Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

「ある若き詩人のためのレクイエム」

2005-01-30 | 文化一般
1970年8月に自殺したドイツの人気作曲家ベルント・アロイス・ツィンマーマンが1969年に完成した曲である。1918年にケルン近郊に生まれたカトリックの作曲家は、第二次大戦時従軍するが、その期間一発も弾を発射しなかったと友人に告白している。それゆえか早めに負傷している。戦前・戦中から既に作曲をしており、美しい曲が存在している。戦後、それらの完成度や特性に関わらず自らの作風に強い懸念を持ってその大部分を放棄した。しかしその後ダルムシュタットの夏期講座に参加して、一躍人気作曲家となっていく。

この曲は、様々な肉声録音や朗読されたテクストさらにデモ行進の騒音や電子音などを加えて大きなモンタージュが形成されている。そして舞台上のオーケストラと合唱にジャズバンド、ハモンドオルガン、歌手等のライヴ音が、スピーカーで流される上記の材料をコラージュとして包み込む。そこでは、ヴラジミール・マヤコフスキーやコンラド・マイヤーなどロシア革命時期に若くして命を絶った詩人を主体にハンス・ヘンニン・ヤーンやヴェレーズ、ダダのクルト・シュヴィッターの一節に加え、カミュの「カリグラ」、エズラ・ポンドの「伯爵」、ジョイスの「ウリシーズ・ブルームのモノローグ」、アイスキュロスの「ペルシャ人」や「プロメテウス」、ヴィットゲンシュタインの「哲学の審査・冒頭」、スターリンの「反ファシズム宣言」、毛沢東の「共産党宣言」、連邦共和国憲法「第一・二章」などのテキストが題材となる。これに加えてプラハの春のデュブチェック首相、ハンガリーのナジ首相、ヒトラーのチェコ侵攻祝辞、暗殺未遂臨時ニュース、ゲッペルスの全面戦争宣言、チェンバレンの懐柔策案、チャーチル首相、ローマ法王等の肉声の演説録音断章が散りばめられる。余りにも分野が広く文化圏も多岐に渡るため把握するにも限界がある。だから、60年代後半のデモの喧騒等に、どちらかと言えば政治的に否定的、悲観的な印象を得る。更に主要テキストは虚無感に傾いている。

しかし、ラテン語のミサに組み込まれる政治演説の挿入法や構成が気が利いているだけでなく、そのモンタージュ全体が大変巧妙に仕組まれている。特に要所を憲法条文で抑えてくるところは心憎い。音楽は、歓喜の歌、メシアン、ミヨー、ヴァーグナーの「イゾルデの愛の死」やジャズ等をコラージュするのみならず効果的に使用する。作曲家は明らかにモーツァルトのように自分の遺作と意図したようだが、白鳥の歌のような、残された人類に贈られたレクイエムとなっている。この作曲家の戦前戦中の自己への批判は承知していたが、政治的材料があまりにも雄弁に語るので芸術の本質を見失いがちになる。過去、将来への歴史認識に限らず、先ずは塊をまな板に乗せて、一旦完全に腑分けしてこそ、そこから初めて趣味好く整えていく事が出来る。複雑でグロテスクな、到底従来の美しい器に盛ることが出来ないものが、こうしてコラージュとして現代的に手際よく盛り付けられていく。フルクサスを髣髴させる。作曲家は、1921年生まれのヨゼフ・ボイスとも親交があったのだろうか。

実は、映画「MISHIMA」の録画ヴィデオを観ようとした。それに上書きされて録画されていたこのレクイエム再演のドキュメントTV番組を偶然再発見した。そしてコッポラとルーカス制作・フィリップ・グラス作曲の上手い作りの映画を一気に最後まで見終えた。1925年生まれでやはり1970年11月25日に自決した三島由紀夫とその「天人五衰」が比較される。少なくとも両遺作に共通するのは、決行を覚悟した人間独特の落ち着かない視線かもしれない。
コメント (8)
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