阿部定を村山由佳が描く500ページに及ぶ大長編。吉蔵の息子である吉弥の視点から定へのインタビューを通して描かれる。吉弥の友人である映画監督は大島渚がモデルなのか。それなら吉弥は若松孝二か? もちろんフィクションだけど、吉蔵の妾の子という視点の設定は凄い。現実の阿部定による調書や、当時の新聞記事を使いながら、虚実皮膜の間で、作家である村山由佳の視点から真実に迫る力作。
吉弥による関係したさまざまな人たちへの聞き取り証言と、そこで語られたことを話す阿部定本人による告白の二重の側面から綴る。11人の証言を経て、後半は阿部定本人の証言に収斂する。最後は吉蔵との日々であり、あの事件に至る。
読みながら、吉蔵はどうしても藤竜也の姿が浮かんでくる。それくらいにあの映画(『愛のコリーダ』)の彼は印象的だった。だが、定は松田英子ではなく、黒木瞳だ。(大林宣彦の『SADA』)もちろん田中登の『実録・阿部定』も見ているし、宮下順子は素晴らしかった。あれもいい映画だったけど、やはり『愛のコリーダ』があまりに衝撃的だった。
もちろんこれはフィクションだから、ここで描かれる吉弥も映画監督のRも実在しない。最後に証言する吉蔵は定に殺されて死んでいる。
凄い力作だと思うけど、終盤に失速する。吉蔵と定の25日間が描かれる定の証言を描く部分からつまらなくなるって何なのだろう。さらにはラストの死んだ吉蔵の証言も蛇足だ。あれではフィクションの力を発揮していない。Rの作った阿部定映画がうやむやになるのも残念だった。