Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

ライク・ノー・アザー

2006-04-05 | マスメディア批評
ストラディヴァリウスの音に感動する脳のプロセスを示唆した文章を見た。名器に拘らず多くの音楽ファンは、琴線に触れた楽音による自らの感動の記憶を持ち、それを自己の脳に於ける解析のプロセスとして、嘗て少年少女の頃に考察した経験があるのではないだろうか。そのような考察を推し進めて、こうした 感 覚 が物理的に定量化出来ない特別なものとして扱われている。本当にそれは正しい考察なのだろうか?

そこで、一つの命題を考えてみる。「名器は、美しい音を奏でる。」。そこで謳われる美しい 唯 一 無 二 の音にそもそも普遍性があるのだろうか。答えはいとも簡単で、否である。例えば、ストラディヴァリウスの音を、無作為に選んだ試験者に聞かせても決して最も美しいとは評価されない。何故ならば、その審美眼は大変文化的であるからだ。それでも、西洋音楽の音構造の中での音の粒立ちとか音量の大きさは物理的に定量化されるので、誰にでも認識出来る。質より量なのである。

これは、ワインの美味さを語る時に、糖の分析量が多くを語る事と変わり無い。つまり、お腹を空かしていたり、糖尿病で糖を欲しているとなると、その相対的な物理量は旨さに即繋がる。元来アルコールは苦く、飲料には適さないが、麻酔効果があるので様々な楽しみ方がなされてきた。それゆえに、衣食住満ち足りた現代に於いては、甘いワインよりも辛口ワインの方が通向きとされるのである。その甘さの傾向もその時代によって変化して行く。だから、「辛口のワインは、旨い」と云う命題も誤りである。ただ嗜好品である故に、栄養としての実質を取り除いた、趣味性こそがそこに求められて、ワイン文化と云う高度な文化が成り立つ。

同様の「甘い」事例は、上述の名器の美しさにも通じるものである。音量が大きい事が元々音楽の目的として、ピタゴラス以来、音楽理論は音の共鳴と云う定量化された物理現象を根拠にユークリッド的な発展をして、そこに収斂していった。しかし実際の作曲は、それどころか微妙さの例外を極め、偏向と揺らぎの知的集積となった。実用よりも趣味が、感覚よりも意図が追求されていったからに違いない。だから、そこに「美しい音の実体」などは存在しない。つまり、ここでも、量より質が求められる音楽文化が発生している。まさにピアノなどは猫が弾いても同じ音がすると云う名言の即物性や事実への反対弁論なのである。

そしてその文化たるや人類の遺産かと云うと、情報の流通が拡大された中で蓄積された大まかな共通の価値観が存在しているかのように見えるが、多くの場合はそこに何らの普遍性すら存在しない。何故ならばそれらはミームと云うような言葉で示される、知的概念の流動的な伝播であるからだ。

これらの事象を考慮すると、定量化出来ない文化的価値観を科学する事は端から実体のないものを分析するようなものである。最近の医学生理学者に好まれるように、入出力の情報工学としてこれらを扱うとしても、ここで生物個体に於けるインプットを議論する事は上述の事情から不可能に見える。もしこれを個体の問題として扱うならば独我論と認定される考えに含まれるのではなかろうか。

先日のドイツ神経生理学会での社会的問題提議の記事や不死の話題のラジオ番組から、または予てから腑に落ちなかったロボットの擬人化など「特殊な思想」の疑問を解いてくれる鍵がこうして見付かった。さらに、桜の文化的意味合い散見して、また些か独我的で非ユークリッドな表現を目指した作曲家クセナキス哲学を思うと、旧世界間の大きな断層にこそその文化的なダイナミズムが存在するのが分かる。

大変穿った見方をすれば、そのような大きな文化的落差を、如何にもそれらしい統一性で、ありえない普遍性に 平 均 化 して仕舞おうとする文化的グローバリズムの思想がここに働いているのではないか。経済的な平均化では超えられない不満を、文化的な平均化で解消しようとしているのかもしれない。そのような見識こそが、グローバリズムを追い求める私企業の経営哲学であって、こうして統合化された中で初めてユニークなものに普遍な価値が宿ると新たな登録商標は示しているように感じる。

like.no.other™は、株式会社ソニーの新しい登録商標である。新聞広告に写っていたドイツサッカー代表ミヒャエル・バラックの顔が青褪めて見えるのは如何してなのか?

写真:ストラディヴァリウスの1672年作ヴィオラ「グスタフ・マーラー」



参照:
逸脱してその実体に迫る [ 音 ] / 2006-05-03
ワイン街道浮世床-ミーム談義 [文化一般] / 2005-05-25
マイスターのための葬送行進曲 [ 音 ] / 2005-04-15
Mens sana in corpore sano [ 数学・自然科学 ] / 2004-12-31
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