Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

コンセプトが欠けていると

2020-12-15 | マスメディア批評
春の日和と聞いた。陽が陰ると寒い。今週来週と最高気温摂氏二桁台に乗るとされているが、陽射しが無いとやはり辛い。散髪のお蔭で可成り気分は良い。今回のロックダウンは1月10までだが、その後も通学となっても一月二月と感冒の季節ゆえに続くとされている。ワクチンの効果を加えた新たなコンセプトを出して欲しい。

日曜日は朝起きして、クリーヴランドから放送のシカゴ交響楽団の二月の中継録音流して、その後ヴィーンからの生中継を流した。双方ともバタバタしていたので録音だけをしておいて後ほど聞き直すのだが、前者の指揮者のリカルド・ムーティと並んで後者のズビン・メータの両指揮者はその音楽性で本当に素晴らしい。

先ずヴィーンからの無観客中継録音を聴いて、嘗てはそれほど感じなかった歌いまわしの見事さが現在の大巨匠ぶりを示していて、昔から聴いているとこの指揮者がこれほどまでに思うほどである。一昨年当りからの演奏会やオペラは大成功したものが多く、ミラノでの演奏など管弦楽団が下手なものも多いのだが、流石にヴィーナーフィルハーモニカーは上手に誤魔化している。復活祭の「オテロ」でもベルリナーフィルハーモニカーだからとちってしまったこともあるが、流石に座付楽団は上手だ。4月にはこの組み合わせで聴くことになっていたのに続き、新年1月のミュンヘンでの演奏会も駄目になる。

肝心の生中継は、分厚くたっぷっりとしたヴェーベルンの作品6に続いて、「最後の四つの歌」をこの2月に「ばらの騎士」のマルシェリンで好評だったニームントが歌った。その時は柔らかな声で人気だったが、声も合わないのかあまり感心出来る歌唱ではなかった。ディーアナ・ダマロウなどの正確さとは比較にならないもので、あくまでもオペラ歌手の余興という感じだった。その後の「ツァラトストラ」もアーティキュレーションが活きる指揮振りと誤魔化し上手な座付管弦楽団のお蔭でとても価値のある演奏になっていた。

リヒャルト・シュトラウスの音楽への指揮者フルトヴァングラーの見解を昨晩読んだ。指揮者の有名なバイロイトの第九交響曲を改めてネットで聴いたからである。その演奏の歴史的な評価をした有名な一人に先ほど亡くなったヨアヒム・カイザーがいたことは間違いなく、氏の著書を読み直した。やはり、そこから影響を受けた吉田秀和の書いたものを読んだ記憶からも、正しく指揮の分かり難さがそのまま慣れない寄せ集め座付楽団の不明瞭な演奏になっていた。

そのバイロイトの練習と本番をつぶさに体験したカイザー自身もフルトヴァングラーの最後の四年間を特別に扱い。42年の第九、所謂ウラニア盤のエロイカ交響曲そして二度目の大ハ長調交響曲と「トリスタン」だけは別格に扱っている。よく言われる「無から湧き上がるような音楽」は少なくともこの録音からは聴き取れない。凡演とまでは言わないが少なくとも管弦楽団はなにも出来ていない、その歴史的に特別な上演と中継の意味に比して芸術的な価値は全く以って高くない。多くの日本の愛好家などが同じ音源を何度も買わされた原因はそこにある。

車中のニュースは、長期的施策へのコンセプトが欠けているとの批判があり、各州代表のトライヤー知事はそのコンセプトを超えて感染が広がったからだと説明した様だ。ワクチンの効果を見込んでのコンセプトを出さない限り市民の協力はなかなか得られない。

また、知事の言葉として、完全ロックダウンの始まる水曜日前の月曜と火曜で閉める店は時間延長にしてでも顧客の要望に応えて欲しいとあった。それは床屋さんなどでもそうだろうが、週末からここまでの間に必要な人手を都合できるだろうか。言うは優しいがそんなに簡単に営業時間延長などできるのだろうか?



参照:
一月の宿をキャンセル 2020-12-14 | 生活
メルケルの啓蒙的演説 2020-12-13 | マスメディア批評
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