Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

心地よい感興

2005-01-01 | 
さて、恒例のヴィーンのニューイヤーコンサートである。グラス片手に一杯引っかけながらお気楽に流すのである。そうは言ってもこれが西洋芸術音楽界の、注目度・売り上げからしても年間最大のイヴェントである事に間違いない。それは、演奏されるワルツやポルカ類が芸術音楽として認知されているからである。芸術か娯楽かは、演奏する楽団や演奏家には関係ない。

このプログラムを主に受け持つ父子ヨハン・シュトラウスは、ハブスブルグ時世そして革命後に新しい市民層のエンターテーメントを提供してレハールなどと共にダイナスティーを築いた。其の活躍はロシアを超えて北アメリカにまで及んだ。飲食店や公園で舞踏会で市民の憩いを提供していたこの活動が、その持て余す才能で喜歌劇を作曲して国立劇場のレパートリーとして受け入れられていく過程は面白い。

これらのレパートリーが直ぐに芸術的価値を持つかどうかは、美学として別の問題となるのだが、これは昨今の価値観の変遷から断定するのは益々困難となった。時代により変わるものなのである。中世において世俗と聖なるものが一対になっていたように、貴族的なものと市民的もの、商業的と伝統的、真剣なものと娯楽が対照とされた。野暮な議論は止そう。

このコンサート、1939年に貴族の落胤といわれる指揮者クレメンス・クラウスの音頭取りによって定着したという。我々は知っている。アンドリュー・リュウが気の効いた編曲をして自らもアレンジ料を徴収して莫大な富を築いた事を、三人のテノールの公演は娯楽としての莫大な著作権料を徴収された大事業な事を。それでは、何とも中途半端なこのコンサートが何故定着しているのだろうか。そこでは、中継画面の途中に映し出される低地オーストリーのドナウの流れや森やザルツブルクの山並みを背にした草原や多くの名所旧跡に表れる歴史と生活が走馬灯の如く、これらの音楽から想起されるからではないか。ビーダーマイヤー風といわれるようななんとも心地よい感興は、南ドイツからヴィーンにかけての血と肉となった、大義名分や知的認識とは距離を置いた、殆んど天国的と云える生活感なのである。
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其れらしいもの

2005-01-01 | 
ヴィーナー・ノイヤーコンツェルトほど、放送界でも定着していないベルリンのジルフェスター・コンツェルトをTV鑑賞する事にした。プログラムが決して楽興の時をではなく、寧ろ其の反対を与えてくれる事を予想したからだ。プログラム曲のカール・オルフ曲「カルミナ・ブラーナ」は、バイエルンアルプスの麓の町テルツの修道院から見つかった13世紀の様々な詩や僅かのネウマ譜を集めた謡曲集を1936年にアレンジしたものある。この作曲家の仕事の評価は、当時の第三帝国時代から戦後の連邦共和国まで一筋縄では行かない。その簡易な書法ゆえに、音楽・リズム教育の素材としても使われて知名度とその影響するところの裾野を広くした。初演当時は、その中世高地ドイツ語とラテン語さらにフランスホック語の歌詞についての批判が大きかった。ある意味汎欧州的であったゆえに異教的にも響く。しかし全ては、原本の歌詞と彼のアレンジの庶民性に救われたようである。初演当時ナチの宣伝相ゲッペレス博士は、この新曲をラジオで聞いて「カール・オルフにおいては無調に才能を示すではなく....、テキストさえ確りしていたなら....、近いうちに彼を呼び寄せよう。」とこの四分の一ユダヤの血を持ったこの作曲家を公に褒めている。この事実は、この作曲家と其の作品が示す個性を如実にあらわしている。これは1940年のベームの指揮の下、ドレスデンでの歴史的成功へと引き継がれる。

戦後の進展もその問題となった中世におけるラテン語とドイツ語の関連ゆえに、この曲は歴史の中で受け継がれる。ゲオルグ・シュタイナーはこの曲を「ファシズムのゴミ」と呼び、シュトッケンシュミット氏は「忍耐、都合次第、当局の恩恵に輝く」と評価している。その後この作曲家はミュンヘンの作曲科教授として最後までドイツ音楽の重鎮として君臨した。

実際この中世を偽った曲は、所謂実用音楽である。それは提唱者ヒンデミットなどとも大きく異なり、表現のための表現ではなく表現する人のための表現が支配している。絶えず批判の的と為った異教的なドイツ風のラテン語の響きがこの曲の真骨頂である。恐らくこれなくしては遠い昔に忘れ去られていたであろう事は容易に想像出来る。

この芸術に、偶然にも同時代の社会主義リアリズムの理想にも近い全体主義的なものを直感するのは強ち誤りではない。ベルトルト・ブレヒトの名言を思い出す。「民族と云うのはその集合を指して、ら し さ と云うものではありません。」。

そして指揮のサイモン・ラトル氏はアンコールで彼なりの見解を示した。「本来は古楽をやるべきところですが、楽員が多すぎるので、我々の 英 国 の 作 曲 家 ヘンデルを演奏します。」とメサイアを紹介した。
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