足が車でなくバスなので、そろそろ戻って出発の準備をするとしよう。だから今日は、温泉饅頭もうどんも残念ながらあきらめである。
→「風呂よし、味よし、眺めよしの宿(1)」の記事はこちら
→「風呂よし、味よし、眺めよしの宿(2)」の記事はこちら
→「温泉饅頭」の記事はこちら
→「水沢観音と水沢うどん」の記事はこちら
伊香保温泉の標高は、ほぼ箱根と同じくらいで、だから眺望にも恵まれている。
赤城山から谷川連峰まで、一望できる山並みは圧巻である。
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わたしの部屋は方角が悪いが、部屋の向きさえよければ常に「眺めよし」を実感できそうだ。
朝食を終えていったん部屋へ戻り、着替えをすませると朝の散歩に出た。
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旅館の玄関を出て真っすぐの門のところにある「足湯 岸権 辰の湯」である。
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石段街には干支にちなんで十二支のプレートが埋め込まれている。岸権旅館の干支は「辰」であり、そこから名称を「辰の湯」としたという。岸権ではすべての風呂が源泉かけ流しと書いたが、驚くべきことにこの足湯もである。
この足湯も昨日は満員盛況であった。
わたしも浴衣だったのでしばらく楽しんだのだが、「なんか足湯でなく温泉にはいりたいな」と言っていた隣にいたカップルはあれからどうしたのだろうか。
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伊香保温泉のシンボル、三百六十五段の石段である。
冬の早朝のせいだろう、昨日の人ごみとは打って変わって静かである。
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そんな静けさのなかで黒猫に出逢った。
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伊香保ゆかりの竹久夢二が描くところの美女が抱く、華奢な黒猫ではない。が、貫禄がありなんとなく愛嬌もある猫だ。
「お、は、よ、黒丸姫ちゃん、石段は冷たくないのかい」
階段を降りて廻りこみ、顔を合わせるとかなり美形の猫であった。ふくよかな黒猫なので勝手に名前をつけさせてもらって呼びかけた。
どうやら、座っているマンホールは一見冷たそうだが、熱い源泉が流れていて暖かいらしい。
「黒丸姫、昨日深夜の騒ぎはどうなったか知っているかい」
昨日の寝入りばなに、突然、救急車のサイレンの咆哮が温泉街に飛び込んできて、わたしの部屋の真下あたりに急停車したのだ。
窓をあけて覗きこむと、待ちうけた宿のひとに案内されて、救急隊員たちがストレッチャーを前の旅館「福一」の裏口から搬入して行った。サイレンは止めたが、赤色灯は禍々しく回転し続けている。
寒いから老人がヒートショックでも起こしたか、幼児の急病だろうか。眠気も飛び、気になってしばらくみていたが状況がまるで判らない。
あきらめて、眠気を取り戻すべく一階にある居酒屋に飲み直しにいって二杯ほど呑み、シメには最高のハーフサイズのラーメンがあったので食べたところあたりで記憶が途切れている・・・。
あれ、猫がいない。
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昨夜の記憶をたどっているうちに、煙のように眼の前の黒猫は消えていた。石段の下のほうから賑やかな一団があがってくるせいだろう。
あの深夜の病人・・・無事であってくれればいいがと心より願う。
さて最後のミッション「味よし」だが、夕食は箸付から始まり前菜、刺身、台の物、揚物、留鉢、食事、水菓子と立派な献立表付きの料理がずらりと並び、朝食は焼きたてオムレツありの豊富な種類のバイキンで、どちらも満足いくものであった。
特筆すべきは、どちらの食事中でも、宿の仲居さんたちが実にさりげなく客のことに細やかな配慮してくれているということである。あと焼酎だがわたしの好みドンピシャの割りかたをしてくれたことだ。
伊香保には十数回も来ているのだが、上毛かるた曰く「伊香保温泉日本の名湯」を改めてしみじみ実感したのであった。なぜか、次に来たときもあの黒猫に逢えそうな予感もある。
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気がつけば朝の石段街にすこしずつ人が集まりはじめてきていた。足が車でなくバスなので、そろそろ戻って出発の準備をするとしよう。だから今日は、温泉饅頭もうどんも残念ながらあきらめである。
→「風呂よし、味よし、眺めよしの宿(1)」の記事はこちら
→「風呂よし、味よし、眺めよしの宿(2)」の記事はこちら
→「温泉饅頭」の記事はこちら
→「水沢観音と水沢うどん」の記事はこちら