
はてさて、もやは今年も6月です。コロナウイルス騒動で時間が経つのが早いのか、遅いのか・・・。
本日の作品紹介はいままで機会あるごとに紹介してきた瀬戸の絵皿ですが、本日もまた気に入った作品が入手できましたので紹介します。これほど絵の出来の良い瀬戸の絵皿は珍しいでしょう。
樹下家屋文瀬戸絵石皿 江戸後期
誂箱
口径255*高台径*高さ42

瀬戸の煮〆皿は江戸末期から瀬戸で大量に作られた雑器中の雑器です。石皿の特徴は呉須と鉄で絵付けされていて、皿の縁取りが広く取ってあること、高台が厚めに低めに作ってある事などです。煮〆を盛るのに良い感じなので、煮〆皿とも呼ぶようです。大量に作られたが故に、そこに描かれた絵や文字は、手慣れた筆裁きによる無意識の美を表しています。

石皿の名前の由来は、いくつかあるようです。
「韓国の石器を思わせる所から、石皿」、
「釉薬に長石を使うから、石皿」というような感じらしいです。
はっきりした由来は分からないようです。器に描かれた絵や文字の中では初期伊万里、桃山唐津と並んで第一級のものとも評されます。本作品は何ともユーモラスに生き生きと描かれています。省略の中に絵付けの技を見ます。なんともよい味わいを醸し出しています。

江戸時代後半の瀬戸窯は、現在の瀬戸市の中央に位置する瀬戸村を中心に登窯が増加するなど最盛期を迎えます。その製品は瀬戸村を例にすると、茶碗・湯呑・皿などの食膳具をはじめ、植木鉢・火鉢といった住用具、甕や半胴といった貯蔵具など、日常生活におけるやきもの需要の急速なたかまりを背景に、様々な釉薬・技法を施した新たな製品が数多く生み出されるなど、産業的なエネルギーに支えられ、19世紀の磁器生産開始へと続く時代でした。
こうした産地の盛り上がりがあった時代に、石皿・馬の目皿・行燈皿などの絵皿は生み出されました。

そこに描かれたものは、吉祥を表わす鶴や松、絵柄の組合せで意味を成す判じ絵、園芸ブームを背景とした朝顔などの花木であり、まさに当時の江戸を中心として発展した庶民文化を表わしているといえます。さらに、絵付の軽妙でのびのびとした自由な筆運びは庶民の「粋」の精神、遊び心をより刺激したことでしょう。

絵付けは鉄絵と呉須の組み合わせが一般的です。一日に数百点も絵付けをしているうちに何も考えなくとも実にいい線が描けるようになるのでしょう。民藝作品は値を下げてしまったものが多いですが、それでも瀬戸の絵皿の魅力ある品には相変わらず愛好する方が多いのではないでしょうか。

瀬戸の石皿は煮〆皿や瀬戸絵皿とも称されているように、油皿(行灯皿)とは用途の上で区分されるものでしょう。形状も油皿は平らに近く石皿系統はがっちりしているものの皿の形状を成している作品が多くなります。
石皿には
①無地のもの、
②簡単な絵付けのもの、
③書き込みの多い上手の作品、
④そして長石分の多い釉薬で器体全面を白化粧し、その上に鉄で渦巻き文を描く「馬の目皿」
の4種に区分できるでしょう。

「馬の目皿」の文様は単純なようですが、淀みなくこの渦巻き文を描くことは日々大量に同じ図柄を描くことで、初めて可能となるのでしょう。現代でも模倣品を見かけますが、無意識の渦巻き文にはほど遠い物ばかりです。
なおこの馬の目の数でどうも評価が違うようですが、あくまでもそれはマニアックな世界、骨董の美とは無関係です。ただ発展形としての文様も入れると多種多様であります。
ついでながら馬の目皿のみを蒐集するというのは当方では如何なものかと思います。お猪口のみ、古伊万里のみ、ノリタケのみというのはおそらく美的価値から遠いものと判断しています。絵画でも同じですね。浮世絵美人画のみというのも頂けないものです。

なお瀬戸で作られた石皿と呼ばれる用途本位の簡素なうつわは想像もできないくらいの数が作られてこの世に存在していたかと思います。その中でごく一部に自由奔放な絵付けが施されたものが今日絵瀬戸石皿と呼ばれて珍重される一群で、それは柳宗悦らが取り上げて古民藝の定番として現在でも評価されていると思います。
あとの大部分の石皿は絵付けさえも施されず、無地のまま粗末な道具として使い倒され、壊れれば惜しげもなく捨てられてきており、膨大な数が焼かれてまた膨大な数が廃棄処分の憂き目に遭ってきました。
当方では蒐集していませんが、無地の石皿は釉薬の成分が絵瀬戸の長石分の多いものより灰釉に近いものが多かったようです。それでやや緑や褐色に近い発色になっているものが多いようです。それだけにきらきらと硝子化したものの発色はきれいで、そこに経年の使用された味が染み込むとまた一段と愉しいものになっています。ただこれは無地意外の簡単な絵付けの作品でも楽しめる鑑賞ポイントです。
評価は好みによるでしょうが上記の分類の石皿の種類の中では、はやり上手の作品の大きめの絵皿が評価が高いようです。

下記の図柄は人気があったのでしょうか? かなりの数が遺されているようです。

今では数千円から1万円程度の作品ですが、実に丈夫なので当方では家内が実際に複数の作品を使っています。割れて破損してもご愛敬という感じの丈夫さですね。

展示室では大津絵と一緒に飾って愉しんでいます。

ともにもやは語りつくされた感のある民芸作品・・。

家内は単純な魚などの石皿が好きなようですが、当方はこの程度の書き込みにある瀬戸絵皿が好きですね。

一日に何十枚も描き続けたことにより、まったく媚びた感じがしない絵になっています。

上空には月が出ていて、松か柳かよく分からない樹木が自由奔放に描かれています。この図柄は以前紹介した「行灯皿」にもあります。もっと簡略された図柄になっていることに気が付いた方がおられるかもしれませんね。

南画のようでもあり、古武雄焼にも似ており、そしてまるでピカソのような出来上がりです。

絵瀬戸の中でもこれほどの作品は珍しい・・・。

皿としてはまったく武骨な作品です。

あちこちに傷がありますが、これもご愛敬。

瀬戸絵皿の作品、ひとつやふたつ家に普段使いとしてあってもいいではないでしょうか? 繰り返しになりますが、「出来の良い」といっても所詮日用雑貨であり、意外と格安で入手できる作品群です。月日が経つのは早いもの、コロナウイルスなど疑心暗鬼な情勢で、身の回りにはちょっと面白いものに囲まれて過ごしたいものです。
本日の作品紹介はいままで機会あるごとに紹介してきた瀬戸の絵皿ですが、本日もまた気に入った作品が入手できましたので紹介します。これほど絵の出来の良い瀬戸の絵皿は珍しいでしょう。
樹下家屋文瀬戸絵石皿 江戸後期
誂箱
口径255*高台径*高さ42

瀬戸の煮〆皿は江戸末期から瀬戸で大量に作られた雑器中の雑器です。石皿の特徴は呉須と鉄で絵付けされていて、皿の縁取りが広く取ってあること、高台が厚めに低めに作ってある事などです。煮〆を盛るのに良い感じなので、煮〆皿とも呼ぶようです。大量に作られたが故に、そこに描かれた絵や文字は、手慣れた筆裁きによる無意識の美を表しています。

石皿の名前の由来は、いくつかあるようです。
「韓国の石器を思わせる所から、石皿」、
「釉薬に長石を使うから、石皿」というような感じらしいです。
はっきりした由来は分からないようです。器に描かれた絵や文字の中では初期伊万里、桃山唐津と並んで第一級のものとも評されます。本作品は何ともユーモラスに生き生きと描かれています。省略の中に絵付けの技を見ます。なんともよい味わいを醸し出しています。

江戸時代後半の瀬戸窯は、現在の瀬戸市の中央に位置する瀬戸村を中心に登窯が増加するなど最盛期を迎えます。その製品は瀬戸村を例にすると、茶碗・湯呑・皿などの食膳具をはじめ、植木鉢・火鉢といった住用具、甕や半胴といった貯蔵具など、日常生活におけるやきもの需要の急速なたかまりを背景に、様々な釉薬・技法を施した新たな製品が数多く生み出されるなど、産業的なエネルギーに支えられ、19世紀の磁器生産開始へと続く時代でした。
こうした産地の盛り上がりがあった時代に、石皿・馬の目皿・行燈皿などの絵皿は生み出されました。

そこに描かれたものは、吉祥を表わす鶴や松、絵柄の組合せで意味を成す判じ絵、園芸ブームを背景とした朝顔などの花木であり、まさに当時の江戸を中心として発展した庶民文化を表わしているといえます。さらに、絵付の軽妙でのびのびとした自由な筆運びは庶民の「粋」の精神、遊び心をより刺激したことでしょう。

絵付けは鉄絵と呉須の組み合わせが一般的です。一日に数百点も絵付けをしているうちに何も考えなくとも実にいい線が描けるようになるのでしょう。民藝作品は値を下げてしまったものが多いですが、それでも瀬戸の絵皿の魅力ある品には相変わらず愛好する方が多いのではないでしょうか。

瀬戸の石皿は煮〆皿や瀬戸絵皿とも称されているように、油皿(行灯皿)とは用途の上で区分されるものでしょう。形状も油皿は平らに近く石皿系統はがっちりしているものの皿の形状を成している作品が多くなります。
石皿には
①無地のもの、
②簡単な絵付けのもの、
③書き込みの多い上手の作品、
④そして長石分の多い釉薬で器体全面を白化粧し、その上に鉄で渦巻き文を描く「馬の目皿」
の4種に区分できるでしょう。

「馬の目皿」の文様は単純なようですが、淀みなくこの渦巻き文を描くことは日々大量に同じ図柄を描くことで、初めて可能となるのでしょう。現代でも模倣品を見かけますが、無意識の渦巻き文にはほど遠い物ばかりです。
なおこの馬の目の数でどうも評価が違うようですが、あくまでもそれはマニアックな世界、骨董の美とは無関係です。ただ発展形としての文様も入れると多種多様であります。
ついでながら馬の目皿のみを蒐集するというのは当方では如何なものかと思います。お猪口のみ、古伊万里のみ、ノリタケのみというのはおそらく美的価値から遠いものと判断しています。絵画でも同じですね。浮世絵美人画のみというのも頂けないものです。

なお瀬戸で作られた石皿と呼ばれる用途本位の簡素なうつわは想像もできないくらいの数が作られてこの世に存在していたかと思います。その中でごく一部に自由奔放な絵付けが施されたものが今日絵瀬戸石皿と呼ばれて珍重される一群で、それは柳宗悦らが取り上げて古民藝の定番として現在でも評価されていると思います。
あとの大部分の石皿は絵付けさえも施されず、無地のまま粗末な道具として使い倒され、壊れれば惜しげもなく捨てられてきており、膨大な数が焼かれてまた膨大な数が廃棄処分の憂き目に遭ってきました。
当方では蒐集していませんが、無地の石皿は釉薬の成分が絵瀬戸の長石分の多いものより灰釉に近いものが多かったようです。それでやや緑や褐色に近い発色になっているものが多いようです。それだけにきらきらと硝子化したものの発色はきれいで、そこに経年の使用された味が染み込むとまた一段と愉しいものになっています。ただこれは無地意外の簡単な絵付けの作品でも楽しめる鑑賞ポイントです。
評価は好みによるでしょうが上記の分類の石皿の種類の中では、はやり上手の作品の大きめの絵皿が評価が高いようです。

下記の図柄は人気があったのでしょうか? かなりの数が遺されているようです。

今では数千円から1万円程度の作品ですが、実に丈夫なので当方では家内が実際に複数の作品を使っています。割れて破損してもご愛敬という感じの丈夫さですね。

展示室では大津絵と一緒に飾って愉しんでいます。

ともにもやは語りつくされた感のある民芸作品・・。

家内は単純な魚などの石皿が好きなようですが、当方はこの程度の書き込みにある瀬戸絵皿が好きですね。

一日に何十枚も描き続けたことにより、まったく媚びた感じがしない絵になっています。

上空には月が出ていて、松か柳かよく分からない樹木が自由奔放に描かれています。この図柄は以前紹介した「行灯皿」にもあります。もっと簡略された図柄になっていることに気が付いた方がおられるかもしれませんね。

南画のようでもあり、古武雄焼にも似ており、そしてまるでピカソのような出来上がりです。

絵瀬戸の中でもこれほどの作品は珍しい・・・。

皿としてはまったく武骨な作品です。

あちこちに傷がありますが、これもご愛敬。

瀬戸絵皿の作品、ひとつやふたつ家に普段使いとしてあってもいいではないでしょうか? 繰り返しになりますが、「出来の良い」といっても所詮日用雑貨であり、意外と格安で入手できる作品群です。月日が経つのは早いもの、コロナウイルスなど疑心暗鬼な情勢で、身の回りにはちょっと面白いものに囲まれて過ごしたいものです。
>格安で入手できる
( *'σI')ぅん。
行燈皿・石皿はそうでもないが この手は安すぎですね。もう45年程価格が変わっていない。
収集と言うことでなく、・・・
・・・より気に入ったものを見つけたら 枚数にこだわらず 手元に置いておきたい。