ここ暫く、散歩や外出先から夜遅く帰って来たりして、なかなか起きていられない。そのような事情で、早朝にごそごそと旧約聖書を紐解いて、調べものをした。その 歴 史 に興味はあっても、なかなか目を通すことの出来ない書物なので、なんらかの切っ掛けがあれば興味津々で、少なくともその部分だけは読んでみる。今や聖書などは、様々な言語で多くの校訂版がネットで検索も出来て簡単に読めるのだが、手元にあるものを他のものと比べて、初めて納得が出来るような気もする。
暗闇に薄い紙の頁を、こうして指を舐めるように捲って、調べがついてから適当に記事を書き、それをアップしてからもう一眠りした。そして再び、確認を兼ねて記事をみるとトラックバックが付いていて驚く。何故ならば、繋がれた記事がまるで考え抜かれて対句したような内容であったからだ。そもそもこちらの記事自体が、アーモンドの開花からヘブライ語のアーモンドに至り、その言葉から同音の単語が旧約聖書で言葉遊びとして使われていた。それがリンク先ではユダヤ系のビュヒナー賞受賞の詩人パウル・ツェラァンの詩で重要な役割をしている。そしてそれがまた、アーモンドの実の成分や開花の文化的意味合いへと繋がり、アーモンド並木の現実へと再び還ってくる。
特にユダヤ系文人の創作の場合は、旧約聖書からの連想が重要な文化的・知的基盤となっているとは知識としては分かっていても、こうした形で証拠を目の辺りに出来るのは嬉しい。詩の場合は、ある程度解説を付けずにオープンにして措くのが礼儀であるのだろうが、共同文化的な価値を見逃す事は出来ない。文化的に価値のある付記は、研究家などの専門家によって当然の事ながら留意されるのだろうが、こうしてネットを通してなんら予想もしていなかった文脈が築かれていくのを見るのは素晴らしい。
それどころか、こう云った連綿と続くヘブライ文化の核にある観念連合が、ネット上の新たな文脈で 実 現 化 しているのを確認するのは面白い。ある意味で、ニュートンやアインシュタインに於ける思考パターンの基礎が、その理論以上に、こうして現実を支配していると認知出来る現象なのである。やはりヘブライの「見えない神」が世界を支配していると考えるべきなのだろうか?
元々インターネットの存在理由が軍事や学術的なデーターベースや処理であったことを思い出すと、知的所有物の保護の意識から一部有料化したりアクセス制限をするデーターベースは、技術的問題解決を待って結局淘汰されると考える。一部の学術論文や特許のデーターベースなどはその際たるものであろう。
蜘蛛の巣状に張り巡らされた文明の脈は、様々な文化的水脈がここ彼処で繋がっている様に、共有の知的財産となっている。昨日初めてWIKIがサーヴァーの容量不足で何度かアクセス出来なかった。商業主義を避ける為にスポンサーからの企業献金には憂慮して、一般の寄付を募っている。
参照:
哲学教授と為らず聖人に [ 女 ] / 2006-03-18
高みから深淵を覗き込む [ 文学・思想 ] / 2006-03-13
引き算無用の世界 [ 文学・思想 ] / 2005-05-08
否定の中で-モーゼとアロン(1) [ 文学・思想 ] / 2005-05-02
滑稽な独善と白けの感性 [ 歴史・時事 ] / 2005-03-10
高みからの眺望 [ 文学・思想 ] / 2005-03-09
無料情報の客観主義 [ 文化一般 ] / 2005-08-10
暗闇に薄い紙の頁を、こうして指を舐めるように捲って、調べがついてから適当に記事を書き、それをアップしてからもう一眠りした。そして再び、確認を兼ねて記事をみるとトラックバックが付いていて驚く。何故ならば、繋がれた記事がまるで考え抜かれて対句したような内容であったからだ。そもそもこちらの記事自体が、アーモンドの開花からヘブライ語のアーモンドに至り、その言葉から同音の単語が旧約聖書で言葉遊びとして使われていた。それがリンク先ではユダヤ系のビュヒナー賞受賞の詩人パウル・ツェラァンの詩で重要な役割をしている。そしてそれがまた、アーモンドの実の成分や開花の文化的意味合いへと繋がり、アーモンド並木の現実へと再び還ってくる。
特にユダヤ系文人の創作の場合は、旧約聖書からの連想が重要な文化的・知的基盤となっているとは知識としては分かっていても、こうした形で証拠を目の辺りに出来るのは嬉しい。詩の場合は、ある程度解説を付けずにオープンにして措くのが礼儀であるのだろうが、共同文化的な価値を見逃す事は出来ない。文化的に価値のある付記は、研究家などの専門家によって当然の事ながら留意されるのだろうが、こうしてネットを通してなんら予想もしていなかった文脈が築かれていくのを見るのは素晴らしい。
それどころか、こう云った連綿と続くヘブライ文化の核にある観念連合が、ネット上の新たな文脈で 実 現 化 しているのを確認するのは面白い。ある意味で、ニュートンやアインシュタインに於ける思考パターンの基礎が、その理論以上に、こうして現実を支配していると認知出来る現象なのである。やはりヘブライの「見えない神」が世界を支配していると考えるべきなのだろうか?
元々インターネットの存在理由が軍事や学術的なデーターベースや処理であったことを思い出すと、知的所有物の保護の意識から一部有料化したりアクセス制限をするデーターベースは、技術的問題解決を待って結局淘汰されると考える。一部の学術論文や特許のデーターベースなどはその際たるものであろう。
蜘蛛の巣状に張り巡らされた文明の脈は、様々な文化的水脈がここ彼処で繋がっている様に、共有の知的財産となっている。昨日初めてWIKIがサーヴァーの容量不足で何度かアクセス出来なかった。商業主義を避ける為にスポンサーからの企業献金には憂慮して、一般の寄付を募っている。
参照:
哲学教授と為らず聖人に [ 女 ] / 2006-03-18
高みから深淵を覗き込む [ 文学・思想 ] / 2006-03-13
引き算無用の世界 [ 文学・思想 ] / 2005-05-08
否定の中で-モーゼとアロン(1) [ 文学・思想 ] / 2005-05-02
滑稽な独善と白けの感性 [ 歴史・時事 ] / 2005-03-10
高みからの眺望 [ 文学・思想 ] / 2005-03-09
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