家族の物語である。偶然にも2本とも。しかもいずれもジュリアン・ムーアが主演だった。レンタルしてきたときには、そんなこと気にも留めなかったから、ちょっとしたその偶然に驚く。しかも、彼女は同じような役なのである。主婦で、家族の崩壊を食い止めたいと願いながら、自分がその引き金を引いている。鈍感な女というとちょっと可哀想だが、結果的にはそうなる。どちらも最後は強引に上手く収まる。特に『クロエ』の方は、ええんかい、と突っ込みたくなるのだが。まぁ、いいかぁ。
夫の浮気を疑う女(ジュリアン・ムーア)が、偶然出会った若い女(娼婦なのだが)に夫の誘惑を頼む。証拠を突きつけるためだ。もうこの辺からなんだかなぁ、と思うのだが、本人は至極冷静なつもりだ。若い女は彼女に嘘をつく。何もないのに、まるで、夫が誘惑に乗ってきたような話をして、お金をせしめる。詐欺なのか、というと、そうではない。彼女は(若い女のことね。この子がタイトルロールのクロエです!)妄想を語ることで楽しんでいる。だが、実際はそうではなく、それはジュリアンを喜ばせるための行為なのだ。(なんだか、ややこしい)
この映画はアトム・エゴヤン監督の新作だから、それだけで借りてきた。劇場公開時にも、それだけで内容はまるで知らずに見に行こうと思った。彼の作品である、ということだけで、僕は全肯定だ。信用している。だが、今回は今までとなんだか様相が違う。このお話でも構わないが、ただもっとドラマに奥行きがなくてはつまらない。これではお話が単純過ぎだ。しかも、クロエの心情に迫れないまま終わるのも納得がいかない。彼女の方が主人公のはずなのに、あくまでもジュリアン・ムーア視点で描かれすぎた。全体のバランスが悪い。彼女の孤独の深淵に迫れないのなら意味がない。
その点『キッズ・オール・ライト』は焦点がしっかり絞れてあるから、安心して見ていられる。劇場版ではカットされたという過激なセックスシーンを復元したのもいい。あれはこの映画に必要なシーンだ。これはただの当たり障りのないホームドラマではないのだから、そこを曖昧にして爽やかな家族愛を描く感動ものにはできない。もちろん最後には穏やかに収まるべきところに収まり、ほっとする、それでいい。だが、そこまでの紆余曲折はドロドロしたところも含めて、ちゃんと見せるのがこの映画の意図を汲んでいる。そういう意味でもこの完全版はいい。
それにしても、2人の子供たちがいい。15歳の男の子と、大学に進学が決まり、秋になると家を出ていく18歳のお姉さん。この2人が自分たちの父親を捜し、彼とつき合うことで見えてくる「家族の姿」を描く。レズビアンの2人の母親に育てられた彼らは、自分たちの父親を知らない。彼女たちは同じ男性の精子提供によってそれぞれ1人ずつの子供を産んだ。それが彼ら姉弟だ。2人の母親と共に4人家族としてこれまで生きてきた。だが、この夏、姉がいなくなることを契機にして自分たちのルーツを見極めるため、母たちには内緒で協会から精子提供者の情報を受け取る。彼らが知ったその男性とのつき合いを通して4人家族が一瞬5人家族になる。だが、再びもとの家族に戻る。それまでの軌跡が描かれていく。ジュリアン・ムーアは2人の母親のひとりで(もうひとりはアネット・ベニング)精子提供者の男と付き合うようになる。ここでも彼女はトラブルメーカーだ。
夏の日射しのなかで繰り広げられる家族の狂想曲は、新しい一歩を踏み出す彼らにとって必要な試練だったのだろう。他人から見ればきっと「普通ではない家族」のはずが、それが、どこよりも普通の家族の姿を見せる。四人が真剣に自分たちの今を認識し、自分たちらしい生き方を求めるその姿がなんとも見ていて心地よい秀作である。
夫の浮気を疑う女(ジュリアン・ムーア)が、偶然出会った若い女(娼婦なのだが)に夫の誘惑を頼む。証拠を突きつけるためだ。もうこの辺からなんだかなぁ、と思うのだが、本人は至極冷静なつもりだ。若い女は彼女に嘘をつく。何もないのに、まるで、夫が誘惑に乗ってきたような話をして、お金をせしめる。詐欺なのか、というと、そうではない。彼女は(若い女のことね。この子がタイトルロールのクロエです!)妄想を語ることで楽しんでいる。だが、実際はそうではなく、それはジュリアンを喜ばせるための行為なのだ。(なんだか、ややこしい)
この映画はアトム・エゴヤン監督の新作だから、それだけで借りてきた。劇場公開時にも、それだけで内容はまるで知らずに見に行こうと思った。彼の作品である、ということだけで、僕は全肯定だ。信用している。だが、今回は今までとなんだか様相が違う。このお話でも構わないが、ただもっとドラマに奥行きがなくてはつまらない。これではお話が単純過ぎだ。しかも、クロエの心情に迫れないまま終わるのも納得がいかない。彼女の方が主人公のはずなのに、あくまでもジュリアン・ムーア視点で描かれすぎた。全体のバランスが悪い。彼女の孤独の深淵に迫れないのなら意味がない。
その点『キッズ・オール・ライト』は焦点がしっかり絞れてあるから、安心して見ていられる。劇場版ではカットされたという過激なセックスシーンを復元したのもいい。あれはこの映画に必要なシーンだ。これはただの当たり障りのないホームドラマではないのだから、そこを曖昧にして爽やかな家族愛を描く感動ものにはできない。もちろん最後には穏やかに収まるべきところに収まり、ほっとする、それでいい。だが、そこまでの紆余曲折はドロドロしたところも含めて、ちゃんと見せるのがこの映画の意図を汲んでいる。そういう意味でもこの完全版はいい。
それにしても、2人の子供たちがいい。15歳の男の子と、大学に進学が決まり、秋になると家を出ていく18歳のお姉さん。この2人が自分たちの父親を捜し、彼とつき合うことで見えてくる「家族の姿」を描く。レズビアンの2人の母親に育てられた彼らは、自分たちの父親を知らない。彼女たちは同じ男性の精子提供によってそれぞれ1人ずつの子供を産んだ。それが彼ら姉弟だ。2人の母親と共に4人家族としてこれまで生きてきた。だが、この夏、姉がいなくなることを契機にして自分たちのルーツを見極めるため、母たちには内緒で協会から精子提供者の情報を受け取る。彼らが知ったその男性とのつき合いを通して4人家族が一瞬5人家族になる。だが、再びもとの家族に戻る。それまでの軌跡が描かれていく。ジュリアン・ムーアは2人の母親のひとりで(もうひとりはアネット・ベニング)精子提供者の男と付き合うようになる。ここでも彼女はトラブルメーカーだ。
夏の日射しのなかで繰り広げられる家族の狂想曲は、新しい一歩を踏み出す彼らにとって必要な試練だったのだろう。他人から見ればきっと「普通ではない家族」のはずが、それが、どこよりも普通の家族の姿を見せる。四人が真剣に自分たちの今を認識し、自分たちらしい生き方を求めるその姿がなんとも見ていて心地よい秀作である。