■ 36万Bqもの内部被曝 ■
大洗町の原子力施設で発生したプルトニウムの吸入事故。36万Bqのプルトニウムやアメニシウムを体内に取り込んだ可能性があると報道されています。
この報道に接した方の多くが、「とんでもない被曝事故」「きっとこの方は亡くられるに違いない」そう思われる事でしょう。
■ 甲状腺癌の治療に用いられる放射性ヨウ素131の服用量はケタが違う ■
一般的な甲状腺癌の治療に用いられるヨウ素131の投与量が1110(MBq)=111000万Bqだそうです。全身に転移しても甲状腺癌の細胞はヨウ素131を選択的に取り込むので癌細胞は放射線で死滅します。今回36の事故での吸引量36万と、甲状腺癌の治療の111000万ではケタが大きく異なります。
ヨウ素131とプルトニウムでは体内での振る舞いが違います。ヨウ素131は甲状腺や甲状腺癌の細胞に選択的に取り込まれ、80日でほぼ半分の量が体外に排出されます。ヨウ素131の放射線の半減期は8日なので、ヨウ素131は体内に留まる短時間の間に大量の放射線を発しますが、多くは甲状腺や甲状腺癌の細胞中での放射となります。
もちろん、こんな量のヨウ素131を投与された患者は歩く放射線発生源ですから、投与直後は患者から1m離れた所で72µSv/hの線量になる様です。
プルトニウムは吸入された場合、約50日の半減期で肺から排出されますが、その後、骨などの組織に吸収され、生物学的半減期は50年の長きを及びます。今回吸入事故に遭った方々にはプルトニウムを吸着して体外に排出するキレート剤が速やかに投与されたはずですから、36万ベクレルの内の一部が体内に留まり、α線などの放射線を放出し続けます。プルトニウムの放射線の半減期は24000年と長いので、体内に残ったプルトニウムの放射する放射線はほとんど減少する事はありません。
ヨウ素131の服用治療では短期間の間に強い放射線を発しますが、継続時間は短い。一方、プルトニウムの内部被曝では長期間に渡り放射線が持続的に放射される違いが在ります。
この様に医療用の放射線治療は大きな線量の放射線で一気に癌細胞を死滅させますが、今回の事故ではキレート剤で排出されなかったプルトニウムが長期に渡りジワジワと放射線を放出し続けます。
■ 内部被曝に対する細胞の反応 ■
プルトニウムはアルファー線核種なので、エネルギー値の高いアルファー線の影響による近接している細胞は死滅します。
近年の研究では細胞破壊時における周辺細胞の面白いふるまいが明らかになっています。ダメージを受けた細胞の直近の細胞はアポトーシス(細胞死)し易い状態に変化します。一方、それより外側の細胞は免疫力を高めます。これにより、ダメージを直接受けた、或いはその周囲でダメージを受けた可能性の在る細胞は「自殺」してガン化を防ぎ、そお周辺細胞は活性酸素への耐性を上げるなどの免疫反応によってガン化を抑止します。これらのコントロールはダメージを受けた細胞が発する伝達物質が関与していると言われています。
「放射線はとっても怖い」と主張する方々は、プルトニウムなどのアルファー線核種の内部被曝は、直近の細胞に繰り返し強い放射線が照射される事からガンの発生が起こりやすいという「ホットパーティクル仮設」を主張していますが、最新の研究では細胞はアルファー線の内部被曝などの影響を巧みに緩和する機構を備えている可能性が指摘されています。
■ 東海村の臨界事故とは異なる事を理解して下さい ■
今回の事故で東海村の原子力施設での臨界事故の事例を挙げて放射線の恐怖を煽っている方々が居る様です。
しかし、東海村の事故は致死量を超える中性子を直近から浴びるという、超小型核兵器を直近で使用されたに近い事故であり、当然被害者は短期間で全身の細胞が死滅して死に至ります。
しかし、今回の事故は微量のプルトニウムの吸入事故で、その影響はこれから何十年と経過観察して分かるか分からない程度のものです。
■ 小さじ1杯で2千万人が死ぬプルトニウム? ■
プルトニウムは最凶の放射性物質として「スプーン1杯で2千万人が死ぬ」とか「スプーン5杯で日本人が全滅する」などと吹聴されてきました。しかし、これは確率的死亡リスクを無意味に拡大しただけの数字の遊びに過ぎません。(これを主張している人は統計学を理解していないので本気で恐れているのでしょうが・・・)
この仮定が成り立つ為には日本人全員が同じ量のプルトニウムを吸引する必要が在りますが、どんな苛烈事故でも、そんな状況は起こり得ません。現場の作業員がプルトニウムを吸引したり、逃げ遅れた住民がプルトニウムを吸い込む程度です。
そして、例えプルトニウムを吸引しても速やかにキレート剤を投与してプルトニウムの体外排出を促せば、後は非常に低いガンの確率的発生に注意を払うだけで健康に別段問題は在りません。それも何十年後かのガンの心配です。
ちなみに今回のプルトニウムの吸引量ですが、体外排出され難い肺の2.2万Bqを重さに換算すると、ラフな計算で0.0000956g=0.00956mgとなりそうです。プルとニウムの吸入による致死量(15年後)が0.26mgという資料を見つけましたので、今回の吸入事故が即将来的な癌による死に繋がる事は有りません。
プルトニウムの最大許容身体負荷量(原発作業員などが1年間に許容される摂取量)は1500Bqですので、今回の吸入量はこの10倍を超えています。これだけ見ると決して軽微な事故では無いのですが、ロスアラモスの事故ではこの最大許容身体負荷量の10倍の吸入量の作業員も癌の発生も無く何十年も元気だったそうです。
原子力規制委員会の伴信彦委員は7日の定例会で「2万2千ベクレルの検出は半端な状況ではない。命に関わることはないだろうが、軽微なものではない。」とコメントしています。「まあ、心配は要らない」と言ってしまうと袋叩きにあうので、ちょっと硬い表現をしています。
■ 発癌の要因が一つ増えたと考える程度が妥当 ■
現代は高齢者の半数は癌を患います。多分高齢の方を精密に検査したら何等かのガン細胞が見つかるはずです。
数々の化学物質の摂取や過剰なストレス、さらには生物的寿命を医療で延長する事によるDNAの自然的劣化(=老化)によって人々は癌のリスクにさらされています。プルトニウムの吸引も、そんなリスクの内の一つに過ぎない・・・私はその程度に考えています。大量な喫煙や、大量の飲酒の方が余程怖いと・・。