本日は投稿するのを失念?していた原稿ですが、定期的な投稿は先週をもって終了とさせていただきます。今年は本日をもって終了となります。ご愛読の皆様、良いお年を・・、来年もよろしくお願いしたします。年末年始はまた男の隠れ家にこもります。 . . . 本文を読む
掛け軸などで戸惑うことがあるのは、まったく同じ構図の複数の作品に出合った時です。明らかな模作でもありえることですが、早計に模写や贋作とは決めきれない場合が多々あります。贋作や模写の場合は明らかに技量が劣る作ですが、驚くべきことに印章以外にはそれらしい根拠が見当たらないときが多いからです。
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「9歳で寺に修行に出るが、11歳で彼女をつくって駆け落ち。14歳で江戸に出て、改心して仏教を学ぶも、途中でくじけて遊郭通い。尼僧を襲って破門されるも、茨城に逃げて農家の婿に。ところがやっぱり江戸の暮らしが懐かしくなり遁走。この後、気の向くままに放浪し、長崎や天草に行ったり、子作りに励んだり、修験者になったり、富士山にのぼったり・・。ある地では船の操縦に凝り、バクチや凧揚げにも熱中した。脈絡は一切ナシ。」という画家。 . . . 本文を読む
人物画や花鳥画を得意としていたが、特に肉筆美人画にその手腕を発揮し、雪斎による美人画は父雪鼎より練達した筆致で描かれ、注目すべき作品が多い。法橋期は美人画を雪鼎譲りの豊麗さと可憐の風情で描いた。 . . . 本文を読む
達吉の言う「人間らしさ」とは、常に向上すること。つまり、咋日より今日、今日より明日の自分の方が進歩していて、死ぬときが最高の自分であることを求めつづけるという意味でしょう。それは、人が人を、自然を愛し、慈しみ、感謝し、心豊かに生活することと言えるのでしょう。芸術については、「芸術作品は、作者の人間性、全人格が優劣を決めるのであって、技術ではない。」、「最後は『人格』に帰する。何をしてもこの『人格』の表現だ。」と言っているように、人格の大切さを唱えています。描いた人、作った人物が解っている作品はその人となりも鑑賞の対象となるもののようです。
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来年の干支は酉、家内は年賀状のデザインに古染付皿の鶏の図柄をデザインしました。
「酉」は、「とり」と読みますが、実際には「にわとり」のことです。新年も一番に鳴く鳥のため縁起が良いとされています。さらに商売関係に縁起のよい干支とされています。「とり→とりこむ」で、商売に繋がるとされています。行動力があり、積極的。親切で世話好きであるという意味もあります。ちなみに家内は酉年生まれ。
さて鶏というと . . . 本文を読む
明治の頃の蒔絵や金工を専門とする職工は絵を本格的に習ったのでしょう。柴田是真もまたその一人でありますが、その時代の作品と比較して近代の蒔絵や金工に魅力が乏しいのは、やじゃり修練のなさゆえなのでしょう。 . . . 本文を読む
源内焼以外の下手な作品と混同している資料が多く、本来の源内焼は非常に優れた焼き物です。また平賀源内が製作したという「源内焼」は存在していません。「鳩渓作」というのは再興しようとした源内焼を模倣した下手な作品群です。 . . . 本文を読む