Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

何十何百年も前の事

2006-04-23 | 文学・思想
日本武道の指導者にお会いした。地元プファルツで小さな道場を持っている。独日協会をネットで見つけて、新規加入される様子である。日本での修行も当然の事ながら経験されているが、本人も自覚されて居るように、柔道や空手のようにそれほど一般の関心が高いものではない。特に攻撃性を目指す輩からは、不評の様である。女性を中心に護身術としての合気道なら人気が高いのであるが、居合い抜きなどの武術は大分様子が違う。

今思い出したが、そう言えば先日弓道の欧州の元締めにお会いした。たこの出来た手を自慢そうに示された。氏も度々日本へ飛び、弓道の指導者達と交流していると言う。当然の事ながら、それらの関係者は警察署長などの武闘派が多い。精神的なものを重んじるこういった武道家には、そうした現在の状況が大変物足りないらしい。

名古屋万博の節に交換訪問した女子大生が五週間ほど、宇都宮で日本の盛夏を過ごした話を聞いたが、これは機会があれば改めて触れよう。この学生さんとは年齢は半世紀程違うが、我がお慕いする博士号所持のご婦人に、著書「あたたかな気持ちのあるところ」を紹介した。彼女に言わせると、「これだけ十分に字が大きくても、私には天眼鏡が必要で」と、天眼鏡を取り出して、その場で少し音読して頂いた。少年の名前を「こんにちは、健太君」を「ケンダイ君」と音読されたので、「固有名詞ですから仕方ないですね。」と申し上げた。後で考えると「健大君」と読まれたのであろう。大変申し訳ないことを言った。更に「この40年の年齢差は平均寿命の半分ですよね。」と言って変な顔をされる。そして、「なんせ、日本語を読んでいたのは二十年も昔の事だからね。」と言われて仕舞った。

根を詰めて読まれて、肩こりでも引き起こすといけないので、無理にはお勧めせず、上の女子大生の方へターゲットを変えたのだが、こちらは専門もまだ一つ決まってない様子で、少なくとも日本学でも無い様、日本語の読書は殆んど無理であった。仕方ないので、先ずは間接的に日本学の学び手に渡そうとしたが、最後に上述のベテランのご婦人が来られ、「読み終わったら貸して」と言われたので、躊躇無くそのままお貸しした。一応ざっと説明しておいたので、天眼鏡片手に、表面上平易な文章から何を読みとるか楽しみである。ここのサイト自体も紹介してあり見て頂いてはいるのだが、どうも辛気臭いと思われているらしい。年齢には関係無く、ご婦人に気にいって頂くのは難しい。

上述の本の内容ではないが、嘗ての事を思い出して、ネットサーチして居ると、二十年近く前に事故で亡くした仲間が回想されていて感慨深かった。偶然が重なって特に最後にお別れした時の様子が昨日の事のように記憶されている。その死が、自身の心理の中で事件であったから良く覚えてるのに違いない。そういった追想を与えてくれるサイトの執筆者自体が懐かしい方で、現在も精力的に活躍されているのを見ると月日の流れを感じざるを得ない。自身に於ける時の経過と合わせ、不思議な気持ちにしてくれる。その内容に関しては、適当な機会に改めて触れてみたいが、こうして亡き人が少なくとも仲間が健在なうちはメモリアルとして触れられる事は大変素晴らしいと思った。
コメント
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