■ 猛暑には吸血鬼映画・・・しかもスウェーデン映画 ■
小学校の頃から「真のエコロジスト?」を目指す私の家にはクーラーがありません。しかし連日35℃を越す猛暑で、室温も日々34℃を越えています。扇風機から吹き寄せるのは「熱風」です。この暑さででは室内に居ながら熱中症気味。
そこで中2の娘を連れて映画館に緊急避難することにしました。どうせ見るなら涼しくなる映画が良い。そこで選んだのがスウェーデン映画。しかも吸血鬼映画。やはり人力流としては、古来日本人が求めた、「精神的な涼しさ」を追求したい所。
■ 映画はスチルで決める!! ■
学生時代は映画にのめり込み、モギリでもいいから映画業界に進みたいとも考えた時期があった私も、子供が出来てからは家族で近くのシネコンに行く事が多くなりました。当然、ハリウッド映画や、アニメ映画をばかり見ている昨今です。
しかし、冒頭に載せたようなスチル写真を見ると、「映画の虫」が騒ぎ出します。この色調、ボケ具合・・・・ヨーロッパ映画の臭いがプンプンしてきます。アンゲロ・プロスや初期のキエシロフスキーにも通じる臭いがします。
娘にはちょっと無理かとも思いましたが、12歳の少年と12歳の吸血鬼少女のロマンスという内容ならば、きっと血まみれのシーンは無かろう、いざ映画館へGO。
■ 血まみれの恋物語 ■
「ぼくのエリ」を一言で紹介します。・・・「絶対見るべきだ!!」
・・・・この映画を前に言葉は空虚ですが、気を取り直してチャレンジしてみます。
ストックホルムのアパートに母親と二人で暮らす12歳の少年オスカーはイジメられっ子です。そんな彼の隣の部屋に、娘と父親らしき二人が引っ越して来ます。
雪に埋もれた中庭でオスカーは娘に出会いますが、厳寒の中、ブラウスにスパッツ、足は裸足。髪は黒髪でエキセントリックな顔立ち、そして爪は垢にまみれ、さらにクサイ。普通ならドン引きする所ですが、孤独なオスカーは孤独な娘エリとの交流に心の救いを見出します。
年齢を聞かれた娘はこう答えます。「多分、12歳」だと。
娘とオスカーはぎこちない交流を重ね、やがてお互いに心引かれて行きます。しかし、娘はクサイまま・・・。
時を同じくして近所で殺人事件が発生します。被害者は木に吊るされ、頚動脈を切り裂かれ、血を抜かれています。犯人はエリと同居する男。彼は犯行を繰り返しますが、血を採集する前にいつも邪魔が入って失敗します。
男が血を集めるのは、エリに飲ませる為。・・・そう、エリは吸血鬼だったのです。度重なる採血の失敗で空腹が満たされないエリはオスカの血を啜る事を必死で耐えますが
とうとう近所の男性に襲いかかります。
夜しか外出しない少女。度重なる殺人。血に興奮するエリ・・・。少年もエリの正体に気付きますが、孤独な少年は少女を拒絶する事が出来ません。
オスカーはエリに聞きます。「君は死んでるの?」。エリは答えます「生きてるわ」。
ただ少女の「生」は残酷にも他人の「生」を犠牲にするだけ。12歳にして吸血鬼になった少女は、12歳の無邪気ともいえる「生への渇望」を抱いたまま200歳という齢を重ねているだけ・・・。
しかし、彼女に危機が迫り、少年と少女の別れが迫ります。
■ 10年に一度の傑作吸血鬼小説 ■
欧米では何故か10年に一作くらい、吸血鬼小説の名作が生まれます。近年の傑作は、アメリカのアン・ライスの小説「夜明けのヴァンパイア」でしょう。人の心を強く持ち、人の血を吸う事を拒み続ける吸血鬼という、吸血鬼のアイデンティティを主題にしたモダンホラーは、吸血鬼小説の新境地を切り開き、ハリウッドで映画化されてヒットします。
一方、未読ですが、「ぼくのエリ」の原作は、スウェーデンのS・キングと呼ばれるヨン・アイヴィデ・リンドの小説「モールス」です。モールスとは、壁越しにオスカーとエリが交わす「モールス信号」の会話の事。
「夜明けのヴァンパイア」と「モールス」の最大の違いは、吸血鬼の精神年齢です。
「夜明けのヴァンパイア」の吸血鬼は肉体的には年を取らなくても、精神が老いるので100年、200年と齢を重ねる内に、吸血鬼達は精神を消耗し自滅して行きます。
一方「モールス」のエリは12歳の少女の初々しし精神を保ったまま、200年の月日を生きています。人を襲う時は理性を無くし、獣の本性をむき出しにしますが、吸血の後は我に返って悲しみます。
一方、「夜明けのバンパイア」の吸血鬼達は、吸血の時も冷静です。ブラム・ストーカーのオリジナルのドラキュラの血統を継ぐ吸血鬼とも言えます。
同じ吸血鬼小説と言えども、「夜明け」は「吸血鬼ドラキュラ」を現代風にリフォームした作品。「モールス」は吸血鬼を題材にした純愛小説という大きな違いがあります。
尤も、ブラム・ストーカーのドラキュラからして、吸血鬼は恋に弱いというのが定番の様で、吸血というプラトニックな関係しか築けない彼らは、以外とウブなのかも知れません。その結果、恋した女性のモトカレに殺される運命を辿る事が定番となっています。
■ R15でないのが不思議? ■
さて、娘の反応はと言うと・・・「胃が飛び出すかと思った・・・怖かった・・」だそうです。あれ、少年と少女の純愛には感動しないのか・・・?
尤も、狼少女宜しく人に襲い掛かるエリや、頚動脈を切り裂いて血を集める男や、吸血鬼パワーでバラバラに飛散する死体のリアルな映像を見せられたら、15歳の少女としてはそこに恋など感じる余裕は無いかも知れません・・。
って、この映画、R15じゃないのが不思議。料金も中学生料金の\1,000だったし・・・。間違っても、皆さん、中学生の娘さんを連れて行かないように。多分、軽蔑されます。
尤も、娘の心の中に10年、20年と残り続ける映画でしょう。そして、娘が成人する頃に、「また見たい」と思うのは確実だと思わせる映画です。
■ 今年1番の映画では ■
CGや3D化で映画がアトラクション化した時代に、実写の映画の懐の深さを思い知らせてくれる映画です。
画面左半分を流れるタイトルロールの右半分は、画面を斜めに横切る雪の映像が続きます。
ひたすらアップで押し捲る映像は、アウトフォーカスしてもアップを貫き、ヒッチコックの切り開いた世界を突き進みます。
一方、風景を中心としたロングの構図は、ブリューゲルの絵画の伝統を引き継ぎ、いくつかの現象を包括しながら、物語を俯瞰します。
日本映画も含め、最近の妙にツルンとした肌合いの対極にある映画です。
フィルムが銀の粒子で出来ていて、それぞれが光と結合して陰影を作り出すという、映画の本質に忠実な映像です。
映画館は大学くらいから老人まで、映画ファンと思しき人々が詰め掛けて、熱気に溢れていました。「ゆれる」の時とロビーの雰囲気が良く似ていました。
多分、ロングランを記録する映画、2010年を代表する映画になるでしょう。